一審認定脳脊髄液減少症否認の平成27年2月26日東京高裁判決紹介1
○交通事故で脳脊髄液減少症発症したとする損害賠償請求訴訟は殆ど否認されていますが、珍しく認めた平成24年7月31日横浜地方裁判所判決(自保ジャーナル・第1878号)は、以下のニュース報道の通り、控訴審の平成27年2月26日東京高裁判決(LLI/DB 判例秘書)で否認されました。その判決判断部分を紹介します。
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毎日新聞 2月26日(木)21時39分配信
交通事故で脳脊髄(せきずい)液減少症を発症したとして、被害者の男性が加害者に賠償を求めた訴訟の控訴審判決で、東京高裁は26日、「発症したとは認められない」と判断した。その上で約2300万円の支払いを命じた1審・横浜地裁判決を変更し、賠償額を635万円に減額した。
男性は2005年、神奈川県内で乗用車と衝突し負傷した。男性側は、減少症で典型的な症状の「頭を上げていると悪化する頭痛」があり、髄液の漏れを止める「ブラッドパッチ」治療で症状が改善したなどと主張。1審は12年、発症の疑いを認めていた。
これに対し、高裁の菊池洋一裁判長は、病院の診療記録には減少症の典型的症状とは異なる頭痛の記載があり、ブラッドパッチで目立った効果がなかったこともあったと指摘。1審が参考にした国の研究班が11年に作成した基準にも当てはめ「減少症に該当するとは認められない」と判断し、減少症の治療にかかった費用などを減額した。【山本将克】
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第3 当裁判所の判断
1 争点(1)(事故態様及び過失相殺)について
当裁判所も,被控訴人の過失を考慮して,25パーセントの過失相殺をするのが相当であると判断する。その理由は,原判決の「第3 裁判所の判断」の1記載のとおりであるから,これを引用する。ただし,7頁2行目の「東方面」を「西側(社家側)」に改める。
2 争点(2)(被控訴人は本件事故によって脳脊髄液減少症を発症したか,症状固定時及び後遺障害等級)について
(1) 被控訴人の症状及び治療の経過,脳脊髄液減少症の診断基準等
次のとおり補正するほか,原判決の「第3 裁判所の判断」の2(1)記載のとおりであるから,これを引用する。なお,引用に係る原判決中「別紙」とあるのは,原判決添付の別紙を指すものである。
ア 8頁6行目の「東日本循環器病院」の次に「(脳神経外科)」を加える。
イ 8頁11行目末尾に「控訴人は,同日,同病院での受診を中止し,同病院の開設者が別途開設するAプラザ(整形外科)での受診を開始した。」を加える。
ウ 9頁3行目の「同病院」を「Aプラザでの受診と併行して,同病院の開設者が別途開設するB病院」に改める。
エ 9頁11行目冒頭から12行目末尾までを次のとおり改める。
「(イ) 脳神経外科では,平成17年12月22日に神経伝導検査を,平成18年1月18日に頚椎MRI検査を行ったが,いずれも異常所見はなかった。脳神経外科の担当医師は,同年2月20日,被控訴人につき傷病名を頚椎捻挫とし,治療中止とする診断書(甲9の1の1・11頁)を作成した。
被控訴人は,右後頭,後頚,上肢の痛みを訴えて,平成18年4月27日,同病院の麻酔科を受診し,同年5月18日から同年8月9日までの間,星状神経節ブロック,頚部硬膜外ブロック等の治療を受けた。」
オ 9頁17行目の「平成19年」の次に「1月18日及び同年」を加え,23行目の「15日」を「1日」に,10頁2行目の「などが記載されている。」を「,神経ブロック後の症状軽減が2か月以上持続しており,さらに軽減する可能性も再度憎悪する可能性もあり,見通しは不明であること等が記載されている。なお,上記後遺障害診断書の症状固定日欄は,上記作成時には空欄であり,その後遅くとも平成20年3月12日までに「平成20年1月17日」と記入されたものと推認されるが,その記入の経緯及び具体的時期は,証拠上明らかでない(甲9の2の21及び22参照)。」にそれぞれ改める。
