○「
自筆証書遺言書無効確認の訴えの原告に遺言無効立証責任があるのでは?」を読んだ方から、母と同居の二男が母の実印を押して母の遺言書を偽造しそうな気配があり、これを防ぐにはどうしたらよいでしょうかとの質問を受けました。
○「
自筆証書遺言書無効確認の訴えの原告に遺言無効立証責任があるのでは?」には、「
自筆証書遺言書の印影が、遺言者本人の印鑑での押印によるものと立証されている場合は、本人作成真正文書と推定されるため、これを覆すためには、本人が生前書いたと争いのない文書が必要であり、この本人作成文書がないと、偽造の立証手段がなく勝ち目はなくなります。」との記述があるからです。
○自筆証書遺言の有効性に争いがある場合、原則は、自筆証書遺言を有効と主張する者に、その遺言書は遺言者本人が自筆で書いて自分の意思で押印したことを立証する責任があります。しかし、この立証は簡単です。民訴法第228条(文書の成立)「
4 私文書は、本人又はその代理人の署名又は押印があるときは、真正に成立したものと推定する。」との規定により、私文書に押されている印影が本人の印鑑によるものと認められるときは、特に反証がない限りその印影は本人に意思に基づき押印されたと事実上推定され(昭和39年5月12日最高裁判決)、実印で押印して印鑑登録証明書を添付しておけば、いわゆる二段の推定によって遺言書の真正が推定されるからです。実印でなくても本人の印鑑の押印と立証出来れば同じです。
○その遺言書の有効性を主張する者は、遺言書の押印は本人の印鑑であることさえ立証すれば署名も本人のものと推定されるので、その署名が本人のものでないことはこれを争う者に立証責任が転換されます。だとすると母と同居する二男が母の自筆証書遺言を偽造された場合、それが偽造だと主張する者に偽造の立証責任があり、その立証のため本人の文字との筆跡鑑定が必要になります。そこで生前遺言書以外に本人が書いたことに争いのない筆跡との比較鑑定が必要になります。本人が書いた筆跡の文書が遺言書以外に存在しない場合筆跡鑑定もできず偽造を立証することができなくなります。
○遺言無効裁判になった場合、「
母と二男が同居中で、二男が印鑑を勝手に利用することは容易であると想像できるのですが、その事情も考慮されないのでしょうか?」との質問がありましたが、この点は、遺言書の有効性は、筆跡だけでなく家族関係等を総合的に判断するので、一般的には同居の事情は遺言書有効を主張する二男に有利に判断される可能性が高いと答えざるを得ません。但し、同居はしているが、仲が大変悪かった等の事情を立証出来れば、無効を主張する者に有利に考慮されます。
○ですから母の遺言書が偽造されそうな場合は、筆跡鑑定に備えて、生前の母の書いた筆跡と争えない文書を残しておく必要があります。そこで母が生前書いていた日記、手紙控え、何らかの届出書控え等母が書いたことに争いがない書面を保管し、もしこれらの書面がない場合、母にあらためて自分の名前である例えば「甲野花子」、「平成○年○月○日」、「遺言」等の文字を書いて貰い、その書いているところをビデオ等に撮影し、母の字であることの証拠を残しておく必要があります。