中枢神経既存障害・末梢神経障害同一部位性否認判例理由紹介1
○体幹及び両下肢の機能全廃の既存障害があったXが交通事故で自賠責保険第14級「局部に神経症状を残すもの」との後遺障害を残し、自賠責保険会社に自賠責保険金75万円を請求したところ、自賠責保険会社は、Xの後遺障害は、既存障害が自賠法施行令2条2項「同一部位」であり、「加重」に該当しないとして保険金支払を拒否しました。
○そこでXが支払を求めて提訴したところ、体幹及び両下肢の機能全廃の既存障害と交通事故での第14級「局部に神経症状を残すもの」との障害は、自賠法施行例2条2項にいう「同一部位」の後遺障害には該当しないとした平成27年3月20日さいたま地裁判決(判時2255号96頁、ウエストロー・ジャパン)の判決理由全文を2回に分けて紹介します。
○自賠法施行例2条2項は「法第13条第1項の保険金額は、既に後遺障害のある者が傷害を受けたことによつて同一部位について後遺障害の程度を加重した場合における当該後遺障害による損害については、当該後遺障害の該当する別表第1又は別表第2に定める等級に応ずるこれらの表に定める金額から、既にあつた後遺障害の該当するこれらの表に定める等級に応ずるこれらの表に定める金額を控除した金額とする。」と規定しています。
○自賠法第13条は「責任保険の保険金額は、政令で定める。
2 前項の規定に基づき政令を制定し、又は改正する場合においては、政令で、当該政令の施行の際現に責任保険の契約が締結されている自動車についての責任保険の保険金額を当該制定又は改正による変更後の保険金額とするために必要な措置その他当該制定又は改正に伴う所要の経過措置を定めることができる。」と規定しています。
***************************************
3 当裁判所の判断
(1) 争点(1)(本件事故と原告の症状との間の因果関係)について
ア 上記前提事実並びに証拠及び弁論の全趣旨によれば以下の事実が認められる。
(ア) 本件事故の発生
a 本件事故現場は,別紙のとおりであり,本件交差点は,ほぼ東西に走る道路(以下「東西道路」という。)と,ほぼ南北に走る幅員約4.3mの道路(以下「南北道路」という。)が交差する信号機のない交差点である。東西道路のうち本件交差点の東側部分は,幅員約3.4mで,本件交差点の手前に一時停止線が設けられ,東に向かって左側には高さ約1.7mのブロック塀が,右側には高さ約2mの生け垣が設けられているのに対し,本件交差点の西側部分は,幅員約4.9mの道路である。(甲21)
b 原告は,平成21年10月29日午後7時20分ころ,南北道路右側の中央寄り付近を車いすで進行し,本件交差点を北方向から南方向に直進しようとしたところ,被告Y1が,携帯電話を使用しながら,被告車両を運転して,一時停止をせずに,東西道路の東方向から時速約10kmで本件交差点に進入し,別紙図面の〈ア〉点から少し東に寄った地点で,原告の車いすに衝突した。原告は,被告車両と衝突する直前に,車いすを時計回りに20度から30度回転させたため,左側面にやや後方から衝突され,気付いたときには車いすから投げ出され,地面に倒れていた。他方,原告の車いすは,上記衝突地点からほとんど動いておらず,目立った損傷はなく,被告車両も,特段の損傷はなかった。(甲21,原告本人)
(イ) 事故後の通院状況等
a 本件事故直後の診断等
原告は,本件事故後,救急車で自治医科大学附属さいたま医療センターに搬送され,その際,救急隊員によって頸椎カラーを装着されたが,頭部打撲はなく,意識は清明であった。原告を診察したB医師は,原告が後頸部及び両側背部の痛みを訴えたため,頸椎から胸椎にかけてCT検査を行った上,整形外科のC医師に照会したところ,後頸部と背部の圧痛のみで,明らかな骨折はなく(5%低程度見逃す可能性はある。),神経学的所見は認められず,症状の増悪もないので,帰宅可能であるとの意見であったことから,病名を全治1週間の加療を要する胸椎部痛,頸椎打撲とする診断書を作成し,痛止めの薬を処方した上,帰宅を指示し,原告は,同日,帰宅した。(甲2の1,47,乙A7)
b 国立障害者リハビリテーションセンター病院における診断等
原告は,平成21年11月6日,同月20日及び同年12月4日の3日間,国立障害者リハビリテーションセンター病院を受診し,頸椎捻挫の診断を受けた。D医師は,原告が首及び背中の痛みを訴えたため,同年11月6日,頸椎のレントゲン撮影を実施したが,明らかな骨傷は認められないと診断した。また,同日の反射検査によれば,病的反射は陰性であり,深部腱反射は上腕二頭筋,腕橈骨筋及び上腕三頭筋において左右いずれも異常がなかった。原告は,同年12月4日,D医師に対し,両手のしびれを訴え,握力検査を受けたが,その結果は,右32.6kg,左29.8kgであった。D医師は,傷病名を「頸椎捻挫」とし,主たる検査所見を「頸椎レントゲンで明らかな骨傷は認めず」とする平成22年3月2日付けの診断書(甲3)を作成した。(甲3,乙A8)
