秘密証書遺言を遺言能力なしで無効とした平成29年4月25日東京地裁判決紹介
○民法960条で「遺言は、この法律に定める方式に従わなければ、することができない。」と定められ、遺言は民法の定めた方式に従わない限り効力がありません。民法の定めでは、普通の方式として、自筆証書遺言、公正証書遺言、秘密証書遺言の3種、特別の方式として「死亡の危急に迫った者の遺言」、「伝染病隔離者の遺言」、「船舶遭難者の遺言」等の遺言があります。
○弁護士業務として、「死亡の危急に迫った者の遺言」等特別の方式遺言を取り扱ったことはなく、今後もないと思われます。普通の方式の遺言も、自筆証書遺言・公正証書遺言は相当数取り扱っていますが、秘密証書遺言は取り扱ったことがなく、おそらく今後も取り扱うことはないと思われます。従って条文も殆ど読んでませんでした。
○この秘密証書遺言について遺言能力無しの理由で無効とした珍しい判例が平成29年4月25日東京地裁判決(判時2354号50頁)です。秘密証書遺言の民法条文は以下の通りです。
第970条(秘密証書遺言)
秘密証書によって遺言をするには、次に掲げる方式に従わなければならない。
一 遺言者が、その証書に署名し、印を押すこと。
二 遺言者が、その証書を封じ、証書に用いた印章をもってこれに封印すること。
三 遺言者が、公証人1人及び証人2人以上の前に封書を提出して、自己の遺言書である旨並びにその筆者の氏名及び住所を申述すること。
四 公証人が、その証書を提出した日付及び遺言者の申述を封紙に記載した後、遺言者及び証人とともにこれに署名し、印を押すこと。
2 第968条第2項の規定は、秘密証書による遺言について準用する。
○秘密証書遺言は、その名の通り、内容「秘密」がポイントで、作成要件として公証人1人、証人2人以上の立会による確認が必要ですが、確認は封緘した封書に遺言書が入っていることを確認するだけで、その遺言書内容は本人以外判らないのが原則です。従って、後で内容について争われると面倒なことになり、余り利用されていないと解説されています。
○平成29年4月25日東京地裁判決(判時2354号50頁)は、亡A(大正12年生まれ)の遺言を、長男Y1が行政書士Y2と何度も相談して、おそらくY2が起案したA4版4頁全115行に渡る秘密証書遺言書が、二男・長女によって争われました。亡Aは、平成19年2月28日に問題の秘密証書遺言を作成しましたが、同年6月には進行した認知症であるとの診断を受けました。
○遺言無効訴訟では、秘密証書遺言を作成した当時の亡A遺言能力について、有効を主張する長男側は有りとし、無効を主張する二男・長女側無しとする、対立する医師報告書を証拠として提出し、最終的には裁判所による遺言能力鑑定が実施され、裁判所から依頼された医師は、遺言能力無しとする鑑定書を裁判所に提出しました。
○その裁判所鑑定による鑑定報告書での遺言能力無しとの結果が、判決の決め手になったと思われますが、遺産総額18億円で内容複雑で遺言書作成時の4か月後には進行した認知症と診断を受ける状況であった亡Aは、「複雑な本件遺言証書の内容及びその法的効果について理解することができる状態にはなかった」との理由も付けられています。以下、その判決のポイント部分だけ紹介します。
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「本件遺言証書の内容は、本件不動産及び本件区分建物を相続する者を指定するとともに、国内外の4つの会社ないし企業体に係る株式及び出資金についてその分配を決定すること、当該会社ないし企業体の経営権を被告Y1及び原告X1に配分すること、各相続人がAよりも先に、又はAと同時に死亡した場合の相続についてそれぞれその相続人を指定すること、相続税の支払の原資について指定すること、遺言執行者の指定をすることであり、A4版用紙の4枚にも及ぶ長文のものであって、また、その分配に供される財産の総額は、18億円近くにも及ぶというのである。これらの内容は、決して単純な内容ということができるようなものではなく、本件遺言証書の内容の性質、意義、条件及び総額に照らし、むしろ複雑なものであったと評することができる。」
「Aが進行した認知症にあり、その理解及び判断能力が著しく損なわれていた状態にあったということを前提として考えると、Aは、上記のように複雑な本件遺言証書の内容及びその法的効果について理解することができる状態にはなかったものというべきである。」