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小松亀一法律事務所は、「相続家族」問題に熱心に取り組む法律事務所です。

遺言書

故意による不実日付記載を理由に自筆証書遺言を無効とした判例紹介2

○「故意による不実日付記載を理由に自筆証書遺言を無効とした判例紹介1」の続きで裁判所の判断部分です。
判決は、事実経過を種々検討の上、「本件遺言書は,平成20年4月23日より後の日において,平成19年12月21日まで日付を意図的に遡らせて作成されたものであると推認されるところ,自筆証書による遺言に際し意図的に真実の日付と異なる日付が記載された場合には,民法968条1項所定の要件の一つである自書による日付の記載があるとはいえないものと解するのが相当」で、「被告の抗弁と位置付けられる自筆証書遺言の要件の立証がない」として遺言書は無効としています。

○遺言者である被相続人は、「平成19年9月までに,3名の医師から認知症と診断」され、「平成20年11月13日付け鑑定書には,平成17年頃から認知症を発症」したとされているところ、「原告は,共同相続人である被告にあえて秘したまま,εの不動産の売却を進め,平成19年12月21日にその手続を了した」点も問題です。事実関係を見ると微妙な事案であり、原告・被告双方から控訴されたようで、控訴審でも結構時間がかかりそうに感じます。

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第3 当裁判所の判断
1 争点〔1〕(本件遺言は自筆証書遺言として有効か)について

(1)前記前提事実に各掲記の証拠及び弁論の全趣旨を総合すれば,以下の事実が認められる。
ア 被相続人は,平成19年9月までに,3名の医師から認知症と診断された。また,被相続人を本人とする後見開始申立事件の鑑定人に選任された医師が作成した平成20年11月13日付け鑑定書には,平成17年頃から認知症を発症したと考えられる旨の記載のほか,被告からの聞き取りに基づくものである蓋然性のある「平成19年12月 娘が誰なのかわからなくなる。孫が経営しているレストランに行った事を忘れ,行った翌日に『行きたいから連れて行くよう』に話す。」との記載がある。
(甲11の1,12,14の1,17)

イ 被相続人は,平成19年12月17日,原告と一緒に,東京から大阪へ新幹線で移動し,大阪到着後は,原告により被告方に預けられ,被告方に5日間滞在した上,同月21日には,岡山県内での仕事のほか大阪府内でのεの不動産の売買に係る手続を終えて被告方に被相続人を迎えにきた原告と一緒に,大阪から東京へ新幹線で戻った。(甲17,26,33,35,36,37の1ないし4,38の1及び2,39、43の1及び2,52の1及び2,53,原告本人)

ウ 原告は,共同相続人である被告にあえて秘したまま,εの不動産の売却を進め,平成19年12月21日にその手続を了した。その後におけるεの不動産の売却に関する原告の言動には,以下のような変遷がある。
(ア)原告から被告に宛てた平成20年3月24日付け書簡には,「母上からの依頼でεの土地と建物を売却することになりました。」との記載がある。
(イ)原告から被告に宛てた平成20年4月2日付け書簡には,「昨夜の貴電話を受けて下記内容を連絡します。εの土地売却済みを売却予定と連絡したことについては,謝罪いたします。」との記載がある。
(ウ)原告から被告に宛てた平成20年9月10日付け書簡には,「εの不動産売却の際も同様に,不動産取引の場に母親が同席し,本人の意思で売却しました。」との記載がある。
(エ)原告は,平成27年6月3日実施の本人尋問において,被相続人が,平成19年12月当時,εの不動産を売却することを理解していたと思うかと問われて,「理解していないと思います。」とか,「本人は,知らないと思っていました。」などと答え,また,上記(ウ)の「不動産取引の場に母親が同席し」たとの自己の書簡の記載内容の真実性を問われて,「事実は,取引の場には,母親はいませんでした。」と答えた。
(以上ウにつき,甲26,49,50の1ないし3,乙13の1及び2,14の1及び2,18の1及び2,19の1及び2,原告本人)