c 山口クリニックにおける診断等
原告は,平成21年11月25日,山口クリニックを受診し,頸椎捻挫の診断を受けた。E医師は,頸椎のレントゲン撮影を実施した上,骨折なしと診断した。また,同日,握力検査を実施したが,右30.5kg,左34kgであり,ホフマン反射は陰性,深部腱反射は三角筋,上腕二頭筋,上腕三頭筋及び腕橈骨筋において左右いずれも異常がなかった。(甲5,乙A10)
d 医療法人戸田整形外科胃腸科医院における診断等
原告は,平成21年11月20日,医療法人戸田整形外科胃腸科医院を受診し,頸椎捻挫の診断を受け,以後,平成23年4月8日まで継続的に同医院に通院し(実通院日数163日),鎮痛・消炎薬であるロキソニン錠,ロキソニンパップの投与を受け,マッサージ等の消炎鎮痛治療を受けたほか,頸部可動域に係る検査を受けたが,その結果は,後記①のとおりである。また,原告は,平成21年12月4日から両手尺側のしびれがあると訴え,握力検査を複数回受けたが,その結果は,後記②以下のとおりである。F医師は,平成22年1月15日,原告の頸椎MRIを撮影した結果,C5
6で狭窄,脊柱管への圧迫が強いと診断し,同年7月24日,自治医科大学附属さいたま医療センターの整形外科医に対し,傷病名を「頸椎椎間板ヘルニア」として,検査及び診断を依頼した。(甲4の1ないし4の8,乙A7,9)
① 頸椎部可動域検査
前屈 後屈 右屈 左屈 右回旋 左回旋
平成21年11月20日 20 20 20 20 45 45
同年12月4日 20 10 20 20 30 30
平成23年3月18日 20 0 20 20 45 45
② 握力検査
平成21年12月4日 右30kg 左25kg
平成22年3月9日 右28kg 左26kg
同年4月26日 右25kg 左23kg
同年6月16日 右24kg 左22kg
同年7月21日 右24kg 左24kg
平成23年3月26日 右26kg 左22kg
e 医療法人社団幸祥会東整形外科における診断等
原告は,平成21年12月15日,医療法人社団幸祥会東整形外科を受診し,後頸部及び背部の痛みを訴え,以後,平成23年3月22日まで継続的に同外科に通院し(実通院日数145日),徒手筋力テスト,握力検査及び反射検査を受けたが,その結果は,後記①ないし③のとおりである。また,同外科のG医師は,平成21年12月15日にレントゲン撮影を,同月17日にMRI撮影をそれぞれ実施し,MRIの結果について,同月18日付けのカルテに「C4/5,C5/6,C6/7 脊柱管狭窄症」と記載している。また,G医師から診断を依頼されたH医師は,上記レントゲン写真について,同月27日付けのカルテに「C5/6,C6/7 骨棘」と,上記MRI画像について,平成22年6月6日付けのカルテに「C5/6は中心軽度,C6/7は右にやや傾位して圧迫がある」と記載している。(甲6の1ないし6の7,乙A11)
① 徒手筋力テスト
平成21年12月27日
三角筋右5/左5,上腕二頭筋右5/左5,手関節伸展右4/左4,手関節屈曲右4/左4-
平成22年1月24日
上腕三頭筋右4/左5,手関節伸展右5/左5,手関節屈曲右4/左5-
同年3月14日
上腕三頭筋右4/左4,手関節伸展右4/左4,手関節屈曲右4/左4
同年6月6日
上腕三頭筋右4+/左4,手関節伸展右4/左4,手関節屈曲右4-/左4-
② 握力検査
平成21年12月27日 右25.7kg 左28.4kg
平成22年1月24日 右27.2kg 左28.4kg
同年2月21日 右27.3kg 左30kg
同年3月14日 右27.3kg 左28.3kg
③ 反射検査
平成21年12月27日
ホフマン検査 右・陰性 左・陽性
ワルテンベルグ検査 右・陽性 左・陽性
上肢深部腱反射検査 上肢深部腱反射亢進
平成22年1月24日
ホフマン検査 陽性
ワルテンベルグ検査 陽性
平成22年6月6日
ホフマン検査 陰性
ワルテンベルグ検査 陽性
深部腱反射検査 上肢の明らかな亢進はなし。
f 大宮中央総合病院における診断等
大宮中央総合病院のI医師は,平成22年1月8日,F医師の依頼を受け,原告の頸椎MRI撮影を実施した上,年齢を考慮するとやや脊椎症が強く,C4/5椎間板は正中右寄り,C5/6椎間板は正中左寄り,C6/7椎間板は右寄りに突出し,脊椎症とあいまって頸部脊柱管狭窄,頸髄圧迫を生じているが,明らかな頸髄内異常信号は認めない旨を所見とし,頸椎症,椎間板ヘルニア,頸椎脊柱管狭窄症を印象とする検査報告書を作成した。(甲7,乙A12)
