被相続人預金払戻金を生前贈与特別受益とした裁判例紹介1
○被相続人の公正証書遺言により遺産のすべてを取得したとする被告に対し、同じ共同相続人である原告らが遺留分減殺請求をした事案において、
①高齢の被相続人と同居しながら同人の預金口座から引き出した多額の金員につき、その相当部分を被告が取得したものと認定し、これを生前贈与による特別受益額として遺留分算定に反映させ、
②被告に対し遺産である不動産について持分の移転登記手続を命じるとともに、
③同不動産の法定果実である賃料につき管理費用を控除してその返還を命じた
平成20年4月25日東京地裁判決(ウエストロー・ジャパン)全文を3回に分けて紹介します。
○被相続人と同居している子供が被相続人生前に被相続人名義預金から多額の現金を払い戻す例が良くあります。この払戻預金について横領・不当利得か贈与か争いになることが良くありますが、本件では生前贈与と認定して特別受益として遺留分算定に考慮しています。
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主 文
1 被告は,別紙物件目録記載の各不動産につき,原告兼原告X1訴訟承継人X2が1億3239万4076分の2039万1626の,原告X3,同X4,同X5が各1億3239万4076分の1019万5813の,原告X6が1億3239万4076分の509万7907の,原告X7が1億3239万4076分の254万8953の各共有持分権を有することを確認する。
2 被告は,別紙物件目録記載の各不動産につき,原告兼原告X1訴訟承継人X2に対し平成16年10月6日遺留分減殺を登記原因とする持分1億3239万4076分の2039万1626の,原告X3,同X4,同X5に対し,平成16年10月6日遺留分減殺を登記原因とする各持分1億3239万4076分の1019万5813の,原告X6に対し,平成17年2月14日遺留分減殺を登記原因とする持分1億3239万4076分の509万7907の,原告X7に対し,平成17年2月14日遺留分減殺を登記原因とする持分1億3239万4076分の254万8953の各所有権移転登記手続をせよ。
3 被告は,亡B名義の東京ガス株式会社株式3000株につき,原告兼原告X1訴訟承継人X2が1億3239万4076分の2039万1626の,原告X3,同X4,同X5が各1億3239万4076分の1019万5813の,原告X6が1億3239万4076分の509万7907の,原告X7が1億3239万4076分の254万8953の各準共有持分を有することを確認する。
4 被告は,原告兼原告X1訴訟承継人X2に対し,183万3726円及び平成20年2月1日以降,本件訴訟の判決確定の日まで,1か月あたり9万1714円を,原告X3,同X4,同X5に対し,それぞれ91万6863円及び平成20年2月1日以降,本件訴訟の判決確定の日まで,1か月あたり4万5857円を,原告X6に対し,45万8449円及び平成20年2月1日以降,本件訴訟の判決確定の日まで,1か月あたり2万2929円を,原告X7に対し,22万9208円及び平成20年2月1日以降,本件訴訟の判決確定の日まで,1か月あたり1万1464円を支払え。
5 原告らのその余の請求を棄却する。
6 訴訟費用は,これを5分し,その1を原告らの負担とし,その余を被告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
1 被告は,別紙物件目録記載の各不動産につき,原告兼原告X1訴訟承継人X2が7分の1の,原告X3,同X4,同X5が各14分の1の,原告X6が28分の1の,原告X7が56分の1の各共有持分権を有することを確認する。
2 被告は,別紙物件目録記載の各不動産につき,原告兼原告X1訴訟承継人X2に対し平成16年10月6日遺留分減殺を登記原因とする持分7分の1の,原告X3,同X4,同X5に対し,平成16年10月6日遺留分減殺を登記原因とする各持分14分の1の,原告X6に対し,平成17年2月14日遺留分減殺を登記原因とする持分28分の1の,原告X7に対し,平成17年2月14日遺留分減殺を登記原因とする持分56分の1の各所有権移転登記手続をせよ。
3 被告は,原告らに対し,4845万8391円の遺産について,原告兼原告X1訴訟承継人X2が7分の1の,原告X3,同X4,同X5が各14分の1の,原告X6が28分の1の,原告X7が56分の1の各準共有持分を有することを確認する。
4 被告は,平成17年4月1日以降,本件訴訟の判決確定の日まで,原告兼原告X1訴訟承継人X2に対し,1か月9万1714円を,原告X3,同X4,同X5に対し,それぞれ1か月4万5857円を,原告X6に対し,1か月2万2929円を,原告X7に対し1か月1万1464円を支払え。
第2 事案の概要
