故意による不実日付記載を理由に自筆証書遺言を無効とした判例紹介1
○本件遺言書は,日付を意図的に遡らせて作成されたものであると推認され,自書による日付の記載があるとはいえず(民法968条1項)無効として,遺言に基づく相続登記の抹消を命じるも、被告が遺言書を偽造したとまでは認めることはできないとした平成28年3月30日東京地裁判決(判時2328号71頁)を2回に分けて紹介します。
○事案は、原告A及び被告Bの母(被相続人)Cを遺言者とする自筆証書よる本件遺言は,被告Bが偽造したものであると主張する原告Aが,被告Bに対し,①遺言が無効であること及び被告Bが相続人の地位にないことの確認、②相続による所有権移転登記の抹消、③不当利得として不動産の賃料収入相当額の支払を求めたものです。
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主 文
1 C(平成25年2月23日死亡)の平成19年12月21日付け自筆証書遺言は無効であることを確認する。
2 被告は,原告に対し,別紙物件目録記載の各不動産につき,大阪法務局北出張所平成25年3月19日受付第19828号の所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。
3 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
4 訴訟費用は,これを5分し,その1を原告の負担とし,その余を被告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求の趣旨
1 主文第1項と同旨
2 主文第2項と同旨
3 被告がCの相続人でないことを確認する。
4 被告は,原告に対し,631万9590円及びこれに対する平成26年1月25日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
1 概観
本件は,原告及び被告の母であるC(以下「被相続人」という。)を遺言者とする平成19年12月21日付け自筆証書(以下「本件遺言書」という。)による遺言(以下「本件遺言」という。)について,原告が,本件遺言書は被告が偽造したものであり,本件遺言は無効であると主張して,被告に対し,本件遺言が無効であること及び本件遺言書を偽造した被告が相続人の地位にないことの各確認を求め,併せて,本件遺言が無効であることを前提に,別紙物件目録記載の各不動産(以下「本件不動産」という。)に係る所有権移転登記の抹消を求めるとともに,被告が相続人の地位にないことを前提に,不当利得返還請求権に基づき本件不動産の平成25年3月から同年12月までの賃料収入に相当する631万9590円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成26年1月25日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
これに対し,被告は,本件遺言書は被相続人がその意思に基づき適式に作成したものであり,本件遺言は有効であると主張して,原告の請求をいずれも棄却するよう求めている。
2 前提事実
(1)被相続人(大正6年○月○日生)は,平成4年に大阪府内の被告(被相続人の長女である。)方から東京都内の原告(被相続人の長男である。)方に転居し,平成20年10月22日に被告の申立てに基づき東京家庭裁判所から後見開始の審判を受け,平成25年2月23日に東京都内で死亡した。被相続人の法定相続人は,被告と原告の2名である。
(以上(1)のうち,被相続人の生年月日及び死亡地につき弁論の全趣旨,その余につき争いなし)
(2)本件遺言書について,平成25年3月18日,東京家庭裁判所において,被告の申立てに基づく検認が行われた。被告提出に係る封印された封筒在中の1枚の紙から成る本件遺言書には,ボールペンで「相続の件。Aはすでに枚方とαの土地・建物をあげました。Bにβの土地・建物と財産のすべてを相続させる。 平成19年12月21日 東京都杉並区γ×丁目××番地×-××××号 C」と記載され,Cすなわち被相続人の氏名の右に「○○」の押印がある。なお,Aすなわち原告に「すでに…あげ」たとされる財産のうち「αの土地・建物」は,本件遺言書の日付と同じ日である平成19年12月21日に所有者である被相続人から第三者へ売却された大阪市δ区ε×丁目所在の1筆の土地及び当該土地上の2個の区分所有建物として特定され(以下,併せて「εの不動産」という。),Bすなわち被告に「相続させる」とされる財産のうち「βの土地・建物」は大阪市β区内所在の本件不動産として特定される。