g 東京女子医科大学病院における診断等
東京女子医科大学病院のJ医師は,平成22年5月21日及び同月24日,医療法人社団幸祥会東整形外科のH医師の依頼を受け,原告に筋電図検査を実施した上,H医師に対し,右優位両側C7/8で神経原性変化が疑われ,はっきり正常であるとはいえないが,脱神経電位もなく,神経障害があったとしても軽度であるとして,傷病名を「頸髄症疑い」として回答した。(甲9の1及び9の2,乙A13)
h 自治医科大附属さいたま医療センターにおける診断等
原告は,F医師の紹介により,平成22年8月6日,自治医科大学附属さいたま医療センターを受診し,以後,平成25年4月4日まで通院した(実通院日数15日)。K医師は,原告に対し,徒手筋力テスト及び握力検査を実施したが,その結果は後記①及び②のとおりである。また,同医師は,上記d記載の医療法人戸田整形外科胃腸科医院におけるMRI画像について,C5
6は左側優位であるものの,症状と画像が一致しないとの所見を示している。(甲2の2,乙A7)
① 徒手筋力テスト
平成22年8月6日
三角筋右5/左5,上腕二頭筋右5/左5,上腕三頭筋右5/左5,手関節伸展右5/左5,総指伸展右5/左5,背側骨間筋右5/左5
平成23年1月27日
三角筋右5/左5,上腕二頭筋右5/左5,上腕三頭筋右5/左5,手関節伸展右5/左5,総指伸展右5/左5,背側骨間筋右5/左5
② 握力検査
平成22年10月21日 右24kg 左24kg
i ハートの森クリニックにおける診断等
原告は,平成23年2月8日,ハートの森クリニックを受診し,同年3月16日まで通院し(実通院日数14日),主としてリハビリテーションを受けた。(甲10,乙A14)
(ウ) 診断書
F医師は,原告の傷病名を頸椎捻挫,自覚症状を「両上肢痛と脱力・しびれ。腰痛(同一姿勢で増強)あり。車いすへの乗り移り・移動動作が困難。プッシュアップができないため,低所→高所への移動に介助を要する」,他覚症状及び検査結果を「両上肢の筋力低下,右手全体,左4・5指しびれ(知覚低下)あり,頚椎可動域制限と運動痛,腱反射:上肢異常なし,握力右26kg,左22kg,頚椎MRI:C5・6,6・7で椎間板の膨隆あり」とする平成23年3月19日付けの診断書を作成した。(甲19)
(エ) 本件事故前の原告の状態
a 原告は,昭和54年12月13日,自転車を運転中に川に転落し,上記前提事実(5)のとおり,第9胸椎圧迫骨折による脊髄損傷の傷害を負い,本件既存障害が残存し,以後,車いすを使用してきた。(乙B1,原告本人)
b 原告は,本件事故前は,印刷会社の事務職として勤務していたが,車いすの操作やプッシュアップ(車いす上で両手で上体を支えて持ち上げる動きであり,移動や褥瘡防止のために行う。)時に頸部や両腕に痛みを感じたことはなく,両手で上体を支えきれずに転倒したこともなかった。また,原告は,車いす利用者のスポーツ競技に積極的に取り組み,財団法人a協会主催のbスポーツ大会に出場し,砲丸投げ部門の記録保持者となったほか,平成3年ころから車いすテニスを始め,平成13年には車いす利用者のテニス大会であるc大会に出場して男子シングルBグループ(出場者32名)においてベスト4に入賞し,また,平成16年ころにはホノルルマラソンに出場して完走した。原告は,日常的にも,テニスを多いときで週に3回ほど,水泳を週に1,2回ほどしていた。(甲33ないし35,原告本人)
(オ) 本件事故後の原告の状態
a 原告は,本件事故後,頸部の痛みや手のしびれを感じ,ベッドや自動車に移動する際のプッシュアップがうまくいかないようになり,平成22年4月26日及び同年12月22日には,上肢を支えきれずに車いすから転倒した。また,仕事中にパソコンを使った入力作業をしていると,3分間ほどで手のしびれを感じるようになり,治療に専念するため休職した。(甲33,乙A9,原告本人)
b 原告は,上記(エ)bのとおり,本件事故前は日常的にスポーツをしていたのに対し,本件事故後は,頸部の痛みや上肢の痛み・しびれからスポーツの回数を減らしており,テニスは週に1回程度であるが,水泳だけは,医師の指示により,週3,4回の頻度で行っている。(原告本人)
c 自治医科大学付属さいたま医療センターのK医師は,原告につき,平成23年12月15日,右手関節掌側に直径2cmのガングリオン(関節近くにある膜や粘液嚢胞にゼリー状の液体がたまる弾力性の腫瘤)を発症していると診断し,平成24年7月12日には,両側肘部管にティネル徴候(手首を叩くとしびれ,痛みが指先にひびく症状)があると診断した。(乙A7,16ないし18)
d 原告は,平成24年,医療法人戸田整形外科胃腸科医院において,ドゲルバン(狭窄性腱鞘炎)の手術を受けた。(乙A7,19)