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小松亀一法律事務所は、「交通事故」問題に熱心に取り組む法律事務所です。

交通事故重要判例

中枢神経既存障害・末梢神経障害同一部位性否認判例理由紹介2

○「中枢神経既存障害・末梢神経障害同一部位性否認判例理由紹介1」の続きです。
判決は、「神経にはそれぞれ支配領域があり,脊髄損傷の場合,脊髄損傷の生じた高位(部位)以下に不全あるいは完全横断麻痺が生じること,本件既存障害は,第9胸椎圧迫骨折による脊髄損傷であり,支配領域としてはT9に当たり,運動機能としては腹筋・傍脊柱筋以下に障害が残り,知覚機能としては臍より少し上の部分以下に障害が残るため,頸椎や上肢に運動障害又は知覚障害を及ぼすことはないこと,他方,頸椎や上肢は支配領域としてはC3ないしT2に当たり,T9とは支配領域を異にすることが認められる。
 以上のとおり,本件既存障害と上記(1)認定の本件症状とでは,神経の支配領域が異なるから,本件既存障害が本件症状の内容を重篤化させるなどして損害の発生に寄与しているとは認められない
。」として、既存障害と、交通事故での障害を峻別して、「同一部位」との保険会社主張を排斥しました。誠に妥当な判断です。

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イ 以上の事実を前提に,本件事故と本件症状との間の因果関係について検討する。
(ア) 本件症状のうち頸部痛について
 上記ア(ア)のとおり,本件事故の状況は,車いすで進行していた原告が時速10kmで走行する被告車両に左側面にやや後方から衝突されたというものである。原告は,被告車に衝突され,気づいたときには,別紙図面の(ウ)点に倒れていたと主張するところ,被告車両が低速度であったこと,原告の車いす及び被告車両に目立った損傷がないことに照らし,原告が衝突の衝撃で3m以上離れた上記地点まで飛ばされたとは考え難いが,少なくとも転倒した車いすから投げ出され,これにより身体に一定程度の衝撃を受けたものと認められる。

 また,本件事故後の原告の診断結果等についてみると,上記ア(イ)のとおり,F医師,G医師,H医師,I医師といった複数の医師が頸椎MRI検査によって,C5/6,C6/7において脊柱管への圧迫や突出を認めている上,I医師は,年齢を考慮するとやや脊椎症が強いとの所見を示し,さらに,被告Y1が提出した意見書(乙A15)を作成したL医師も,その中でC5/6の前方・後方からの脊髄圧迫を認めた上,経年性変化であるとしつつ,年齢以上に強く変化しているとの意見を述べている。

 さらに,上記ア(イ)及び(エ)のとおり,原告は,本件事故前に頸部痛を感じたことはなく,プッシュアップを含め,車いすを使用して日常生活を営んでいるばかりか,より身体的負荷の高い車いすスポーツにも積極的に取り組んでいたが,本件事故後は,頸部痛を訴えるようになった。この点,被告Y1が提出した意見書(乙A15)において,L医師は,原告が当初頸部痛を訴えていたものの,その後長期間にわたって頸部痛を訴えた旨の記載がカルテには存在せず,本件事故から1年4か月が経過してから受診したハートの森クリニックにおいて再び頸部痛を訴えていることは,打撲等による外傷は時間経過とともに症状が軽減していくという機序にそぐわず,原告の頸部痛は本件事故による後遺障害といえないのではないかとしているが,上記ア(イ)のとおり,原告は,本件事故後,複数の医療機関を受診し,頸椎捻挫の診断を受け,その約1か月後から継続的に通院していた医療法人戸田整形外科胃腸科医院において,鎮痛・消炎薬であるロキソニン等の処方を受け,マッサージ等の消炎鎮痛治療を受けていたのであるから,その間,頸部痛を訴えていたことが推認され,L医師の上記意見は採用できない。

 以上のとおり,原告において,本件事故によって身体に一定程度の衝撃を受けたこと,原告の頸部痛の訴えと整合する客観的な検査所見が存在すること,本件事故前は頸部痛などが存在しなかったのに,本件事故後は一貫して頸部痛を訴え,これに対する投薬等の治療を受けていることに照らせば,原告が訴える本件症状中の頸部痛は,本件事故との間に相当因果関係がある後遺障害と認められる。

(イ) 本件症状のうち両上肢の痛み・しびれについて
 原告は,上記ア(イ)認定のとおり,様々な神経学的検査を受けているが,証拠(甲40,乙A24)によれば,頸椎に神経根を侵す病変が生じた場合,神経根の障害レベルに応じて,四肢の筋力低下,知覚障害,反射異常などの神経学的症状が生じ得るものであり,例えば,C5レベルは,三角筋及び上腕二頭筋を支配しているため,C5レベルに神経根障害が生じれば,肩関節外転が弱くなり,上腕二頭筋腱反射が低下することが認められる。また,C6レベルは,手根伸筋群及び上腕二頭筋を支配しているため,C6レベルに神経根障害が生じれば,手関節伸展が弱くなり,腕橈骨筋腱反射が低下し,C7レベルは,上腕三頭筋,手根屈筋及び指伸筋を支配しているため,C7レベルに神経根障害が生じれば,手関節屈曲が弱くなり,上腕三頭筋腱反射が低下することが認められる。

