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小松亀一法律事務所は、「交通事故」問題に熱心に取り組む法律事務所です。

交通事故重要判例

中枢神経既存障害・末梢神経障害同一部位性否認判例控訴審判決紹介1

○「中枢神経既存障害・末梢神経障害同一部位性否認判例理由紹介1」で、体幹及び両下肢の機能全廃の既存障害と交通事故での第14級「局部に神経症状を残すもの」との障害は、自賠法施行例2条2項にいう「同一部位」の後遺障害には該当しないとした平成27年3月20日さいたま地裁判決(判時2255号96頁、ウエストロー・ジャパン)を紹介していました。

○この地裁判決の控訴審である平成28年1月20日東京高裁判決(判時2292号58頁)全文を2回に分けて紹介します。一審さいたま地裁判決で約414万円の支払を命じられた加害者側と、14級自賠責保険金75万円の支払を命じられた自賠責保険会社が控訴して、被害者が付帯控訴したものですが、控訴審判決でも一審判決の結論が維持されました。

○事案は、昭和54年12月、転落事故で脊髄(胸随)を損傷し、体幹と両下肢機能全廃の後遺障害(中枢神経障害としての既存障害)を負い車椅子生活になっていた被害者が、平成21年10月の本件事故による傷害で①頸部痛,②両上肢の痛み・しびれの後遺障害(本件症状)が残ったことについて、既存障害である脊髄損傷による障害と本件症状が自賠法施行例2条2項にいう「同一部位」の後遺障害には該当するかどうかが争いになり、一審判決は、同一部位に該当しないと認定したものです。

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主  文
1 控訴人らの本件各控訴及び被控訴人の本件附帯控訴をいずれも棄却する。
2 控訴費用は控訴人らの,附帯控訴費用は被控訴人の各負担とする。

事実及び理由
第1 控訴の趣旨等
1 控訴の趣旨

(1) 原判決中控訴人ら敗訴部分を取り消す。
(2) 前項の取消部分に係る被控訴人の請求をいずれも棄却する。
(3) 訴訟費用は,第1,2審を通じ,被控訴人の負担とする。

2 附帯控訴の趣旨
(1) 原判決中被控訴人敗訴部分を取り消す。
(2) 控訴人Y1は,被控訴人に対し,43万6684円及びこれに対する平成21年10月29日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(3) 訴訟費用は,第1,2審を通じ,控訴人らの負担とする。

第2 事案の概要
1 本件は,車いすで交差点を通行中の被控訴人に控訴人Y1が運転する普通乗用自動車(以下「控訴人車両」という。)が衝突した交通事故(以下「本件事故」という。)について,被控訴人が,控訴人Y1に対し,民法709条又は自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)3条に基づき,損害賠償金460万2674円及びこれに対する遅延損害金の支払を求めるとともに,控訴人Y1との間で自動車損害賠償責任保険(以下「自賠責保険」という。)の契約を締結していた控訴人東京海上日動に対し,自賠法16条1項に基づき,損害賠償金75万円の支払を求めた事案である。

 原審は,控訴人Y1に対し,414万0140円及びこれに対する遅延損害金の各支払(うち75万円は被控訴人東京海上日動と連帯支払)を,控訴人東京海上日動に対し,控訴人Y1と連帯して75万円の支払をそれぞれ命じ,被控訴人のその余の請求を棄却する判決(原判決)を言い渡した。

 これに対し,原判決を不服とする控訴人らが,原判決中控訴人ら敗訴部分を取り消し,同取消部分に係る被控訴人の請求をいずれも棄却することを求めてそれぞれ控訴した。また,被控訴人も,控訴人Y1に対し,原判決中被控訴人敗訴部分を取り消し,同取消部分に係る被控訴人の請求を認容することを求めて附帯控訴した。

 なお,被控訴人は,同附帯控訴において,時計に関する損害賠償請求額を減縮し,控訴人Y1に対し,原判決で認容された額に加えて43万6684円(合計457万6824円)及びこれに対する平成21年10月29日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払を命ずる旨の判決を求めた。

