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小松亀一法律事務所は、「相続家族」問題に熱心に取り組む法律事務所です。

遺言書

自筆証書遺言書無効確認の訴えの原告に遺言無効立証責任があるのでは?

○「自筆証書遺言有効性主張立証責任−この責任は厳しい」に
長男Bが、亡父Aが残した自筆証書遺言書の検認手続を経てこれによって不動産の所有権移転登記手続をしても、他の相続人の誰かから、この自筆証書遺言は偽造であり無効だと主張された場合、Bがこの遺言書は亡父Aが自書して作成したことを主張・立証出来なければ、遺言書の効力はなくなり、不動産の移転登記も法定相続分を超えた部分は無効になります。」、
亡父Aの自筆証書遺言は、相続開始後、他の相続人から争われた場合に備えて、亡父Aが生前自書したことに争いのないノート等遺言書の文字と比較鑑定できる亡父Aの自書文字を残していないと、折角作って貰っても、簡単に覆される可能性があります。
と記載していました。

○この記事を読んだ方から、遺言無効の訴えを提起するときは、遺言の有効を主張する側がその立証責任を負うので、単に亡父の遺言書は、亡父が書いたものではないと主張すれば足りるのでしょうかと言う質問を受けました。原則としてその通りですと応えると、これまで何人もの弁護士に相談したが、どの弁護士さんも、その亡父生前の文字と遺言書の文字が同じものであるとの筆跡鑑定がないと負けると説明されましたが、ホントに先生の言うとおりでしょうかと、ダメを押して質問されました。

○そう言われると、たちまち、私の自信は揺らぎます(^^;)。「ある遺言無効確認請求事件地裁判決1」で紹介した事件は、父が平成4年5月に「全財産を長男に相続させる」と書いて作成し、それが10年以上経過した後に発見されましたが、その父の作成した遺言書が、長男以外の姉妹2名から無効だと争われた事件でした。

○私はその遺言書によって全財産を相続させるとされた長男側の代理人を務めましたが、無効を主張する姉妹の代理人に対し、裁判長は鑑定が必要であり、鑑定の対象となる父が生前書いたことが明らかな文書がないと、鑑定ができず、結局、遺言無効の主張は通らないのではと、説明していたように記憶しており、どうも、遺言無効を主張する者が、その立証責任を負うとの原則で審理が進められた記憶がありました。その記憶のため、先ほどの質問にたちまち自信が揺らいでしまったのです(^^;)。

○そこで、「ある遺言無効確認請求事件地裁判決1」の事件記録を取りだして、復習してみました。父の遺言書は、父の部屋の父の机の中の奥深くから出てきたもので、遺言書ですから当然、氏を表示する「押印」がありました。この氏の「押印」は、印鑑登録された実印であることが証明され、押印の印影が、父本人の印鑑によることが証明されていました。

民訴法第228条(文書の成立)「4 私文書は、本人又はその代理人の署名又は押印があるときは、真正に成立したものと推定する。」との規定と、私文書に押されている印影が本人の印鑑によるものと認められるときは、特に反証がない限りその印影は本人に意思に基づき押印されたと事実上推定されることから(昭和39年5月12日最高裁判決、民集18巻4号597頁)、いわゆる二段の推定によって、被告側で提出した遺言書が真正なものと推定されていました。

○そこで裁判官は、このケースでは、偽造を認定するには、鑑定が必要であり、鑑定の対象となる父が生前書いたことが明らかな文書がないと、鑑定ができず、結局、遺言無効の主張は通らないと説明したものと思われます。自筆証書遺言は、押印が必ず必要であり、この押印の印影が、遺言者の印鑑によるものであることが証明できれば、その遺言書は「真正」と「推定」されます。従って、この場合、遺言書の偽造を主張する者が、その偽造を立証しなければなりません。

○自筆証書遺言書の印影が、遺言者本人の印鑑での押印によるものと立証されている場合は、本人作成真正文書と推定されるため、これを覆すためには、本人が生前書いたと争いのない文書が必要であり、この本人作成文書がないと、偽造の立証手段がなく勝ち目はなくなります。先の質問者が相談した弁護士は、おそらく、このような説明になったと思われます。