 原告は,上記認定のとおり,複数の医師によってC5ないしC7レベルにおいて脊柱管への圧迫や突出が認められているが,徒手筋力テストによれば,わずかに筋力が低下しているものの,検査結果はいずれも5(Normal)ないし4(Good)であり,正常の範囲内であると認められる(乙A24)上,筋力が低下する部位が一定していない。また,ホフマン検査及びワルテンベルグ検査の結果も一定していない上,深部腱反射検査の結果によれば,平成21年12月27日の検査において亢進となったことを除き,いずれも正常であったから,C5ないしC7レベルにおける神経根の障害と神経学的症状とが整合しているとは評価できない。しかしながら,原告は,本件事故直後は両手のしびれを感じておらず,1週間が経過して初めて右手小指側のしびれを感じ,1か月が経過して継続的にしびれを感じるようになったと供述し,さらに,首をフォローするため,手首,肘などに負担がかかると医師に言われたと供述していることに照らすと,原告が,日常的に車いすを使用する中で,頸部の痛みをカバーしようとしたため,腕や手に過度に力が入り,筋肉の緊張が生じて,結果的に手のしびれにつながったと考えるのが自然かつ合理的である。

 以上によれば,本件症状のうち両上肢の痛み・しびれについては,頸部の神経根の障害そのものに由来する神経症状であるとは認められないものの,本件事故により発症した頸部痛が契機となって発症したものと認めるのが相当であるから,本件事故との間に相当因果関係がある症状と認められる。
 
(2) 争点(2)(原告に生じた損害)について
 証拠(甲11ないし18,23ないし28,31,32)及び弁論の全趣旨によれば,以下のとおり,原告は,本件事故により,合計414万0140円の損害を被ったものと認められる。
ア 治療費 173万9735円
 原告は,症状固定日が平成23年3月18日であるとする診断書(甲19)を提出するが,本件事故態様,本件症状の内容・程度及び本件事故後の原告の症状が大きく変化することなく推移していることに照らせば,遅くとも本件事故から1年が経過した平成22年10月29日には症状が固定したと認めるのが相当である。
 そして,証拠(甲11,12,14,15,17,18,24)によれば,同日までの治療費として173万9735円を要したことが認められ,その全額が本件事故による損害である。

イ 通院交通費 12万9090円
 上記前提事実並びに証拠(甲13,16)及び弁論の全趣旨によれば,上記症状固定日までの通院交通費として12万9090円を要したことが認められ,その全額が本件事故による損害である。

ウ 逸失利益 110万8210円
 上記(1)認定の本件症状の内容・程度に照らせば,原告には平成22年10月29日の症状固定時点で「局部に神経症状を残す」(施行令別表第二の14級9号)後遺障害が残存し,その労働能力を5年間にわたって5%喪失したと認めるのが相当である。そして,原告の平成20年度の年収は511万9344円である(甲22)から,本件事故による原告の逸失利益は,下記の計算式のとおり,110万8210円となる。
 511万9344円×0.05×4.3295(ライプニッツ係数)=110万8210円

エ 通院慰謝料 119万円
 上記前提事実の通院状況,上記症状固定日並びに原告の受傷の部位及び程度などを考慮すると,119万円が相当である。

オ 後遺障害慰謝料 110万円
 上記(1)認定の本件症状の内容・程度,本件事故前の諸般の事情を考慮すると,本件事故による精神的苦痛に対する慰謝料としては,110万円が相当である。

カ その他
 証拠(甲23ないし28,31,32)及び弁論の全趣旨によれば,以下の費用等として38万2103円を要したことが認められ,その全額が本件事故による損害というべきである。
 (ア) 車いす代 19万9350円
 (イ) 旅行キャンセル代 12万1150円
 (ウ) クリーニング代 1033円
 (エ) コピー代 660円
 (オ) 眼鏡代 2万6000円
 (カ) 時計代 2万4150円
 (キ) 弁護士法23条照会費用 8310円
 (ク) 刑事記録謄写費用 230円
 (ケ) 刑事記録郵送費用 600円
 (コ) 交通事故証明書取得費用 620円

キ 合計(アないしカ) 564万9138円

ク 既払金控除 377万0140円
 上記キから上記前提事実(8)の既払金187万8998円を控除すると,残額は,377万0140円となる。

ケ 弁護士費用 37万円
 本件事案の内容,審理の経緯,上記クの損害額,その他本件に現れた一切の事情を考慮すると,本件事故と相当因果関係のある弁護士費用としての損害額は,これを37万円とするのが相当である。