カ 10頁4行目の「頭痛」から5行目末尾までを「「右前頭に拍動性頭痛」「臥位でも軽減なし」「安静にすれば少し軽減」等の記載がある。」に改める。
キ 10頁14行目末尾に「他方で,外来麻酔科経過記録中,平成19年1月18日の部分には「立位長時間で後頭部~痛くなる」等の記載(同・35頁)が,同年2月1日の部分には「症状変わらず,頭痛強い」「起きてから数時間は有効」等の記載(同・36頁)が,同年7月5日の部分には「動くと頭痛強くなる」等の記載(同・49頁)が,同年8月16日の部分には「立位での頭痛は起きない」「臥位での拍動性頭痛」等の記載(同・53頁)が,同月23日の部分には「低髄圧の症状はない」「拍動性頭痛続いている」等の記載(同・54頁)が,同年9月13日の部分には「低髄圧症状はほぼなし」等の記載(同・56頁)が,同年11月1日の部分には「1時間散歩すると右後-側頭に拍動性頭痛少し+」等の記載(同・59頁)がある。」を加える。
ク 10頁15行目冒頭から21行目末尾までを次のとおり改める。
「 平成19年3月29日の外来神経内科初診記録(甲9の3・1頁,2頁)には「H17年6月に交通外傷」「その後3カ月程して後頭部痛,後頚部痛(中略)が出現」「朝起きて時間とともに悪くなる。起きて平均2時間でH
A出現」「横になっても良くならない」「ハッキリとした起立性H
A(頭痛)ではないが…」等の記載がある。また,同年4月21日の外来神経内科経過記録(同・3頁)には「MRI異常なし」「低髄液圧Syndの所見はなし」等の記載が,被控訴人に対する説明内容として「MRIでは低髄圧症候群を疑う所見はなし」等の記載がある。
平成19年6月26日の外来精神神経科初診記録(甲9の4の4・2頁)には「headache,耳なり,手足冷たい,安静にしている時もある」「動くとこれらが増大する」等の記載がある。また,外来精神神経科経過記録中,平成19年8月16日の部分には「頭痛に対してかなりsensitive,一部妄想的でもある」「よくなっている時間もあるようだが,話が一貫せず,独特なとらえ方あり」等の記載(同・10頁)が,同年9月13日の部分には「症状的にはかわらないが,ひどくなる感じがする」「ひどくなる予感がして心配になる」「髄圧減少症の症状はない」等の記載(同・12頁)が,同年10月4日の部分には「人といるとイライラ→頭痛↑」「1m以内に入られると不安」等の記載(同・14頁)がある。なお,精神神経科の担当医師は,同年11月22日,被控訴人につき傷病名を適応障害とし,治療継続とする診断書(甲3の7)を作成した。」
ケ 10頁23行目の「しかし」から26行目末尾までを「しかし,放射線科の担当医師は,RI髄腔内投与6時間後像及び25時間後像のいずれについても髄液漏れを示唆するRIの異常集積は認められないと判断し,C医師も,髄液漏れの所見はないと判断した。」に改める。
コ 10頁26行目末尾に改行の上次のとおり加える。
「(オ) C医師は,上記(エ)のRI脳槽シンチグラフィー検査前の平成19年11月15日に被控訴人につき傷病名を頚腕症候群,低髄液圧症候群の疑いとし,治療継続とする旨の前記自動車損害賠償責任保険後遺障害診断書と同趣旨の診断書(甲3の5)を作成し,同検査後の平成20年11月6日に被控訴人につき傷病名を外傷性頚部症候群とし,「頭痛,めまい,嘔気が続き,平成20年1月17日に一旦症状固定としたが,その後に症状が憎悪し,見通しは不明となった」と記載した診断書(甲9の2の14)を作成したが,同年11月27日には被控訴人につき傷病名を外傷性頚部症候群とし,同年1月17日に症状固定とする旨の診断書(甲3の9,9の2の15)を作成した。