2 当事者の主張等
(1) 前提事実並びに争点及びこれに対する当事者の主張は,下記(2)及び(3)のとおり控訴人ら及び被控訴人の当審における各主張を摘示するほかは,原判決の「事実及び理由」中の「第2 事案の概要」の1及び2に記載のとおりであるから,これを引用する


(2) 控訴人らの当審における主張
ア 控訴人Y1は,控訴の理由として,次のとおり主張する。
(ア) 本件症状のうちの頸部痛について
 本件症状のうちの頸部痛が本件事故と相当因果関係があるものとして残存したといえるためには,その機序について医学的説明ができることが必要であるが,椎間板膨隆等の頸椎や付近の脊髄の異常により頸部痛が発生していると医学的に説明することは困難である。
 本件事故による頸部痛は,頸椎捻挫によるもので,短期間で症状が軽快したものである。医療記録に頸部痛の訴えがなくなり,後遺障害診断書作成時点でも運動痛だけが見られ,自発痛や持続的な痛みの訴えがないことに照らすと,後遺障害に該当するような痛みはなくなっていたと認めるべきであり,被控訴人が訴える頸部痛は,本件事故による頸椎捻挫症状が消滅した後に他の原因で生じたものである。

 本件症状のうちの頸部痛が本件事故と相当因果関係がある後遺障害であると認めることは,本件事故によって被控訴人が受けた衝撃が後遺障害を残すようなものとは到底いえないこと,事故当初の訴え,傷病名,治療内容及び治療経過,被控訴人が,本件事故後においても,毎日のように水泳を50分行い,週に1回は車いすテニスをしていること等に照らして不合理である。
 また,このような状態であるにもかかわらず,5パーセントといえども労働能力喪失があるとみることは,健全な社会常識に著しく反する。

(イ) 本件症状のうちの両上肢の痛み及びしびれについて
 本件症状のうちの両上肢の痛み及びしびれが,ヘルニアによる脊髄損傷だとした場合には,症状の出ている部位と症状に対応するべき頸髄の部位が一致しない。
 したがって,被控訴人の訴える症状は,既往の頸椎症などによる脊髄症状であって,本件事故による外傷性のものではなく,本件事故当時から症状が出ていたものと考えられる。

(ウ) 被控訴人に生じた損害について
 被控訴人には後遺障害が生じていないのであるから,原判決のうち,後遺障害に関する損害を認定した部分は,全て誤りである。
 また,被控訴人の本件事故による傷害は,軽度の頸椎捻挫にすぎないから,通常,余裕を見ても半年経過で軽快すること,また,平成22年5月24日,東京女子医科大学病院においてされた筋電図検査において,特に異常所見と呼べるものがみられなかったことに照らすと,症状固定日は,本件事故後約7か月が経過した日である同月末日とみるべきである。

(エ) 過失相殺について
 本件事故は,午後7時20分に発生したものであり,本件交差点の周囲は暗かったところ,控訴人車両の前照灯は点灯していたのであるから,被控訴人は,控訴人車両が本件交差点に接近していることを容易に認識できる状況にあった。
 それにもかかわらず,漫然と本件交差点に進入した被控訴人には過失があるから,20パーセントの過失相殺をすべきである。

(オ) 本件既存障害と本件残存障害は同一部位の障害か否かについて
 従来,裁判実務における後遺障害の認定においては,自賠責保険の後遺障害認定の基本的な枠組みを踏襲しつつ,個別具体的な事情を踏まえて,後遺障害の有無の認定と等級認定,更には労働能力喪失の有無の認定がされてきており,「同一部位」の解釈についても,これが当てはまる。そして,自賠責保険の後遺障害認定の基本的な枠組みは,労働者災害補償保険に準拠しており,同保険制度における「同一部位」の定めについては,医学的合理性があるところ,これによれば,本件既存障害と本件残存障害は同一の系列であって,同一部位であるというべきである。

イ 控訴人東京海上日動は,控訴の理由として,次のとおり主張する。
(ア) 本件症状のうちの頸部痛について
 本件事故によって被控訴人が受けた衝撃は極めて軽微であったこと,被控訴人は,本件事故後,一貫して頸部痛を訴えていたわけでなく,本件事故から1年4か月が経過した後に再び頸部痛を訴えるようになったこと,被控訴人は長年にわたる車いすの使用や車いすスポーツにより上肢等に相当の負担をかけており,その頸椎は年齢以上に強く変性変化していると指摘されていることに照らすと,本件症状のうちの頸部痛は,本件事故との間に相当因果関係がないというべきである。

