○「
相続開始前遺留分放棄の許可要件について-許可申立却下例紹介」を読んだ方から、遺留分放棄の相談を受け、関係判例を探していますが、余り見当たりません。
○自己の結婚について父母の了解を得たいとの一心から遺留分放棄の許可申立てをした事案につき、申立人の全くの自由意思によつて申立てがされたものであるか疑問があるとして、申立てを却下した昭和60年11月14日和歌山家裁審判(家庭裁判月報38巻5号86頁)全文を紹介します。
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主 文
本件申立を却下する。
理 由
1 申立の要旨
申立人は被相続人の長女であり,法定の遺留分を有するが,被相続人の相続財産について,これを相続する意思がないので,その相続開始前に遺留分を放棄したく,これが許可を求める。
2 当裁判所の判断
家庭裁判所調査官の調査報告書,被相続人及び申立人に対する各審問の結果と本件記載によれば,
(1)申立人は,昭和34年1月2日白神伸(被相続人,以下父という)と同雅代(母)の長女として生れ,現在和歌山市内にある○○幼稚園の教諭として勤務している。
(2)申立人は,昭和60年初め頃夫(婚姻の届出はしていない。しかし,夫は,現在帰化申請中であり,許可あり次第届出する予定である。)である高原こと朴信永(韓国人)と知合い,結婚を約束して,両親にその了解を求めたところ,国籍が違うことを理由に強く反対された。
(3)これに対し申立人は,朴との結婚について理解を強く求めたところ,被相続人から,「今後,経済的なことや財産的なことで紛争が生ずるようでは困る,どうしても結婚するのであればなにもしてやらない」との発言があり,その際申立人は父から遺留分放棄手続を示唆されたので,申立人は,父の意思を忖度して,遺留分放棄手続をとれば,結婚についての了解を得られるものと考え,本件の申立をするに至つた。
(4)しかし,結局両親の了解が得られなかつたことから,申立人は両親の列席のないまま昭和60年8月26日朴との結婚式を挙げ肩書住居で同棲生活に入つた。
もつとも,両親達は,申立人に対しいわゆる応分の嫁入り支度はさせている。
(5)被相続人は本籍地付近に7筆の土地(合計で2073平方メートル,市の評価額合計金4588万5676円)を所有し,その地上に自宅のほか,貸家4軒,アパート2軒(6戸分)を所有している。ところで右土地付近の地区は,近年急速に市街化が進み,高層建物が多数建築されている地域であつて,土地価格は急騰しており,そのため,前記不動産の時価はその評価額の数倍(このことは公知の事実である。)であり,したがつて,相続財産の時価は非常に高額なものとなる。
以上の事実が認められる。
申立人は,当裁判所の審問に対し、遺留分の放棄をするのは自由な意思からであると述べているが,他方,父の意思に従いたい旨のことも述べており,これらのことと,前記認定の事実とを併せ検討してみると,本件申立が,申立人の全くの自由意思に基づいてなされたものと認定するには多くの疑問が残る。
ところで,我が民法は均分相続を原則としているところ,相続の放棄はその例外であり,しかも,遺留分の事前放棄というのは相続人の全くの自由な意思によつてなされるべきであるところから,それが効力を生ずるためには,家庭裁判所の許可を要するとされているわけである。
したがつて,家庭裁判所としては,遺留分の事前放棄の許否の審判に際してはそれが相続人の全くの自由な意思によつてなされたものであることについて疑いのあるような場合には,その疑いが解消されない限りこれを許可すべきものではないと考える。
そして本件の場合においては,前述した如く,申立人は父からの示唆によつて,本件手続の存在を知り,自己の結婚について父母の了解を得たいとの一心から,父の意思を忖度して本件申立をしたものであり,しかも,被相続財産が高額になることからすると,本件申立が申立人の全くの自由意思によつてなされたと認定するには多大の疑問が残り,したがつて,本件申立をしなければならない合理的理由を見出すこともできない。
よつて,本件申立を却下することとし,主文のとおり審判する。(家事審判官 荒川★)