(3) 争点(3)(素因減額の可否及び程度)について
 ア 被告は,原告が本件既存障害を有することから,8割の素因減額がなされるべきであると主張する。しかしながら,上記前提事実を含むこれまでに認定した事実並びに証拠(甲39ないし45)及び弁論の全趣旨によれば,神経にはそれぞれ支配領域があり,脊髄損傷の場合,脊髄損傷の生じた高位(部位)以下に不全あるいは完全横断麻痺が生じること,本件既存障害は,第9胸椎圧迫骨折による脊髄損傷であり,支配領域としてはT9に当たり,運動機能としては腹筋・傍脊柱筋以下に障害が残り,知覚機能としては臍より少し上の部分以下に障害が残るため,頸椎や上肢に運動障害又は知覚障害を及ぼすことはないこと,他方,頸椎や上肢は支配領域としてはC3ないしT2に当たり,T9とは支配領域を異にすることが認められる。
 以上のとおり,本件既存障害と上記(1)認定の本件症状とでは,神経の支配領域が異なるから,本件既存障害が本件症状の内容を重篤化させるなどして損害の発生に寄与しているとは認められない。


イ したがって,被告の上記主張は理由がない。

(4) 争点(4)(過失相殺の可否及び程度)について
ア 被告Y1は,原告には被告車両を見落として漫然と本件交差点に進入した過失が認められると主張する。
 しかしながら,上記前提事実(2)記載の被告Y1の過失の内容に,車いすで進行中の原告からは,本件交差点に至る南北道路の東側に設置された高さ約1.7mのブロック塀のため,左方の見通しが悪く,被告車両に気付くことは容易ではなかったと認められること(上記(1)ア(ア))を併せ考えると,原告が被告車両を見落としたことについて過失があるということはできない。

イ したがって,被告の上記主張は採用し難い。

(5) 争点(5)(本件既存障害と本件残存障害は同一部位の障害か)について
ア 自動車損害賠償責任保険は,保有者が被害者に対して損害賠償責任を負担することによって被る損害をてん補することを目的とする責任保険であるところ,被害者及び保有者双方の利便のための補助的手段として,自賠法16条1項に基づき,被害者は,保険会社に対して直接損害賠償額の支払を請求し得るとしているものであり(最高裁昭和60年(オ)第217号平成元年4月20日第一小法廷判決),同損害賠償額の支払は,交通事故による身体障害から生じた損害賠償請求権全体を対象としている(最高裁平成6年(オ)第651号同10年9月10日第一小法廷判決)。

 そして,施行令2条2項は,自賠法13条1項の保険金額につき,既に後遺障害のある者が傷害を受けたことによって同一部位について後遺障害の程度を加重した場合における当該後遺障害による損害については,当該後遺障害の該当する別表第一又は別表第二に定める等級に応ずるこれらの表に定める金額から,既にあった後遺障害の該当するこれらの表に定める等級に応ずるこれらの表に定める金額を控除した金額とするものとしているところ,同項の趣旨は,その内容からして,保険会社に対し,「同一の部位」について二重の損害賠償の負担を負わせることを避けることにあると解され,上記のとおり,同法16条1項の損害賠償が交通事故による身体障害から生じた損害賠償請求権全体を対象としていることを踏まえれば,同項にいう「同一の部位」とは,損害として一体的に評価されるべき身体の類型的な部位をいうと解すべきである。

イ この点,被告東京海上日動は,認定基準における解釈に従って,本件既存障害は,脊髄という中枢神経の障害であり,本件症状は,末梢神経の障害であるから,いずれも神経系統の機能又は精神の障害として「同一系列」の身体障害に当たると主張する。

 しかしながら,上記(3)認定説示のとおり,胸椎と頸椎とは異なる神経の支払領域を有し,それぞれ独自の運動機能,知覚機能に影響を与えるものであるから,本件既存障害と本件症状とは,損害として一体的に評価されるべき身体の類型的な部位に当たると解することはできず,「同一の部位」であるということはできない。
 したがって,被告東京海上日動の主張は,採用できない。

ウ そして,上記のとおり,上記(1)認定の本件症状は,「局部に神経症状を残すもの」(施行令別表第二の14級9号)に該当するから,原告は,被告東京海上日動に対し,法16条1項に基づく75万円の支払請求権を有しており,被告東京海上日動は,被告Y1と連帯して同金員を支払う義務を負う。

第4 結論
 以上の次第で,原告の請求は,上記の限度で理由があるから,その限度で認容し,その余は理由がないから棄却することとして,主文のとおり判決する。
 (裁判長裁判官 針塚遵 裁判官 大島淳司 裁判官 齊藤千春)
  〈以下省略〉