 また,そもそも被控訴人は,現在,週3,4日は水泳に行き,週1回はテニスをしているのであるから,頸部痛が残存しているのか甚だ疑問であり,仮に,現在,頸部痛があるとしても,それは運動痛にすぎず,常時性が認められるものではないから,自賠責保険の後遺障害とは認められない。

(イ) 本件症状のうちの両上肢の痛み及びしびれについて
 被控訴人が手のしびれを訴えるようになったのは,本件事故から約1か月が経過した平成21年12月4日からであるから,頸部の神経根の障害そのものに由来する神経症状とは認められないものである。また,被控訴人は,右手関節掌側のガングリオンや両側肘部管にティネル徴候があると診断されたり,ドゲルバン(狭窄症腱鞘炎)の手術を受けるなどしていたが,これらの疾患は,被控訴人の長年にわたる車いすの使用や車いすスポーツにより上肢等に相当の負担をかけていたことによるものと考えられる。
 したがって,仮に,現在,被控訴人に両上肢の痛みやしびれがあるとしても,本件事故との間に相当因果関係は認められない。

(ウ) 本件既存障害と本件残存障害は同一部位の障害か否かについて
 自賠責保険は,社会保障的色彩の強い保険であり,保険契約の締結が強制されている強制保険である点において,労働者災害補償保険と共通すること,そのため,大量の事案を迅速に処理し,被害者に公平に損害の補てんがされるよう保険金額を統一化,画一化することが要請されること,障害の程度により発生する損害額が異なるのが通常であること等に照らすと,後遺障害による損害の保険金額について,労働者災害補償の規定に準拠して,医学的な観点から障害の系列と序列により精緻に構成された障害等級表を基にした障害の程度に基づいて定めることは合理的である。

 本件で問題となっている施行令2条2項についても,自賠責保険は,被害者の損害額の基本部分を補てんしようとしたものであるところ,障害の等級評価に差が出ない状態では,賠償対象となる損害の発生はあまりないと捉えて,自賠責保険による補てん対象から除外し,また,障害等級の上昇があった場合においては,障害が全くなかったのに同じ等級の後遺障害が生じた被害者よりも生ずる障害は少ないと考えて,補てん対象の限度額を減額したものと解されるから,相応の合理性を有するものである。

 そして,施行令2条2項は,労働者災害補償規定に準拠したものであるから,その適用要件である「同一の部位」の解釈も,労働者災害補償保険に準拠して,「同一の系列」のことをいうと解するのが相当であり,このような解釈に従って長年にわたり運用されてきたものである。
 そうすると,仮に,本件症状が「局部に神経症状を残すもの」と評価し得るものであったとしても,本件既存障害と「同一の部位」の障害であるから,本件症状の残存をもって後遺障害等級表上の障害程度を「加重」するものではなく,自賠責保険の後遺障害と認定することはできないというべきである。

(3) 被控訴人の当審における主張
 被控訴人は,附帯控訴の理由として,次のとおり主張する。
ア 被控訴人の症状には,原判決が症状固定日と判断した平成22年10月29日以降も変動があり,リハビリによって一定の効果が得られる状況であったことは明らかである。したがって,本件事故後1か月目から約1年半にわたって被控訴人を診察してきた戸田整形外科胃腸科医院の医師の判断に従い,平成23年3月18日を症状固定日と認定すべきである。

 そうすると,平成22年10月30日から平成23年3月18日までの間の治療費合計189万7245円及び通院交通費合計15万3565円についても,本件事故と相当因果関係のある損害として,控訴人Y1に損害賠償義務が認められるべきである。

イ また,本件において認容されるべき被控訴人の損害額及び本件訴訟が自賠責保険会社をも共同被告とした訴訟であり,原判決において被控訴人の主張どおり後遺障害等級14級に相当する75万円の支払義務が認められたことに照らすと,弁護士費用は,58万9243円を下らない。