○
「自筆証書遺言有効性主張立証責任先例判決全文紹介」を続けます。
この判決の一番の重要ポイントは、「
自筆証書遺言の無効確認を求める訴訟においては,当該遺言証書の成立要件すなわちそれが民法968条の定める方式に則って作成されたものであることを,遺言が有効であると主張する側において主張・立証する責任があると解するのが相当である。」と言う点です。
○自筆証書遺言書は、民法第1004条(
遺言書の検認)
「
遺言書の保管者は、相続の開始を知った後、遅滞なく、これを家庭裁判所に提出して、その検認を請求しなければならない。遺言書の保管者がない場合において、相続人が遺言書を発見した後も、同様とする。
2 前項の規定は、公正証書による遺言については、適用しない。
3 封印のある遺言書は、家庭裁判所において相続人又はその代理人の立会いがなければ、開封することができない。」
との規定により家庭裁判所の検認手続が必要です。
○「
検認とは,相続人に対し遺言の存在及びその内容を知らせるとともに,遺言書の形状,加除訂正の状態,日付,署名など検認の日現在における遺言書の内容を明確にして遺言書の偽造・変造を防止するための手続です。遺言の有効・無効を判断する手続ではありません。」と解説され、民法第1005条(過料)には
「
前条の規定によって遺言書を提出することを怠り、その検認を経ないで遺言を執行し、又は家庭裁判所外においてその開封をした者は、5万円以下の過料に処する。」
と規定され、また相続人が遺言書の提出をせず,故意に隠匿した場合は相続欠格となったり(民法第891条5項)、受遺能力を失うこともあります(民法第965条)。
○
検認手続は、遺言書の偽造・変造を防止し,その保存を確実にするための一種の検証手続ですが、遺言書の現状を確認するだけで、その内容の真偽や成立の有効・無効を判断するものではありません。従って検認手続を経た遺言書でも,無効確認の訴えが多数出されています。当事務所で紹介した事案も検認手続を経ていました。
○検認手続の実務的効果は、これによって不動産を「相続させる」と遺産分割実行方法の指定を受けた相続人は、遺言書だけで単独で相続を原因とする不動産の所有権移転登記手続が出来るようになることです。なお、公正証書遺言であれば、検認手続を経ることなく、同様に単独での所有権移転登記手続が出来ます。
○問題はこのように検認手続を経た遺言書によって不動産の所有権移転登記手続を経ても、この遺言書が偽造等を理由に無効と主張された場合です。この場合、前記の通り、不動産の所有権移転を受けた者が「
自筆証書遺言の無効確認を求める訴訟においては,当該遺言証書の成立要件すなわちそれが民法968条の定める方式に則って作成されたものであることを,遺言が有効であると主張する側において主張・立証する責任」があります。
○長男Bが、亡父Aが残した自筆証書
遺言書の検認手続を経てこれによって不動産の所有権移転登記手続をしても、他の相続人の誰かから、この自筆証書遺言は偽造であり無効だと主張された場合、Bがこの遺言書は亡父Aが自書して作成したことを主張・立証出来なければ、遺言書の効力はなくなり、不動産の移転登記も法定相続分を超えた部分は無効になります。
○従って亡父Aの自筆証書遺言は、相続開始後、他の相続人から争われた場合に備えて、亡父Aが生前自書したことに争いのないノート等遺言書の文字と比較鑑定できる亡父Aの自書文字を残していないと、折角作って貰っても、簡単に覆される可能性があります。
○当事務所紹介事案でも、裁判の初めの頃は、遺言者が生前書いた文字であるとして提出したノート等の文字が、いや遺言者の文字ではないと否認され、鑑定の対象となる文字が見つからず苦労しました。それが裁判の過程で、無効を主張する方からも、遺言者の文字だと言う資料が出され、最終的には生前の遺言者の文字と争いのない資料が数点出てきたので鑑定が出来ました。この資料が無く鑑定も出来ないとほぼ確実に敗訴します。
○従って、
自筆証書遺言は、将来、その成立を誰かに争われた場合、実に面倒なことになる、大変危険な遺言であり、公正証書遺言にしておく方がズッと無難です。
但し、民訴法第228条(文書の成立)「4 私文書は、本人又はその代理人の署名又は押印があるときは、真正に成立したものと推定する。」との規定と、私文書に押されている印影が本人の印鑑によるものと認められるときは、特に反証がない限りその印影は本人に意思に基づき押印されたと事実上推定されますので(昭和39年5月12日最高裁判決、民集18巻4号597頁)、実印で押印して印鑑登録証明書を添付しておけば、いわゆる二段の推定によって遺言書の真正が推定されます。実印でなくても本人の印鑑と将来も確実に証明できるものであれば構いません。