○交通事故訴訟で最も手間がかかる事案は、自賠責認定が後遺障害非該当あるいは器質損傷なしで14級とされた事案を12級以上の後遺障害に該当すると訴えるものです。当事務所では、最近は常に20件以上の交通事故訴訟事件を抱えていますが、このような事案が大半です。このような事案は、医療記録を隅から隅まで詳細に精査・検討して関係する医学文献をつぶさに当たって必要に応じて購入して勉強しなければなりません。そのためここ数年は土日の午後をつぶして、その準備書面作成等の起案に明け暮れています。
○自賠責の認定では交通事故との因果関係に疑問があるとして非該当とされた両膝の症状について、事故との因果関係がある器質的な傷害による第12級相当の後遺障害と認められた平成18年2月6日東京地裁判決(
自動車保険ジャーナル・第1669号、交通民集39巻1号125頁)の後遺障害認定部分を紹介します。丹念な主張・立証が繰り返されており代理人弁護士は相当苦労されたと思われます。
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第3 争点についての判断
1 争点(1)過失割合について
(中略)
2 争点(2)損害及びその額について
(中略)
(7) 後遺障害逸失利益 486万492円
ア 後遺障害の程度、喪失率
証拠(略)によれば、以下の事実が認められる。
(ア) 丁山医師作成の後遺障害診断書には、原告の後遺障害の内容は、以下のとおり記載されている。
傷病名 頚椎捻挫、頭部打撲、左肘・腰部・左大腿打撲、右足関節部打撲擦過傷
自覚症状 頭痛、項部痛、腰痛、左上下肢しびれ感、両膝痛あり、労作・寒冷・疲労・悪天候にて増悪する。
他覚症状及び検査結果、精神神経の障害
頭部CT:異常なし
頚椎可動域正常、head compression test 左+ 反射:正常
左第5~7頚髄節知覚低下8/10
腰椎 SLR左80°
知覚左第5腰椎髄節・第1仙髄節知覚低下8/10
両膝 可動域正常だが、最大屈曲にて疼痛+、左外側McMurray test+、
(イ) 後遺障害等級認定票(証拠略)では、頸部痛、頭痛、左上肢のしびれ等の訴えについて、提出の画像上、頚椎の画像は撮影されておらず、頭部写真の一部として撮影された頚椎のX-Pにおいても、骨折や脱臼等の外傷性の変化は認められず、変性も特段所見されていない、後遺障害診断書上たしかに「head compression/ test 左(+)、左第5~7頚髄節知覚低下8/10」とあるが、反射は正常であり、筋萎縮や筋力の低下等も窺えず、有意な神経学的所見があるものとは捉えられない、したがって、医学的に証明された症状として評価することは困難であるが、初診時からの一貫した症状の訴え、継続した治療経過等を勘案すれば、上記症状が本件事故を契機に発症・継続していることは一概に否定し難く「局部に神経症状を残すもの」として第14級10号適用と判断するとされている。
腰部痛、左下肢のシビレ等の訴えについては、「提出の画像(X-P・MRI)上、腰椎に骨折や脱臼等の外傷性の変化は認められず、変性も特段所見されていない、後遺障害診断書上、たしかに「SLR左80°知覚左第5腰髄節・第1仙髄節知覚低下8/10」とありますが、反射、筋萎縮や筋力の低下等所見されておらず、医学的に証明された症状として評価することは困難であるが、初診時からの一貫した症状の訴え、継続した治療経過等を勘案すれば、上記症状が本件事故を契機に発症・継続していることは一概に否定し難く「局部に神経症状を残すもの」として第14級10号適用と判断」するとされている。
(ウ) さらに、前記認定票では、事故後3か月経過した平成15年5月1日から同年8月20日までの経過診断書に初めて「膝部MRI撮影行う」との症状所見があり、外傷による症状は、一般に受傷時が1番重篤であり、その後の治療によって回復に向かうものであり、受傷初期に症状の訴えがない、もしくは治療がなされていないものについては、事故との因果関係に疑問があるといわざるを得ず、後遺障害としての等級評価は困難であるとされている。