本件は,亡B(以下「被相続人」という。)の相続人である原告らから同じく被相続人の相続人である被告に対し,被相続人の遺言によって被告が被相続人の遺産をすべて取得したことによって遺留分を侵害されたとして,遺留分減殺請求の意思表示をした上で被相続人の遺産についての共有持分又は準共有持分の確認,遺産たる不動産についての上記共有持分に従った所有権移転登記手続,民法1036条に基づく遺留分減殺請求の意思表示が被告に到達した日の後の日である平成17年4月1日以降の上記不動産の法定果実の返還をそれぞれ求めた事案である。
1 争いのない事実等(証拠等によって認定した事実は末尾に当該証拠等を掲記する。)
(1) 亡X1(平成19年9月29日死亡,以下「亡X1」という。),原告X3(以下「原告X3」という。),同X2(以下「原告X2」という。),同X4(以下「原告X4」という。),同X5(以下「原告X5」という。)及び被告は,いずれも被相続人(平成16年5月13日死亡)の子である。原告X6(以下「原告X6」という。)は,被相続人の子である亡G(平成3年12月29日死亡)の子である。原告X7(以下「原告X7」という。)は,亡Gの子である亡H(平成15年6月6日死亡)の子である。原告ら及び被告の相続関係は別紙相続人関係図記載のとおりであり,亡X1,原告X3,原告X2,原告X4,原告X5及び被告の法定相続分はいずれも7分の1,原告X6の法定相続分は14分の1,原告X7の法定相続分は28分の1である。
(2) 被相続人は,東京法務局所属C作成の平成10年7月2日付け平成10年第352号遺言公正証書により,被相続人所有の別紙物件目録記載の不動産並びに被相続人の有する有価証券及び預貯金債権を含む財産のすべてを被告に相続させるとの遺言をした。
(3) 亡X1,原告X3,原告X2,原告X4,原告X5の遺留分は各14分の1,原告X6の遺留分は28分の1,原告X7の遺留分は56分の1である。
(4) 亡X1,原告X3,原告X2,原告X4,原告X5は,平成16年10月6日,被告に対し,遺留分減殺請求の意思表示をした。原告X6及び原告X7は,東京家庭裁判所平成17年(家イ)第155号,156号遺留分減殺請求調停申立事件の第1回調停期日(平成17年2月14日)において,被告に対し,遺留分減殺請求の意思表示をした。
(5) 被相続人の遺産は,以下のとおりである。
ア 不動産
別紙物件目録記載1ないし8の土地及び建物
イ 株式
東京ガス株式会社株式 3000株
ウ 預金債権
千葉銀行八柱支店 普通預金 口座番号〈省略〉 残高519円
千葉興業銀行松戸支店 普通預金 口座番号〈省略〉 残高8880円
(6) 被相続人の相続債務及び葬儀費用は以下のとおりである。
ア 相続債務
債権者 国民生活金融公庫 残高 3656万0902円
イ 葬儀費用 80万0442円
ただし,葬儀費用122万6442円から香典42万6000円を差し引いた残高である(甲6,弁論の全趣旨)。
(7) 被相続人の生前における預金からの引出し
ア 平成9年3月24日から平成10年11月9日までの間に千葉興業銀行八柱支店(当時)の被相続人名義の普通預金(口座番号〈省略〉)から別表1のとおり837万円が預金通帳を使用して引き出された(甲11の1)。
イ 平成10年11月25日から平成16年5月13日までの間に上記預金からカードを使用して引き出された金員がある。その合計額は,4826万3620円となる(甲8の1,甲11の1)。
なお,この点につき,原告の主張は別表2のとおりであり,その合計額は,4856万5260円とされているが,証拠(甲8の1)に照らすと,以下の点は訂正されるべきであり,訂正後の合計額は上記のとおりとなる。
① 平成15年5月1日の引出し額は,15万円ではなく,1万5000円である。
② 平成15年9月10日の引出し額である7000円が計上されていないので,これを加える。
③ 平成15年2月21日の17万4640円はカードによる金員の引出しではなく物品の購入代金の引落しであるからこれを除く。
④ 平成16年5月24日の8000円は相続開始後の引出しであるからこれを除く。
ウ 被相続人は,平成9年10月7日現在,千葉興業銀行八柱支店(当時)に定期預金(口座番号〈省略〉)2047万4591円を有していたところ,上記定期預金は,平成11年11月8日までに全額解約され,引き出された(甲8の2,甲11の2)。また,被相続人は,平成9年5月27日,同支店に定期預金(口座番号〈省略〉)502万4028円を有していたところ,上記定期預金は,平成9年6月30日に全額解約され,引き出された(同上)。
エ 千葉興業銀行八柱支店(当時)の被相続人名義の貯蓄預金(口座番号〈省略〉)の平成9年3月3日現在の残高は139万7622円であったところ,平成10年3月11日現在の残高は2万1208円であったから少なくとも137万6414円が上記預金から引き出されている(甲11の3)。
2 争点
(1) 被相続人から被告への生前贈与又は被相続人の被告に対する損害賠償請求権の成否