エ 被告は,原告からの平成20年3月24日付け書簡(上記ウ(ア))を受領してからすぐにεの不動産の登記を確認し,これにより同不動産が平成19年12月21日に既に売却されていたことを初めて認識した。(乙18の1及び2,19の1及び2,23,被告本人)

オ 被告は,原告に宛てた平成20年4月23日付け書簡において,本件不動産を意味する「鷺洲」に関し,本件遺言については何ら言及することなく,「鷺洲を売却する前には必ず声をかけて下さい。私が買取りを検討したいと思います。」との申入れをした。(乙7)

カ 被告は,本件遺言書の検認に先立ち,大阪市内の司法書士を通じて,本件遺言書の内容を具体的に提示した上で大阪法務局北出張所に所有権移転登記の事前相談を済ませ,東京家庭裁判所で検認が実施された日の翌日には,万全に調えられた登記申請書及び添付書面をもって,大阪法務局北出張所に本件登記に係る登記申請をした。(甲51)

キ 被告は,平成20年4月頃から被相続人が死亡するまでの間,何度か大阪から東京に赴いて被相続人と面会した。(甲33)

ク 本件遺言書の被相続人の氏名の右の「○○」の押印は,本件遺言書への押印に用いる目的でDが購入した判こにより顕出されたものである。(証人D)

(2)上記(1)オに照らせば,被告が本件不動産の買取りを検討したいとの単純な意向を原告に伝えた平成20年4月23日の時点では,被告は,本件不動産を被告に相続させるとの内容の本件遺言が存在することを認識していなかったものと推認するのが相当である。

 他方,上記(1)カによれば,被告は,本件遺言書の在中する封筒が検認手続において開封されるよりも前に,本件遺言書に記載された本件遺言の具体的内容を了知していたものと認められる(なお,甲51により認められる上記(1)カの事実だけではなく,Dの証人尋問における「本件遺言書作成時に本件遺言の内容を見てそれを被告に伝えた」旨の証言部分〔調書22ないし24,35丁〕及び被告本人尋問における「本件遺言書を見たDから本件遺言の内容を聞いた」旨の供述部分〔調書14,26丁〕も,被告が検認の前に本件遺言の内容を了知していたとの事実の証拠となり得ないではないと考えられるが,D自身及び被告自身の各陳述書〔乙22,23〕には上記各尋問結果とは反対方向の「被告には,封筒の在中物が遺言書であることは分かったが,遺言の内容がどういうものかは分からなかった」旨の記載しかないことなどに照らすと,上記各尋問結果の証拠としての価値は高いとはいえないから,事実認定に供する証拠として上記各尋問結果を挙示することはしない。)。

 そうすると,被告が本件遺言の内容を認識するに至ったのは,本件不動産の買取りを検討する意向を表明した日である平成20年4月23日から本件遺言書の検認の日である平成25年3月18日までの間のいずれかの時点であると見るべきところ,平成19年12月21日に本件遺言書が作成されて封印された旨の被告主張は,上記期間中に被告が本件遺言の内容を認識することを不可能ならしめる点において理に合わないものというほかなく(なお,D及び被告の「Dが被告に本件遺言の内容を伝えた」旨の証言ないし供述は,平成19年12月21日の顛末に係る叙述の一部であって,平成20年4月23日以降における被告の認識の問題とは脈絡を異にする。),かかる被告主張を事実と認めることはできない。

 以上を踏まえた上,さらに,前記前提事実及び上記(1)の認定事実を総合的に考察すると,被告は,夫であるDと共に,原告からの平成20年3月24日付け書簡をきっかけとして,原告がεの不動産を共同相続人である被告に無断で売却したことを知り,被相続人の財産をめぐる原告の振る舞いに対する不信感又はこれに類する情を高じさせて,被相続人について後見開始審判を申し立てるとともに,平成20年4月23日より後のいずれかの時点で,本件物件を被告に取得せしめる内容の本件遺言につき,εの不動産の売買(原告の変遷途上の説明によれば,同売買は,取引の場に同席した被相続人の意思に基づくものとして有効であるとされていたところ,原告が本件遺言時の被相続人の遺言能力を否定する主張をし始めるまでは,被告において,原告が上記のような説明を覆して取引時点における被相続人の意思能力を否定するに至るなどと想定することは困難であったと考えられる。)の日と同じ平成19年12月21日にされた意思表示としての体裁を調えることとした上で,本件遺言書の作成に関与したものと推認するのが合理的というべきである。

