○「
被相続人預金払戻金を生前贈与特別受益とした裁判例紹介1」の続きで裁判所の判断前半です。
被相続人と同居していた被告が、被相続人名義預金から合計約8350万円払い戻したとして、内生活費・必要経費等と認められる3580万円を差し引いた約4770万円を生前贈与と認定し、特別受益として遺留分算定基礎資産に参入しています。
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第3 争点に対する判断
1 証拠(甲17ないし甲19,乙38,原告X5本人,被告本人)及び後掲の各証拠並びに弁論の全趣旨と前記争いのない事実等を総合すると以下の事実が認められる。
(1) 被相続人は,夫である亡F(以下「亡F」という。)及び子らと暮らしていたが,昭和44年に原告X5が婚姻をして家を離れたのを最後に被告だけが同居の子として残ることになった。昭和45年ないし46年ころ,被相続人の一家は,千葉県松戸市日暮に転居し,昭和56年に亡Fが死亡した後は,被相続人と被告が二人だけで暮らすことになった(甲2の6)。
(2) 被告は,昭和58年8月28日,Dと婚姻したが,婚姻後も被相続人との同居を続けた。しかし,被告は,平成6年ころ,長男Eの就学の都合により,D及びEとともに新宿区中落合のマンション(現住所)に転居した。その結果,被相続人は,松戸市で一人暮らしとなった(甲2の6及び23)。
(3) 被相続人は,平成10年ころ,被告が居住する中落合のマンションの別の部屋(D所有)に居住するようになった。被相続人は,明治40年生まれであるから,この時点で91歳となっていた(甲2の6)。
(4) 被相続人は,被告の一家と旅行に行くことがあった。平成9年以降の旅行先は以下のとおりであった。平成9年ころからは被相続人は,車いすに乗って移動するようになった(乙18)。
ア 平成9年 日光(乙18)
イ 平成10年 島根県・鳥取県(乙19)
ウ 平成10年又は11年 長崎市(乙20)
エ 平成10年又は11年 高知県など(乙21)
オ 平成10年又は11年 和歌山県(乙22)
カ 平成12年 さいたま県秩父市(乙25)
キ 平成12年 静岡県下田市(乙26)
ク 平成13年 京都市・奈良市(乙28)
2 争点(1)(被相続人から被告への生前贈与又は被相続人の被告に対する損害賠償請求権の成否)について
(1) 前記第2,1(7)のとおり,被相続人の生前,同人名義の預金から金員が引き出されているところ,その合計金額は8350万8653円となる。上記1(4)のとおり,被相続人は,平成9年ころから車いすに乗って移動をする生活になっていたこと,被告は,被相続人の世話をしていたこと及び被相続人名義の預金の引出しをしていたことを自認する供述及び陳述をしていることを総合すると,上記の被相続人名義の預金は上記の引出しがなされたころ,被告の管理の下にあったと認めるのが相当である。
(2) 被告は,これらの金員の引出しは,被相続人の旅行費用や生活費,資産管理のための必要経費に充てられたと主張するので以下において検討する。
ア 旅行費用
証拠上,認められる被相続人の旅行先は,上記1(4)の8か所であって,これにかかった費用を直接に立証する証拠はないが,その総額は100万円を上回ることはないものと認めるのが相当である。
イ 生活費
証拠(甲8の1,甲11の1)によれば,被相続人の収入であった年金及び家賃は,前記第2,1(7)アの被相続人名義の普通預金に入金されていたことが認められること,被告と被相続人が上記1(3)のとおり平成10年ころから新宿区中落合の同じマンションに居住するようになったことを総合すると,被告は,上記普通預金から引き出した金員を被相続人の生活費に充てていたものと推認することができる。被相続人の生活費が幾らであったのかという点を直接に立証する証拠はないが,被相続人が上記1(4)のとおり,平成9年ころから車いすに乗って移動する生活になっていたことを考慮すると,その生活費は,月額15万円を上回ることはなかったと認めるのが相当である。なお,被告は,鍼,灸,マッサージ,美顔(エステ)に通っていたとか,美容院に行くことも多く,デパートでの買物や外食も好きだったなどとも主張し,証拠(乙38,被告本人)の中にはこれに沿う部分もあるが,上記のとおり平成9年ころからは被相続人は車いすの生活となり,活発に活動できる状態ではなかったと認められること及びこれらの出費が果たしてどの程度のものであったのかを示す証拠が存在しないことを総合すると,被相続人にとって上記の生活費以上の費用が必要であったとは認められない。以上によれば,前記第2,1(7)の預金の引出しの始期である平成9年3月から被相続人が死亡した月である平成16年5月までの間(87か月)の生活費の合計は,1305万円となる。
ウ 必要経費
上記イと同様の理由により,被告は,被相続人の普通預金から被相続人の所有する不動産の管理に必要な経費等を支出していたものと推認することができる。証拠(乙1)によれば,被相続人が平成15年分の所得を確定申告した際に計上した経費及び医療費(医療費控除額に非控除分の10万円を加算する方法により推計)並びに上記確定申告による納税額は別表4のとおり合計324万3779円となる(借入金の支払利息は,預金口座から自動引落しされているので除かれている。)。そのほかの年度の確定申告の内容は,被相続人が中途で死亡した平成16年分(乙2)を除き明らかにされていないが,上記内容に照らすと,少なくとも毎年300万円は上記経費等の支払が発生していたものと認めるのが相当である。以上によれば,前記第2,1(7)の預金の引出しの始期である平成9年3月から被相続人が死亡した月である平成16年5月までの間の経費等は,2175万円(1年未満は月割り計算)となる。