なお,被控訴人は,その後も平成24年12月3日まで,下記オの国際医療福祉大学熱海病院における受診と並行して,北里大学病院における受診を継続した。」
サ 11頁6行目の「国際医療福祉大学熱海病院」の次に「(脳神経外科)」を加える。
シ 11頁7行目末尾に改行の上次のとおり加える。
「 C医師の同病院脳神経外科D医師宛の平成20年10月16日付け診療情報提供書(甲8の3)には「平成17年6月の交通外傷後より,右上肢内側の疼痛と痺れ,立位で出現し臥位で軽快する頭痛・嘔気・眩暈・耳鳴が持続しております。」との記載がある。」
ス 11頁9行目末尾に「放射線科の担当医師は,胸椎肋間に液体貯留(右>左)が認められると診断した。」を加える。
セ 11頁10行目冒頭から12行目末尾までを次のとおり改める。
「(ウ) 被控訴人は,平成20年12月1日,頭部造影MRI検査を受けた。放射線科の担当医師Eは,頭蓋内に明らかな異常は見られず,造影後の硬膜の肥厚増強効果等は見られず,トルコ鞍内の下垂体の形態は正常であり,小脳扁桃の位置にも異常は見られず,「INTRACRANIAL HYPOTENSION」(低髄液圧症)を示唆する所見は認められないと診断した。」
ソ 11頁17行目末尾に「なお,同検査の結果に関する放射線科の担当医師による診断の有無及び結果については,証拠上明らかでない。」を加える。
タ 12頁10行目末尾に改行の上次のとおり加える。
「 同組合は,上記判断の根拠について,後遺障害診断書上,低骨髄液症候群の疑い,頚腕症候群の傷病名により,右上肢内側の痛みと痺れ,立位で出現し,臥位で軽快する頭痛,吐気,めまい,耳鳴,羞明が持続している等の頚椎由来神経症状の訴えが所見されているが,後遺障害診断書上,「MRI:器質的病変なし,低髄圧所見なし」とあり,頚部画像上,本件事故による明らかな外傷性の異常所見は認められないこと,また,医証上,「Jackson test(+)」とあるものの,平成20年6月17日付けAプラザ回答書上,初診時,「腱反射 正常 知覚障害 正常」とある等,症状を証明し得る有意な医学的異常所見に乏しく,他覚的に証明される症状と捉えることは困難であること,しかしながら,受傷後より一貫して頚部痛等の自覚的訴えが認められ,長期にわたる治療においても訴えが消退することなく継続している症状経過・治療経過等を勘案すれば,上記症状の将来にわたる残存は否定し難いと捉えられることから,「局部に神経症状を残すもの」として,自動車損害賠償保障法施行令別表第二第14級9号に該当するものと判断すると説明している。」
チ 12頁26行目冒頭から末尾までを次のとおり改める。
「 被控訴人は,上記休職の後,症状に特段の改善はないとして稼働していなかったが,後記(エ)のとおり平成26年2月19日にD医師による人工髄液(アートセレブ)髄腔内注入による脳脊髄液補充治療を受けた後症状が改善したため,今後は就職活動に務めたい等としている(甲52)。」
ツ 13頁1行目の「星状神経」の次に「節」を加える。
テ 13頁7行目の「症状」を「自覚症状(主訴)」に改める。
ト 13頁10行目末尾に改行の上次のとおり加える。
「(エ) 被控訴人は,平成26年2月19日にD医師による人工髄液(アートセレブ)髄腔内注入による脳脊髄液補充治療を受けた後,拍動性頭痛等が消失し,普通に日常生活を送れるようになったとし,同年5月28日にD医師により治癒と診断されたが,現在も,右手,右腰,右下肢等にしびれがあり,外出の際には転倒予防のため杖を使用する状態が続いているものの,D医師の説明によると,これらの症状は,脳脊髄液減少による交感神経系への影響と考えられ,今後のリハビリテーション等で軽快が期待される等としている(甲51,52)。