(3)以上によれば,本件遺言書は,平成20年4月23日より後の日において,平成19年12月21日まで日付を意図的に遡らせて作成されたものであると推認されるところ,自筆証書による遺言に際し意図的に真実の日付と異なる日付が記載された場合には,民法968条1項所定の要件の一つである自書による日付の記載があるとはいえないものと解するのが相当である。

 したがって,本件遺言書については,被告の抗弁と位置付けられる自筆証書遺言の要件の立証がないことに帰し,これ以上検討するまでもなく,その有効性を認めることはできない。

2 争点〔2〕(被告は本件遺言書を偽造したか)について
(1)前記前提事実に各掲記の証拠及び弁論の全趣旨を総合すれば,以下の事実が認められる。
ア 本件遺言書の筆跡と被相続人の筆跡(取り分け作成時期が本件遺言書の作成日付より後である書簡類に顕れたもの)との間には,相当程度の類似性がある。(甲8,19,28,44の1及び2,乙10,15の1)

イ 被相続人が平成20年4月頃以降に作成した文書として,少なくとも,平成20年9月5日に書かれた名宛人不明のメモ,平成21年9月9日付け及び平成20年11月付けの被告宛て書簡がある。(甲33,乙10,15の1及び2)

(2)被告は,本件遺言書の筆跡が被相続人のものであることにつき原告の自白が成立する旨主張するが,書証の成立の真正についての自白は裁判所を拘束するものではなく(最高裁昭和52年4月15日第二小法廷判決・民集31巻3号371頁),採用し難い。

(3)本件遺言書の作成に被告が関与していると推認されることは,上記1で争点〔1〕(本件遺言は自筆証書遺言として有効か)に対する判断として説示したとおりである。しかし,上記(1)の認定事実に鑑みれば,本件遺言書が被相続人の自書によるものでないとは断じることができず,また,本件全証拠によっても,本件遺言書の作成への被告の関与の具体的な態様を認定することはできない。原告が縷々主張するところは,当裁判所の判断を左右するに足りない。
 したがって,被告が本件遺言書を偽造したとは認められない。

3 争点〔3〕(登記抹消請求の当否)について
 本件遺言が有効とは認められないことは,上記1で争点〔1〕(本件遺言は自筆証書遺言として有効か)に対する判断として説示したとおりである。
 したがって,本件遺言に基づく相続を原因とする本件登記は,有効な登記原因が存在しないこととなり,その抹消を求める原告請求は理由がある。

4 争点〔4〕(不当利得返還請求の当否)について
 原告は,不当利得返還請求の前提として,本件遺言書を偽造した被告は相続人となることができない旨主張するが,被告が本件遺言書を偽造したとは認められないことは,上記2で争点〔2〕(被告は本件遺言書を偽造したか)に対する判断として説示したとおりであるから,原告の上記主張は採用できない。

 また,原告は,平成25年3月から同年12月までの本件不動産の賃料収入は631万9590円と推計され,これが被告の利得額となる旨主張するが,上記期間における本件不動産の賃料収入を認定するに足りる的確な証拠はなく,被告の利得額についての立証が十分に尽くされているとはいえない。

 以上によれば,原告の不当利得返還請求は,これを理由付けるに足りる主張立証がないものというべきであり,認めることができない。

5 結論
 よって,原告の請求は主文第1,2項の限度で理由があるからこれを認容し,その余の請求は理由がないからこれを棄却することとして,主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第15部 裁判官 佐藤隆幸

(別紙)物件目録
1 土地
所在 大阪市β区κ×丁目
地番 ××番×
地目 宅地
地積 195.40平方メートル

2 建物
所在 大阪市β区κ×丁目 ××番地×
家屋番号 ××番×
種類 共同住宅
構造 鉄骨造陸屋根5階建
床面積 1階 41.71平方メートル
    2階 97.05平方メートル
    3階 97.05平方メートル
    4階 97.05平方メートル
    5階 97.05平方メートル