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小松亀一法律事務所は、「交通事故」問題に熱心に取り組む法律事務所です。

交通事故重要判例

線維筋痛症否認・慢性広範痛症認定平成24年2月28日横浜地裁判決紹介

○「線維筋痛症と交通事故との因果関係が認められた判決」について、判決全文を2回に分けて紹介していました。線維筋痛症は否認しましたが、その不完全型あるいは軽症の状態である「慢性広範痛症」を認めて、後遺障害として自動車損害賠償保障法施行令別表第二第7級4号「神経系統の機能又は精神に障害を残し、軽易な労務以外の労務に服することができないもの」に該当し、労働能力喪失割合は56%と認めた平成24年2月28日横浜地裁判決(自保ジャーナル・第1872号)の判断部分一部を紹介します。

○「慢性広範痛症」とは、身体の各所に広範な疼痛が生じるなど線維筋痛症と類似点があり、一部の線維筋痛症の前段階と推測され、圧痛点の数が線維筋痛症と診断される数よりも少ない場合など、線維筋痛症より症状が軽症のものを含むと認められるとのことです。

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第三 当裁判所の判断
1 線維筋痛症に罹患しているかどうか

(1)
ア 原告は、平成18年5月12日、Bクリニックの丙川三郎医師(以下「丙川医師」という。)により、線維筋痛症に罹患していると診断されている。
 しかし、証拠(略)によると、線維筋痛症のアメリカリウマチ学会の定めた診断基準(以下「本件診断基準」という。)は別紙のとおりと認められるところ、証拠(略)によると、丙川医師は、上記診断において、触診をしていないと認められるから、上記診断において圧痛点(別紙の本件診断基準の②)の確認はされていないと認められる。したがって、上記診断から、原告が線維筋痛症に罹患しているものとは認められない。

 なお、丙川医師は、同年3月15日においても、原告が線維筋痛症に罹患していると診断しているが、同診断において、本件診断基準が用いられたと認めるに足りる証拠はないから、これをもって、原告が線維筋痛症に罹患しているとは認められない。

イ 原告は、平成18年9月4日、C整形外科の丁山四郎医師(以下「丁山医師」という。)により、線維筋痛症と診断されているが、同医師が診断書の作成において、圧痛点の確認を行った形跡はなく、本件診断基準を用いて診断したと認めるに足りる証拠はない。

ウ D大学病院の神経内科の戊田五郎医師(以下「戊田医師」という。)は、原告の傷病について、線維筋痛症の疑いがあると診断しているが、同医師が本件診断基準を用いたと認めるに足りる証拠はなく、また、その診断としても、線維筋痛症の疑いがあるというものに留まるから、これをもって、原告が線維筋痛症に罹患しているものとは認められない。

エ 他に、原告が、線維筋痛症に罹患していると認めるに足りる証拠はない。

オ 以上からすると、原告が線維筋痛症に罹患しているとまでは認められない。

(2)
ア 原告は、平成22年4月27日、E病院の己川六郎医師(以下「己川医師」という。)によって、「左右半身、上半身、下半身及び体幹部に3ヶ月以上の疼痛があり、本件診断基準にいう圧痛点が4箇所認められること」から、線維筋痛症の不完全型あるいは軽症の状態である「慢性広範痛症」に罹患していると診断されている。

イ 証拠(略)によると、慢性広範痛症は、身体の各所に広範な疼痛が生じるなど線維筋痛症と類似点があり、一部の線維筋痛症の前段階と推測され、圧痛点の数が線維筋痛症と診断される数よりも少ない場合など、線維筋痛症より症状が軽症のものを含むと認められる。後記2(1)のとおり、原告は、本件事故直後から、継続的に痛みを感じており、また、上記のとおり、「左右半身、上半身、下半身及び体幹部に3ヶ月以上の疼痛がある」と診断されているから、本件診断基準の①を満たすが、上記のとおり、本件診断基準の②の圧痛点の数が線維筋痛症の圧痛点の数よりも少ないものと認められる。また、上記己川医師の診断に特に不自然な点は見当たらない。