なお,平成22年1月6日に6回目のブラッドパッチを受けてから上記脳脊髄液補充治療を受けるまでの被控訴人の北里大学病院及び国際医療福祉大学熱海病院における受診状況等を見ると,被控訴人に対するフェンタニル(デュロテップMTパッチ)の処方は,平成24年7月13日が最後であり,被控訴人は,その後同年12月3日を最後に北里大学病院での受診を中止し,国際医療福祉大学熱海病院におけるトラムセット配合錠(頓服,疼痛時服用)の処方も,平成25年9月が最後であった(甲45,47の1ないし8,48,49の1ないし7)。また,被控訴人は,F接骨院においても,平成26年2月まで継続的に施術を受けていた(甲46)。」
ナ 13頁15行目冒頭から16行目末尾までを次のとおり改める。
「 これまで,立位では髄液漏出が増大するため,頭痛が悪化し,臥位では症状が改善する(起立性頭痛)のが一般的であると考えられてきた。しかし,国際頭痛学会が2013年(平成25年)に公表した国際頭痛分類(第3版ベータ版)は,低髄液圧による頭痛について,低髄液圧(特発院又は二次性)又は髄液漏れがある時の起立性頭痛とし,通常は起立性であるとしながらも,必ずしもそうであるとは限らず,また,直立の座位又は立位後すぐに極めて悪化し,又は水平位に横になると改善する頭痛は低髄液圧により生じている可能性が高いが,これは診断基準としては信頼できない等としている。」
ニ 13頁17行目の「国際頭痛分類」の次に「(第2版)」を加える。
ヌ 13頁19行目末尾に改行の上次のとおり加える。
「 国際頭痛分類(第3版ベータ版)のうち,低髄液圧による頭痛の診断基準(以下「新国際頭痛分類基準」という。)は,別紙「7.2 低髄液圧による頭痛」記載のとおりである。」
ネ 14頁10行目末尾に改行の上次のとおり加える。
「 なお,厚労省中間報告基準は,脳脊髄液漏出症の画像判定基準・画像診断基準であるため,その診断基準として起立性頭痛の存在は掲げていないが,脳脊髄液漏出症と密接に関係し,脳脊髄液漏出症の補助診断として有用である低髄液圧症の診断基準を別に定める中で,低髄液圧症「確定」又は「確実」診断については,起立性頭痛の存在を前提としている。」
(2) 脳脊髄液減少症等の発症の有無
当裁判所は,被控訴人が本件事故によって脳脊髄液減少症(又は厚労省中間報告基準上の脳脊髄液漏出症若しくは新国際頭痛分類上の低髄液圧による頭痛。以下「脳脊髄液減少症等」と総称する。)を発症したとは認められないと判断する。その理由は,次のとおり補正し,下記(3)に当審における主張に対する判断を加えるほか,原判決の「第3 裁判所の判断」の2(2)から(4)まで(平成24年9月3日付け更正決定による更正後のもの)記載のとおりであるから,これを引用する。
ア 14頁16行目の「11月」を「12月」に改める。
イ 14行目26行目冒頭から15頁5行目末尾までを次のとおり改める。
「(ア) 前記(1)ア及びイによると,被控訴人は,東日本循環器病院及びAプラザにおいて,頭痛を訴えた時と訴えなかった時がある。また,前記(1)エ(イ),(ウ)及び(オ)並びにオ(ア)のとおり,北里大学病院のC医師は,被控訴人の症状につき,自動車損害賠償責任保険後遺障害診断書等に立位で出現し臥位で軽快する頭痛が持続している旨を記載しているものの(甲3の5,6,8の3),前記エ(ウ)のとおり,これらの書類の作成前後の外来麻酔科経過記録には上記症状とは異なる頭痛の症状の記載も存在しており,本件全証拠によっても,C医師が立位で出現し臥位で軽快する頭痛が持続している旨のみを自動車損害賠償責任保険後遺障害診断書等に記載した理由は明らかではない。そして,低髄液圧症候群における起立性頭痛について,国際頭痛分類基準及び脳神経外傷学会基準が座位又は立位をとると15分以内に憎悪する頭痛としていること(乙8の2・文献-1の97頁,文献-7の140頁),前記(1)ケ(オ)のとおり,厚労省中間報告基準は診断基準として起立性頭痛の存在を掲げていないが,その検討段階では立位・座位後30分以内に憎悪する頭痛として捉えられていたこと(甲21・50頁)に照らせば,被控訴人の頭痛を起立性頭痛と認めることはできない。