(3) 上記(2)アないしウの合計額は3580万円となるところ,これを上記(1)の8350万8653円から差し引いた4770万8653円は被告が取得したものと認めるほかない。そして,この金額は,少なくとも生前贈与による特別受益額として遺留分算定の基礎となる資産に加えられるべきである。
3 遺留分の計算
(1) 遺留分算定の基礎となる資産
ア 不動産
証拠(鑑定の結果)及び弁論の全趣旨によれば,被相続人の遺産である不動産の相続開始時における価格は以下のとおりであると認められる。これに対し,原告らは,東急リバブル株式会社が作成した報告書(甲12,甲14)を提出するが,その内容は,簡易な価格査定の域にとどまるものであり(しかも評価時点が相続開始時点ではない。),原告らからの一方的依頼に基づき作成されたものにすぎないことをも考え合わせると採用できない。
(ア) 別紙物件目録記載1の土地及び同目録記載3の建物
3600万円
(イ) 同目録記載2の土地
1288万円
証拠(甲8の1,乙33,鑑定の結果)によれば,同土地の上には被告名義の建物が存在し,被相続人と被告との間で平成13年12月12日付けの土地賃貸借契約が締結されていること,同契約の期間は30年,地代は毎月5万円であり,平成14年1月から平成16年4月まで被相続人名義の普通預金に毎月5万円が地代として入金されていることがそれぞれ認められる。以上によれば,同土地の上には被告の借地権が設定されていると認められるから,同土地の価格は,更地価格から借地権価格(鑑定の結果に見られる本件土地の位置,周辺の状況などに照らし,借地権割合は6割と認めるのが相当である。)を差し引いた金額になる。証拠(鑑定の結果)によれば,同土地の更地価格は3220万円であるから,借地権価格を控除した後の同土地の価格は1288万円となる。
(ウ) 同目録記載4の土地及び同目録記載5の建物
3530万円
(エ) 同目録記載6の土地及び同目録記載7の建物
4700万円
(オ) 同目録記載8の土地
弁論の全趣旨によれば,同土地の土地評価証明書上の評価額は,1万4076円である。
(カ) 小計
以上の各不動産の合計価格は,1億3119万4076円となる。
イ 株式
東京ガス株式会社の株式は,上場されているところ,相続開始時における同株式の価格は,1株400円(平成16年5月13日の終値)であった(公知の事実)。したがって,同株式3000株の価格は120万円となる。
ウ 預金債権
被相続人の相続開始時における預金債権は,前記第2,1(5)ウのとおりであり,その合計金額は9399円があるが,原告らは,前記第1,3の請求において,これを遺留分減殺の対象に加えていないから,遺留分算定の基礎となる資産の計算からは除外する。
エ 相続債務
被相続人の相続債務は,前記同(6)のとおりであり,その合計額は,3736万1344円となる。
オ 特別受益
前記第3,2(3)のとおり,被告の特別受益は,4770万8653円である。
カ 遺留分算定の基礎となる資産の計算
以上によれば,原告らの遺留分算定の基礎となる資産の計算は,上記ア及びイにオを加え,エを控除するという方法によって得られるから,その金額は,1億4274万1385円となる。
(2) 原告らの遺留分の価格
原告らの遺留分の割合は,前記第2,1(3)のとおりである。したがって,原告らの遺留分の価格は,上記の遺留分算定の基礎となる資産に上記遺留分の割合を掛けた金額となるから,それぞれ以下のとおりとなる。
ア 亡X1(遺留分割合14分の1) 1019万5813円
イ 原告X3(同上) 1019万5813円
ウ 原告X2(同上) 1019万5813円
エ 原告X4(同上) 1019万5813円
オ 原告X5(同上) 1019万5813円
カ 原告X6(遺留分割合28分の1) 509万7907円
キ 原告X7(遺留分割合56分の1) 254万8953円
(3) 民法1033条により,原告らの遺留分の減殺は,まず被告が前記第2,1(2)の遺言によって取得した遺産(上記(1)ア及びイ)を対象とすることになる。上記遺産の合計額は,1億3239万4076円であるから,原告らは遺留分減殺の意思表示(前記第2,1(4))により,以下のとおり,遺留分として,上記遺産の合計額を分母として各自の遺留分価格を分子とする割合にて上記(1)アの各不動産に対する共有持分及び同イの株式に対する準共有持分を取得することになる。したがって,原告らの確認請求は上記の限度で理由がある。
ア 亡X1 1億3239万4076分の1019万5813
イ 原告X3 1億3239万4076分の1019万5813
ウ 原告X2 1億3239万4076分の1019万5813
エ 原告X4 1億3239万4076分の1019万5813
オ 原告X5 1億3239万4076分の1019万5813
カ 原告X6 1億3239万4076分の509万7907
キ 原告X7 1億3239万4076分の254万8953
(4) また,原告らは,被告に対し,別紙物件目録記載の各不動産につき,遺留分減殺を原因とする上記(3)の共有持分についての所有権移転登記をそれぞれ求めることができる。