 以上からすると、原告は、慢性広範痛症に罹患しているものと認められる。

 原告は、本人尋問で、己川医師に対し、我慢できる痛みは我慢して痛いと言わなかったと供述するが、その後に、痛いところは痛いと言った、痛いときには大体痛いと言ったと供述しているから、線維筋痛症ではなく慢性広範痛症であるとの上記認定は左右されない。

 原告は、本人尋問で、丙川医師から診断を受けた時よりも、己川医師から診断を受けた時の方が痛みが軽減されていたと供述するが、同供述によると、己川医師から診断を受けた際も80~90%の痛みは感じていたというのであるから、同供述は、上記認定を左右しない。

ウ 被告は、慢性広範痛症なる概念は、己川医師独自の概念であり、医学的な裏付けがないから認められないと主張するが、証拠(略)によると、慢性広範痛症の語源となる「chronic widespread pain」は、医療の英語の論文においては一般的な傷病名であると認められ、己川医師独自の概念ということはできない上、証拠(略)によると、医学的な裏付けがないということはできない。

 被告は、線維筋痛症と診断されたのは、本件事故から約2年も経過した時であるから、線維筋痛症及び慢性広範痛症とは認められないと主張するが、線維筋痛症や慢性広範痛症の概念が浸透していなかったことに照らし、理由がない。

2 慢性広範痛症と本件事故との間の因果関係
(1) 前記争いのない事実に証拠(略)を総合すると、次の事実が認められる。
ア 原告は、平成16年3月29日、原告車両に乗車中、右折のため原告車両を停止させていたところ、被告車両が原告車両の後部に衝突した。

イ 原告は、本件事故直後、衝突の強い衝撃で首と腰に激痛を感じた。同日の翌日ころに、パソコンのマウスを持った際、右の肘から先の方に鋭い激痛を感じ、肩に鈍い痛みを感じた。そこで、同年4月2日からF病院に通院した。原告は、その後、頸椎捻挫、腰椎捻挫で、全治2週間と診断されたものの、その期間を経過しても、痛みは消失しなかった。

 原告は、平成16年4月23日から、Gクリニックへの通院を開始した。同病院の医師は、頸部捻挫、頸部むち打ち症と診断した。

ウ 原告は、平成16年11月13日、C整形外科を受診し、その際、上肢の放散痛、腰痛を訴えた。丁山医師は、同日、頸椎捻挫、腰椎捻挫、頸部神経根症と考え、温熱療法や外用薬を中心とする治療を開始したが、症状は改善しなかった。丁山医師は、同日の原告の症状につき、「著しいADL障害は認めなかった。」と診断している。しかし、平成17年春ころから、全身の筋痛、頭痛が出現し、ADL(日常生活動作)の障害が認められた。同年2月からは、食事、洗面、入浴、習字及びパソコン操作なども自分1人では行うことが困難になった。

エ 原告は、平成17年4月25日から、D大学病院へ通院を開始し、治療を受け、薬を服用したものの、痛みが取れず、「食べると身体が痛くなる。」(同年12月10日の診察時)、「痛みが取れない。」(平成18年2月7日の診察時)、「薬が効かない」(同年3月7日の診察時)など、引き続き痛みを訴えていた。

 原告は、同病院の戊田医師から、平成17年4月25日、頸椎捻挫、腰椎捻挫、頸椎症性脊髄症等と診断され、同年12月10日には、頸椎捻挫後遺症、腰椎捻挫と診断された。また、戊田医師は、平成18年3月28日に、線維筋痛症の疑いがあると診断している。

オ 原告は、平成18年3月15日、D大学病院において、丙川医師から線維筋痛症であると診断され、薬を処方された。原告は、丙川医師から診療を受けた際には、一定期間、痛みがなくなるなど、症状が軽減した時があったが、痛みが完全になくなることはなかった。原告は、同医師によって、初めて、線維筋痛症と診断された。

カ 原告は、平成18年5月12日から、Bクリニックに通院し、丙川医師の診療を受けた。原告は、同日、主たる傷病として、頸肩腕症候群、関節リウマチ、慢性胃炎があると診断され、また、同日、線維筋痛症を発症していると診断された。原告は、平成18年6月からは、丙川医師の紹介により、Hクリニックに通院している。

