黙示の持戻免除意思表示認定を厳格に判断した大阪高裁決定全文紹介
○遺言による特別受益につき、黙示の持戻免除の意思表示を認定するには生前贈与の場合に比べより明確な持戻免除の意思表示の存在が必要とした平成25年7月26日大阪高裁決定(判時2208号60頁)全文を紹介します。私なりの説明は別コンテンツで行います。
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主 文
一 本件抗告を棄却する。
二 抗告費用は抗告人の負担とする。
理 由
第一 抗告の趣旨および理由
別紙即時抗告申立書および即時抗告訂正申立書(いずれも写し)に記載のとおり
第二 当裁判所の判断
一 当裁判所も原審判を相当と判断する。その理由は、次のとおり補正するほかは、原審判の理由説示のとおりであるからこれを引用する。
(1) 原審判2頁15行目の「事件」を「遺産分割調停事件」に改める。
(2) 同3頁4行目の「価額」を「分割時の価額」に、同19行目の「本件遺言」から同22行目の「なったものである」までを「被相続人は、本件遺言をした後、同目録記載四および五の各不動産を売却等し、その売却代金をもって同目録記載二および三の各不動産を取得したが、別件訴訟の確定判決(後記三ア(サ))により、抗告人は本件遺言により同各不動産を取得したとされた」にそれぞれ改める。
(3) 同4頁6行目ないし7行目の「ほぼ均等の割合により遺贈した」を「一棟ずつ遺贈した(@抗告人に対し、《略》所在、家屋番号《略》、木造瓦葺二階建居宅 一階《略》平方メートル 二階《略》平方メートルの建物、A相手方X1に対し、《略》所在、専有部分の家屋番号《略》、木造瓦葺二階建居宅 一階《略》平方メートル 二階《略》平方メートルの建物、B相手方X2に対し、《略》所在、専有部分の家屋番号《略》、木造瓦葺二階建居宅 一階《略》平方メートル 二階《略》平方メートルの建物、C相手方X3に対し、《略》所在、家屋番号《略》、木造瓦葺二階建居宅 一階《略》平方メートル 二階《略》平方メートルの建物)」に改める。
(4) 同4頁23行目の「(以下「本件旧不動産」という。)」を削り、同24行目の「遺言執行者を指定すること」を「遺言執行者として弁護士秋山英夫を指定すること」に改める。
(5) 同5頁13行目の「訴え」を「別件訴訟」に、同16行目の「判決を受け」を「判決が言い渡され、相手方らは控訴したが控訴は棄却され、さらに上告は棄却され、上告受理申立ても不受理となり」にそれぞれ改める。
(6) 同5頁17行目から同六頁四行目までを次のとおり改める。
「イ 上記認定事実に基づいて、抗告人の特別受益不動産の取得について、被相続人の黙示の持戻免除の意思表示があったと認められるか否かを検討する。
(ア) 抗告人に対する特別受益は本件遺言によるものであるところ、本件遺言には持戻免除の意思表示は記載されていない上、仮に遺言による特別受益について、遺言でなくとも持戻免除の意思表示の存在を証拠により認定することができるとしても、方式の定められていない生前贈与と異なり、遺言という要式行為が用いられていることからすれば、黙示の持戻免除の意思表示の存在を認定するには、生前贈与の場合に比べて、より明確な持戻免除の意思表示の存在が認められることを要すると解するのが相当である。また、このような生前贈与との方式の相違に加えて、本件の場合、被相続人が相続開始時点で有していた財産の価額に占める特別受益不動産の価額の割合は4割であること(〔541万0426円+5981万9600円〕÷〔9763万5574円+541万0426円+5981万9600円〕≒0・400)からも、黙示の持戻免除の意思表示の存在を認定するには、民法の相続人間の公平の要請を排除するに足りる明確な持戻免除の意思表示の存在が認められることを要するものと解するのが相当である。」
(7) 同6頁15行目の「自宅と本件旧不動産」を「原審判別紙三物件目録記載1、4および五の各不動産」に、同19行目の「《略》の各建物の遺贈」を「Aによる《略》の各建物の遺贈」にそれぞれ改める。
(8) 同7頁10行目から11行目にかけての「そのような事情をもって」から同15行目末尾までを「相手方らがこれにより利益を受けたと認めるに足りる証拠はない上、被相続人が上記通帳等の返還を求めなかったことからすれば、被相続人が本件遺言によって抗告人に相続させた特別受益不動産を抗告人の法定相続分とは別枠のものと考えていたとは断定できないのであって、抗告人の主張する被相続人が本件遺言をした経緯から、被相続人の黙示の持戻免除の意思表示が存在したと認めるに足りない。」に改める。
(9) 同7頁17行目末尾に改行の上、次のとおり加える。
「 他方、本件各記録等によれば、本件遺言は、相手方X1および相手方X2が被相続人のもとから転居後、抗告人が被相続人と相談の上でされたものと認められるが、抗告人の主張する上記経緯により、抗告人に法定相続分とは別枠で特別受益不動産を取得させることにしたのだとすれば、本件遺言に持戻免除の意思表示が記載されているはずであるが、本件遺言に持戻免除について何らの記載がないのは不自然である。」
二 抗告理由について補足する。
(1) 抗告の理由二について
相手方らによる父名義の預金からの無断払戻しの事実があったとしても、これが判明したのは被相続人の死亡後であり(乙18)、被相続人が本件遺言をする前にこれを知っていたとは認められないから
、そのような事実があったとしても、本件遺言による抗告人の特別受益について、被相続人が持戻を免除する動機になるものではなく、被相続人の黙示の持戻免除の意思表示の存在を認めるに足りる事情にはなり得ない。したがって、抗告人の主張を採用することはできない。
(2) 抗告の理由三について
上記一において原審判を補正の上引用して説示したとおりであって、抗告人の主張を採用することはできない。
(3) 抗告理由1、4について
抗告人の主張するような経緯で本件遺言がされたとすれば、被相続人は本件遺言において持戻免除の意思表示をしていたはずであり、同意思表示が本件遺言に記載されていないのは不自然というほかない。したがって、抗告人の主張を採用することはできない。
(4) 抗告の理由5について
抗告人は、持戻免除が認められず、本件各土地が相手方らの共有になると、抗告人がAから遺贈を受けた建物(前記の《略》所在の家屋番号《略》の建物)の敷地利用が不安定になり、抗告人と相手方らとの間で紛争が不可避となり、被相続人がこのような事態を容認していたとは考えられないと主張するが、そもそも、被相続人は、本件遺言時において、既にその敷地(《略》所在の宅地《略》平方メートルおよび同所《略》所在の宅地《略》平方メートルの二筆)が相続を原因として父から抗告人および相手方らの各持分4分の1の割合で共有取得され、その旨の移転登記を経由していた(甲1の1、2)にもかかわらず、本件遺言で同土地上の原審判別紙三物件目録記載一の建物を抗告人に単独相続させていることからすれば、被相続人が敷地と地上建物の所有者が一致するような配慮をしたとは認められない上、被相続人が抗告人の主張するような事態を想定し、これを避ける意思であったのなら、被相続人は本件遺言において持戻免除の意思表示をしたはずであるが、同意思表示が本件遺言に記載されていないことは前記のとおりである。したがって、抗告人の主張を採用することはできない。
三 よって、原審判は相当であって、本件抗告は理由がないから棄却することとし、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 金子順一 裁判官 田中義則 小池覚子)