○交通事故での損害賠償請求訴訟で入院期間が長すぎるので事故と因果関係がある入院期間を短縮して認定すべきと保険会社側から主張されている事案があり、同種紛争についての裁判例を探しているのですが、なかなか見つかりません。
○医療実務での入院判断基準がどうなっているか調べましたが、「
実は、結核などの特殊な病気を除けば、明確かつ客観的な入院基準・退院基準というのは存在しない。医学生が使う教科書にも出ていないし、もちろん医師国家試験でそんなことを問う問題も見たことがない。新米医師は、臨床経験を積む過程で先輩医師の判断を見聞きして各自が自分なりの入院基準・退院基準を決めているのが実情だ。逆に言うと、医師によって、病院によって、その基準がかなり異なることがある。」なんて記事が見つかりました。
○結核については、厚生労働省の「
結核に関する施策の歩み」と題するPDFファイルがネット上見つかりました。患者の状態が、「喀痰その他の臨床材料を直接,載せガラスに白金耳などで塗りつけ,乾燥,熱固定して,抗酸性染色(チール・ネールゼン染色や蛍光染色)を施し,顕微鏡下で抗酸菌の存在を探す方法」での検査である塗抹(+)となると即入院との判断基準が記載されています。
○入院期間と事故との因果関係について判断した判例として平成26年4月24日東京高裁判決(自保ジャーナル・第1925号)が見つかりましたので、概要を紹介します。
入院に関する事案は以下の通りです。
・33歳男子Xが運転する軽ワゴン車の助手席に妻W、後部座席に長女Vと二女Uが同乗して赤信号停止中、Yタクシーに時速約5㎞で追突され、各同乗者が頸部挫傷及び腰部挫傷等の傷害を負った
・X48日間、W36日間、V28日間、U36日間の入院治療を要した
・Xは、F整形外科での17日間の入院中に5回外出を繰り返し、D整形外科へ転入院した7日間のうち、3回外出し1日外泊していた
・妻WのF整形外科11日間、E病院26日間の入院治療期間につき、E病院入院中の26日間のうち9回外出していて、看護記録に「頸部から腰部にかけて疼痛あるも自制内、しびれなし、嘔気なしで、面会者と楽しそうに大笑いしている」などと記載された
・長女VのF整形外科11日間、E病院18日間の入院治療期間につき、E病院入院中の18日間のうち4回外出し1日外泊していて、「最初は吐気があったが、4日目頃から楽になったと述べている」
・二女UのF整形外科11日間、E病院26日間の入院治療期間につき、E病院入院中の26日間に8回外出し1日外泊していて、差異のあった「握力の左右差も平成18年7月31日には解消している」
○東京高裁判決の、入院期間と事故との因果関係の認定は次の通りでした。
・Xについて、「そのような外出や外泊が可能であったことは、入院後約10日を経過した後は通院治療が可能な状態になっていた」とし、「本件事故と相当因果関係のある入院治療期間は、XがF整形外科を退院するまで」として、17日間につき入院治療期間を認め、以降の入院治療と本件事故との因果関係を否認
・Wについて、「面会者と大笑いしている」と記載された日以降は「通院治療が可能な状態になっていた」として、15日間につき入院治療期間を認め、以降の入院治療と本件事故との因果関係を否認
・長女Vについて、「入院後4日が経過した後は、通院治療が可能な状態になっていた」として、4日間につき入院治療期間を認め、以降の入院治療と事故との因果関係を否認
・二女Uについて、「7月31日が経過した後は、通院治療が可能な状態になっていた」として、7日間につき入院治療期間を認め、以降の入院治療と事故との因果関係を否認
○1審裁判所は、Xらの入院の必要性を認めていたのですが、東京高裁判決は、事故と因果関係のある入院期間としては、Xは48日中17日、Wは36日中15日、Vは28日中4日、Uは36日中7日、しか認められませんでしたが、いずれも入院中に多数回外出を繰り返し、また外泊もしています。
○そこで判決は、Xについて、次のように述べて入院相当期間を48日中17日に限定しました。
(2) 被控訴人X
ア まず、本件事故による傷害について相当と認められる入院治療期間は、原審での鑑定結果によれば10日間とされるところ、被控訴人一郎は、F整形外科に入院中、平成18年7月27日午前8時頃から午後3時30分頃まで、同月28日午前8時頃から午後5時30分頃まで、同年8月3日午前9時頃から午後7時頃まで、同月4日午前8時頃から午後6時頃まで、同月6日午後1時頃から午後5時頃まで、それぞれ外出しており、同月9日にD整形外科へ転入院してからも、同月10日午前8時頃から午後6時30分頃まで、同月11日午前8時頃から午後12時40分頃まで、同日午後3時20分頃から午後4時45分頃まで、それぞれ外出し、同月13日午前8時15分頃から同月14日午前9時45分頃までは外泊していたものであって、それぞれの外出又は外泊には一応相当の理由が認められるものの、そのような外出や外泊が可能であったことは、上記鑑定結果のとおり、入院後約10日を経過した後は通院治療が可能な状態になっていたことを推認させるものである。そうすると、控訴人ら提出の医学的意見書を考慮しても、本件事故と相当因果関係のある入院治療期間は、被控訴人一郎がF整形外科を退院するまで、すなわち同年8月9日までと認めるのが相当である。