(以上(2)のうち,検認の事実及び本件遺言書記載の文言につき争いなし,その余につき甲8,乙12の1ないし3,弁論の全趣旨)
(3)本件不動産について,平成25年2月23日相続を原因とする被相続人から被告への所有権移転登記(大阪法務局北出張所平成25年3月19日受付第19828号。以下「本件登記」という。)が存在する。(弁論の全趣旨)
3 争点
本件の争点は,〔1〕 本件遺言は自筆証書遺言として有効か,〔2〕 被告は本件遺言書を偽造したか,〔3〕 登記抹消請求の当否,〔4〕 不当利得返還請求の当否である。
(1)争点〔1〕(本件遺言は自筆証書遺言として有効か)に関する当事者の主張
〔被告の主張〕
ア 本件遺言書は,被相続人が,平成19年12月21日,その全文,日付及び氏名を自書し,これに印を押したものである。
イ 本件遺言書が作成された平成19年12月21日の経緯は,次のとおりである。
(ア)被相続人は,午後1時頃,被告とその夫であるD(以下「D」という。)が経営する大阪のζのカフェに,突然原告と一緒に現れた。被相続人は,午後1時半頃,同カフェを出て,Dの運転する車で,被告の二男(被相続人の孫に当たる。以下,単に「孫」という。)が経営するηのカフェレストランへ向かい,午後2時頃に到着した。
(イ)被相続人は,ηのカフェレストランの奥の個室に入り,D及び孫と30分くらい筆談により(被相続人が難聴であったため)歓談してから,本件遺言書を作成するためにペン,紙,印鑑を求めた。Dは,この求めに応じて,カフェレストランにあったペンと紙,及び近くの文房具屋に行って購入した印鑑を被相続人に提供した。被相続人は,午後2時半頃から午後3時半前頃までの間,上記個室において本件遺言書を作成した。被相続人が本件遺言書の作成を開始してから,Dと孫は,間仕切りをした隣の個室にいたが,Dは,しばらくしてから被相続人の居る個室に呼ばれ,「今日は何日やった?」と尋ねられた。Dが,メモに「平成19年12月21日」と書いて被相続人に渡したところ,被相続人は,メモのとおり本件遺言書に日付を入れた。さらに,Dは,被相続人から,被相続人自身の住所を問われたので,携帯に登録してある被相続人の住所をメモに書いて被相続人に渡したところ,被相続人はメモのとおり本件遺言書に住所を書いた。しかる後,被相続人は本件遺言書に署名捺印した。被相続人が本件遺言書を作成し終えた後,Dは,カフェレストランにあった封筒を被相続人に渡した。すると,被相続人は,その封筒に本件遺言書を入れて,封筒の裏に本件遺言書の押印に用いた印鑑を押捺した。Dは,その封筒をクリアファイルに入れて被相続人に持たせた。
(ウ)被相続人は,本件遺言書を書き終えてから,午後3時半頃にηのカフェレストランを出て,Dに連れられて再びζのカフェに戻り,午後4時前頃に到着した。
(エ)被相続人は,午後4時頃,ζのカフェから,Dの運転する車で,被告(それまで同カフェにおいて客の注文によりクリスマスケーキを作っていたが,同時刻頃にはその作業を終えていた。)と共に,θにある被告方へ向かい,午後4時半頃に到着した。被相続人は,被告方に到着してから,被告に対し,「書き置きや」と言って,本件遺言書が在中する封筒を手渡した。
(オ)被相続人は,午後5時頃に被告方に現れた原告に連れられて,東京へ戻った。
ウ 本件遺言書が作成された平成19年12月21日に被相続人に遺言能力が備わっていたことは,同年9月に5日間ほど被告方に逗留した際の被相続人の状況,被相続人の主治医が同年9月12日に作成した意見書,εの不動産の登記に関与した司法書士と同年12月3日に面談した際の被相続人の状況,同年同月21日にεの不動産が売却されたこと,本件遺言書作成時の被相続人の状況などから明らかである。