キ 原告は、現在、身体全体の筋肉、関節などの痛みを感じている。痛みは、本件事故後、一時期に劇的に増したのではなく、徐々に痛みが拡大していったものである。

ク 原告は、本件事故の前に、別の交通事故にあったことがあるが、それは、バンパーが傷つく程度であって、同事故により、原告の身体に異常や障害が生じたことはなかった。中学3年生の時に左腕を骨折した以降は、大きな怪我はしていなかった。本件事故当時、原告に既存障害はなかった。

ケ 原告は、本件事故後に交通事故にあったことはなく、身体に衝撃を受けたこともなかった。

(2) 以上の事実に照らすと、原告は、本件事故直後から、本件診断基準②の圧痛点の一部の箇所に痛みを感じ、その後、痛みが消えることはなく、徐々に全身に痛みが拡大し、平成17年春ころからは、ADLにも障害が生じていったものと認められる。
 証拠(略)によると、線維筋痛症は、原因不明の身体疾患であり、慢性広範痛症も同様の疾患であること、線維筋痛症を発症した患者の32.1%が交通事故後に発症しており、慢性広範痛症を発症した患者の19.2%が交通事故後に発症していることが認められる。

 前記(1)ク、ケのとおり、本件事故前後を通じて、本件事故以外に、原告が慢性広範痛症の要因となり得る事実は認められない。特に、原告の痛みは一時期に劇的に増したというものではなく、徐々に拡大していったというものであるから、本件事故後の事由が要因とは考え難い。

 以上を総合すると、線維筋痛症及び慢性広範痛症は、特別な事態がなくても発症する可能性があるものの、そのことを考慮しても、原告の慢性広範痛症の要因は、本件事故以外には考えがたく、他に要因となり得る事情があると認めるに足りる証拠はない。

 したがって、原告の慢性広範痛症と本件事故との間には因果関係が認められる。

 被告は、因果関係がないと主張し、それに沿う医師の意見書を証拠として提出するが、同意見書が因果関係がないと述べる根拠は、線維筋痛症の痛みの原因が医学的に十分解明されていないことに尽きるから、これをもって、直ちに法律上の相当因果関係がないとは認められない。

 被告は、線維筋痛症と診断されたのは本件事故から約2年も経過した時点であるから、因果関係がないと主張するが、前記(1)のとおり、慢性広範痛症の症状はそれよりも前に出ていた上、線維筋痛症や慢性広範痛症の概念が浸透していなかったことに照らし、同主張は採用することができない。

 被告は、原告は平成16年4月27日に人身損害について賠償金15万円で示談する旨の示談書に自ら署名しており、事故後1ヶ月のうちに猛烈に痛くなったという原告の供述は、上記の状況と矛盾すると主張する。しかし、弁論の全趣旨によると、上記の示談は結果的に有効に成立しなかったものと認められ(被告もその効力を主張していない。)、示談書の作成経緯も不明であって、矛盾があるとはいえないから、上記認定を左右しない。

3 損害

(中略)

キ 逸失利益
(ア) 上記カにより、基礎収入は、年収394万175円と認める(1万795円×365)。
 労働能力喪失期間は、症状固定日から原告が67歳となるまでの16年間と認める。

(イ) 前記1のとおり、原告の症状は、線維筋痛症ではなく、慢性広範痛症であること、原告は、本人尋問において、「一番痛みを感じるところは腕であり、何かを持つ仕事や腕を使う仕事をすることは困難であるものの、配送の仕事や、駐車場を管理する仕事、立っている仕事は可能である」と供述していること、前記(2)イ~エの原告の症状や日常生活の状況などを総合すると、原告の後遺障害は、自動車損害賠償保障法施行令別表第二第7級4号「神経系統の機能又は精神に障害を残し、軽易な労務以外の労務に服することができないもの」に該当し、労働能力喪失割合は56%と認めるのが相当である。

 被告は、原告の後遺障害等級は、同表第14級10号であると主張し、これに沿う医師の意見書を提出するが、同意見書は、原告が慢性広範痛症ではないことを前提としており、また、線維筋痛症ないし慢性広範痛症が医学的に解明されていないことを理由とするから、これをもって、後遺障害等級が第14級10号であると認めることはできない。

(ウ) 以上から、逸失利益は、2391万3584円と認める(394万175円×56%×10.8378[16年のライプニッツ係数])。