○民法相続法は法律専門家にも意外な盲点があり、条文或いは関連判例をシッカリと確認しておかないと誤ったアドバイスになる場合が良くあります。以下、相続財産費用に関する備忘録です。
先ず相続費用に関する条文です。
第885条(相続財産に関する費用)
相続財産に関する費用は、その財産の中から支弁する。ただし、相続人の過失によるものは、この限りでない。
2 前項の費用は、遺留分権利者が贈与の減殺によって得た財産をもって支弁することを要しない。
○この条文で規定する「
相続財産に関する費用」とは相続開始後に遺産分割によって各相続財産の帰属が決まるまでの間にその相続財産に関して発生した費用です。遺言書があってその相続財産の帰属が相続開始と同時に決まる場合は、その財産に関する費用もその財産帰属者に帰属します。
○相続財産に関する費用の具体例は,相続財産の管理費用で、固定資産税、相続財産が借地上の建物の場合の地代、火災保険料、水道料金、下水道使用料、電気料金等があります。この点に関しては、昭和41年7月1日大阪高裁決定は「
ところで本件記録によると、同人らが右土地建物を管理するについては、固定資産税、借地料、電気料金、水道料金、火災保険料および下水道使用料等の費用を支出していることを認めることができる。右のような費用は相続財産の管理に必要な費用であり、相続財産に関する費用として相続財産から支弁すべきものであるから、分割すべき相続財産およびその収益の額を算定するに当つては、当然右のような管理の費用を控除しなければならないものと解する。そして原審判説示の如く、管理費用等の支払関係が長期にわたる複雑微妙なものであり、関係者のその点に関する立証の熱意も乏しいからといつて、別異の取扱いをなすべきでなく可能なかぎり調査し、管理費用を算定しなければならない。」と述べています。
○相続税は、財産を相続によって承継することに対する課税で相続に関する費用には該当しません。財産を承継した相続人が相続分に応じて負担すべきものです(昭和58年6月20日大阪高裁決定)。
○相続財産の管理・清算に関する費用も含み、昭和61年1月28日東京地裁判決()では、「
相続財産に関する費用(民法885条)とは、相続財産を管理するのに必要な費用、換価、弁済その他清算に要する費用など相続財産についてすべき一切の管理・処分などに必要な費用をいうものと解される」と判示しています。
○問題になるのは、葬儀費用で、一般には当然に相続財産に関する費用と思われていますが、そうではありません。
前記昭和61年1月28日東京地裁判決では、「
死者をとむらうためにする葬式をもつて、相続財産についてすべき管理、処分行為に当たるとみることはできないから、これに要する費用が相続財産に関する費用であると解することはできない」、「
葬式費用は、特段の事情がない限り、葬式を実施した者が負担すると解するのが相当であるというべきである。そして、葬式を実施した者とは、葬式を主宰した者、すなわち、一般的には、喪主を指すというべきであるが、単に、遺族等の意向を受けて、喪主の席に座つただけの形式的なそれではなく、自己の責任と計算において、葬式を準備し、手配等して挙行した実質的な葬式主宰者を指すというのが自然であり、一般の社会観念にも合致する」と判示しています。
○しかし近時の判例は葬儀費用は相続財産に関する費用と認める例も増えているようです。平成24年5月29日東京地裁判決は、「
葬儀費用323万1904円(同ア),葬儀に近接する法要の費用(二七日,三七日,四七日,五七日,六七日法要2万5000円(同エ),四九日法要15万2530円(同オ))及び納骨費用2万円は,亡Aの死亡に伴って社会通念上必要とされる費用であって,原告も亡Aの遺産の中から相続分に応じてその費用を負担することを受忍すべきものといえる。」としていますが、法要等の費用については、「
一周忌法要12万0420円(同キ),三周忌法要・開眼法要33万2167円(同コ)は,亡Aの死亡からかなり時間も経過してからの一般的な追悼・供養のための費用といえるものであるから,原告が亡Aの遺産の中から相続分に応じてその費用を負担することを受忍すべきとまではいえない」としています。
○将来の法要費用については、
平成24年5月29日東京地裁判決では、一周忌より前の費用は、相続財産に関する費用と認めていますが、一周忌以降は認めていません。葬儀費用ですら、相続財産に関する費用に該当しないとする判例もありますので、将来法要費用は相続人全員の合意があれば、相続財産から負担することは構いませんが、原則としては該当しないと覚えておいた方がよいでしょう。