エ 被相続人は,原告が得た多額の特別受益(平成12年11月に4400万円,平成19年11月8日から平成20年10月20日までに合計2767万6025円,平成20年10月21日以降に892万5790円)を認識していたこと,昭和54年から平成4年までの14年間世話を受けた被告に何一つ親らしいことをしていなかったことから,εの不動産が売却された日である平成19年12月21日に,唯一残った本件不動産を被告に託すために本件遺言書を作成したものである。
〔原告の主張〕
ア 被相続人が,平成19年12月21日,本件遺言書について,その全文,日付及び氏名を自書し,これに印を押したものであることは否認する。
イ 本件遺言書は,筆跡や印影からは被相続人が自書して押印したものか否かは判断できないが,平成19年12月21日には被相続人の認知症の程度はεの不動産の売買について判断することができない程度に進行していたこと(εの不動産の売買契約書等の書類は全て原告が記載したものである。),被相続人及び原告の各氏名を戸籍上の正式な表記により記載することは不自然かつ不可能であること,誤字を正しい方法で訂正することは不自然かつ不可能であること,「相続させる」という表現を使用することは不自然かつ不可能であること,εの不動産が売却された事実を知らなかった被相続人が「αの土地・建物をあげました」と記載することは不可能であることなどから,本件遺言書を被相続人が自らの意思で作成していないことは明らかである。
本件遺言書は,被告及びDが,εの不動産が平成19年12月21日に売却されていたことを知った平成20年3月下旬以降に,被相続人の自書及び押印によらずに偽造したか,自分たちが発議し被相続人を誘導して自書及び押印をさせる方法により偽造したものである。
ウ 被相続人は,平成19年12月17日に東京から大阪に移動して被告宅に滞在し,同月21日に大阪から東京の原告宅に戻ったものであり,同月21日に被相続人が突然現れて本件遺言書を作成したとの被告主張は虚偽である。
エ 本件遺言書が作成されたとされる平成19年12月21日には既に被相続人が遺言能力を欠いていたことは,平成19年5月から平成20年10月までの間に作成された被相続人の要介護認定の判断資料,医療記録,鑑定書等の証拠により裏付けられる。
(2)争点〔2〕(被告は本件遺言書を偽造したか)に関する当事者の主張
〔原告の主張〕
上記(1)〔原告の主張〕のとおり,本件遺言書は,被告及びDが,平成20年3月下旬以降に,被相続人の自書及び押印によらずに偽造したか,自分たちが発議し被相続人を誘導して自書及び押印をさせる方法により偽造したものである。
〔被告の主張〕
上記(1)〔被告の主張〕のとおり,本件遺言書は,被相続人が,平成19年12月21日,自己の意思に基づき作成したものであり,被告が偽造したものではない。本件遺言書の筆跡が被相続人のものであることについて,原告の自白が成立する。
(3)争点〔3〕(登記抹消請求の当否)に関する当事者の主張
〔原告の主張〕
本件遺言が無効であることは,上記(1)〔原告の主張〕のとおりであるから,本件登記の原因は存在しない。本件登記の抹消を求める。
〔被告の主張〕
本件遺言が有効であることは,上記(1)〔被告の主張〕のとおりであるから,本件登記も有効であり,その抹消請求は認められない。
(4)争点〔4〕(不当利得返還請求の当否)に関する当事者の主張
〔原告の主張〕
ア 被告が本件遺言書を偽造したことは,上記(2)〔原告の主張〕のとおりであるから,被告は,民法891条5号により,相続人となることができない。相続人は,原告のみである。
イ 被告が本件不動産を相続したとする平成25年3月19日以降の本件不動産の賃料収入は不明である。しかし,被相続人の成年後見人弁護士が作成した収支状況報告書によれば,平成24年6月から平成25年1月までの8か月間の本件不動産の賃料収入は合計505万5678円であるから,平成25年3月から同年12月までの10か月分の賃料収入は,631万9590円(=505万5678円/8×10)と推計される。
ウ 不当利得に基づき,631万9590円の返還を求める。
〔被告の主張〕
被告が本件遺言書を偽造していないことは,上記(2)〔被告の主張〕のとおりである。不当利得返還請求は認められない。