(原告らの主張)
ア 被告は,昭和58年8月,D(以下「D」という。)と婚姻し,松戸で被相続人と同居するようになった。被告は,婚姻する前から無職,無収入であり,被告の生活費は母が支弁していた。
イ Dは,昭和62年ころに勤務していた貸植木業の会社を退職して貸植木業を自営するも,うまくいかず平成6年ころに廃業し,中落合に転居した。このころからDも無職,無収入であった。
ウ 被告は,平成9年3月ころ,被相続人を中落合に連れ去り,以後,被相続人と原告らとの接触を一切拒否するようになった。このころから被告は,被相続人名義の預金をすべて管理するようになり,上記1(7)のとおり被相続人名義の各預金から現金を引き出した。
エ 仮に上記の金員の引出しが被相続人の意思に基づくものであれば,生前贈与として原告らの遺留分算定の基礎となる資産に算入されるべきである。また,仮に上記の金員の引出しが被相続人に無断でなされたとすれば被相続人の被告に対する損害賠償請求権が成立し,これは遺産を構成することになるから原告らの遺留分算定の基礎となる資産に算入されるべきである。
(被告の主張)
ア 被告は,被相続人と被告が子供のころからずっと同居をしていた。被告が昭和58年8月にDと婚姻した後も被相続人との同居は続いた。
イ 被告は,平成6年ころ,長男Eの就学の都合により,D及びEとともに新宿区中落合のマンション(現住所)に転居した。被相続人は,松戸市で一人暮らしとなったが,次第に中落合で一緒に過ごす日が多くなり,平成10年ころからは被相続人は,被告が居住する中落合のマンションの別の部屋(D所有)に居住するようになった。
ウ 被相続人は,旅行好きで,平成15年まで毎年の年末年始,春休み,夏休みなどに被告の家族を加え4人で各地を旅行した。旅行中は,1か所にとどまるのではなく,鉄道やタクシーを利用して数か所の観光地を訪れ,各地の有名旅館に宿泊していた。その他,被相続人には公租公課の支払などがあり,これらの旅行費用や生活費及び必要経費の支払に充てるため被相続人名義の預金からの引出しがなされた。
エ したがって,原告ら主張の生前贈与も預金の無断引出しもいずれも否認する。
(2) 遺産である不動産の法定果実
(原告らの主張)
ア 別紙物件目録記載3の建物の法定果実(賃料)は,1か月30万円である。
イ 同目録記載7の建物は,共同住宅であって,貸室数は8室であるが,満室割合を8分の6とし,1室の賃料を平均月額5万7000円すると,上記建物の法定果実(賃料)は,1か月34万2000円である。
ウ したがって,原告らは,被告に対し,以下の計算により,民法1036条に基づき法定果実の返還を求めることができる。
(30万円+34万2000円)×23÷56=26万3678円
(被告の主張)
ア 平成17年4月以降の別紙物件目録記載3の建物の賃料は別表3のラフレシアビル1階及び同2階の欄に記載のとおりである。
イ 同じく平成17年4月以降の別紙物件目録記載7の建物の賃料は別表3の八柱メゾンラフレシアの欄に記載のとおりである。
(3) 共有物の管理費用請求権による相殺
(被告の主張)
ア 別紙物件目録記載3の建物及び同目録記載7の建物につき以下の管理費用がかかっており,その金額は,別表3のとおりである。
(ア) 管理費
(イ) 修繕費
(ウ) 退出清算金
(エ) 専従者業務費
(オ) 公庫返済金
(カ) 公共料金・税金
イ 以上の管理費用は,民法253条1項に基づき相続人全員がその持分に応じて支払う義務を負う。
ウ 上記管理費用は,被告が支出したものであるから,被告は,原告らに対し,遺留分減殺によって取得した共有持分の割合に応じて返還を求めることができる。
エ 被告は,本件訴訟の第4回口頭弁論期日(平成20年2月22日)において陳述した準備書面において,原告らに対し,上記管理費用返還請求権を自働債権とし,原告らが請求する法定果実返還請求権を受働債権として相殺するとの意思表示をした。
(原告らの主張)
ア 被告の主張する収支計算は,共有物に関する負担の問題として民法253条の規定により別途解決すべき問題である。
イ 被告の主張する管理費用のうち,専従者業務費(D)は,共有者が負担すべき費用に該当しない。
ウ 同じく管理費については,本件建物以外の被告所有の賃貸物件管理費用を含むものであり,原告らが負担すべき金額を争う。
エ 退出清算金については,賃貸借契約時に預かり保管している敷金との相殺関係が不明である。原告らは負担すべき金額を争う。
オ 修繕費については金額及び必要性を争う。
カ 公共料金については,賃借人が負担すべき水道光熱費との関係が不明であり,原告らは,負担すべき金額を争う。
キ 固定資産税は認める。
ク 事業税は被告が負担すべきものであり,原告らが共有者として負担すべきものではない。
ケ 公庫返済金は,被告が包括受遺者として当然に負担すべきものであり,原告らが共有者として負担すべきものではない。