しかしながら、原告は、急性期である事故直後から全身の打撲部痛を訴えていた(証拠略)ものであり、丁山医師に対する照会の回答によれば、Z病院のカルテに「14.1.28 両膝部痛」と記載されていたことが窺え、原告は、本件事故から4日後には、両膝の痛みを訴えていたことが認められる。さらに、丁山医師の回答によれば、同カルテには「14.7.30 両膝 完全屈曲で痛みあり、左マックマレー徴候外側+ 外側関節裂隙圧痛+ 水腫-」「14.10.15 両膝 完全屈曲で痛みあり。左>右」「15.10.9 両膝 完全屈曲で痛みあり。全体に痛みあり。マックマレー徴候左外側+」(証拠略)「15.10.16 rt gonalagia(<lt)(右の膝の痛みは左よりも小さい)事故直後よりpain+ 現在 立位作業にてpain↑ LMinj s/o LMOA p.h)と-(事故直後より疼痛あり、立位作業にて疼痛増悪、MRI所見で、前十字靱帯、外側側副靱帯損傷(左膝もMRI所見あり)、外側半月板損傷の疑い。外側半月板変性。既往歴なし)A.D rt±(=lt) Giving way+ Latinstb±(前方引出し徴候 右が±で左と同じ。左も緩いので比較はできないが、陽性と思われるが明確でない(偽陽性)。膝崩れ現象は陽性。外側不安定性は偽陽性)」(証拠略)などと両膝の症状や検査結果、医師の所見などが記載されていることが認められる。
(エ) 原告の左膝については、平成14年6月11日のMRI検査の結果、外側半月板内に、T2WIにて水平に横走する高信号域を認める、形態から変性が疑われるとされており(証拠略)、左膝部の外側半月板の水平断列(半月板損傷)の所見が認められている。丁山医師は、これは器質的損傷であり、原告の愁訴を医学的に証明するものであるとし、①本人が受傷直後から両膝部痛を訴えていること、②マックマレー及び圧痛で陽性であること、③①の本人の愁訴及び②の所見がMRIの画像所見と一致することから、上記器質的損傷と事故との間に因果関係があることが強く推測されると判断している(証拠略)。
また、右膝については、平成15年10月9日のMRI検査の結果ALCの信号が不明瞭化し、全体的に信号強度の上昇が見られ、損傷を見ているものと思われる、外側側副靱帯内部にも一部高域信号域を認め、こちらも損傷が疑われれる、ACL、LCLd損傷と記載され(証拠略)、右膝部の前十字靱帯及び外側側副靱帯の損傷が認められている。丁山医師は、これは器質的損傷であり、原告の愁訴を医学的に証明するものであるとし①本人が受傷直後から両膝部痛を訴えていること、②本人の愁訴する右膝関節の症状が痛みのほかに『前にガクガクして膝が抜けるような感じがする』(前方不安定性。前十字靱帯が損傷している場合の自覚症状)という内容であること、③①の本人の愁訴がMRIの画像所見と一致することから、上記器質的損傷が事故と因果関係があることは明らかと判断している(証拠略)。
(オ) 確かに、原告の膝部については、事故後3か月経過してから初めてMRI撮影が行われたものであり、事故直後は傷病名として診断書に膝の受傷の記載は見られないが、原告は、当初、頭を打っていたため、頭痛がひどく、頭部CTを撮影するなどを受け、さらに、全身、特に左腿と左肘が最も痛かったため、カルテには両膝の痛みまでは記載されなかったが、両膝の痛みもあったこと、原告に対しては、より痛みの強い部分から順次治療が行われていったもので、膝は打撲による影響であろうと考えられ、遠赤外線による治療程度で経過観察をしていたものであるが、原告の愁訴が改善せず、自覚症状、理学所見等から検査の必要性が認められ、特に痛みの強かった左膝からMRI検査を行ったことが認められる(証拠略)。
(カ) なお、丁山医師は、検察官からの加療経過についての照会に対し「左膝MRIにて異常なし」と回答しているが、その後の原告代理人からの照会に対し、同医師が改めてMRI画像を見たところ、検察庁宛の回答は誤りであり、MRIにて異常所見が確認される、と回答している(証拠略)。
(キ) 戌田医師も、膝について「右側において可動域最大屈曲位では疼痛著明、外反動揺性あり、McMurray Test+、内側半月症状を認める。MRIではACLの容量の低下とPCLのバックリングの所見を認める。左側では最大屈曲位での疼痛があり、McMurray Test+、外側半月板症状を認める。MRIでは外側半月板に水平断裂を認める。」と診断している(証拠略)。
(ク) これに対し、被告らは、画像からはっきりした半月板損傷の所見は見られないという顧問医の意見をMAS回答書(証拠略)として提出するものの、その詳細についての説明はなく、丁山、戌田両医師の所見に対する具体的な反対意見も述べられていない。
(ケ) 原告は、上記後遺障害のために寝違えたような首の痛みが頻繁に発現しており、事実上の運動制限がある。頭痛も頻繁に発生し、左上肢を動かすと痛みが生じるため、高いところの物を取るなどの作業に支障が生じている。腰痛があり、仰向けで寝られない、ひどいときには立ち仕事ができない、両膝は、曲げ伸ばしをすると激痛が走る、しゃがむと立ち上がれない、長い距離歩くことができないなどの状態であることが認められる(証拠略)。
(コ) 原告の頚椎、腰椎の神経症状については、後遺障害診断書、画像等の医証を踏まえて原告の後遺障害が認定されており、後遺障害診断書記載の検査結果が有意なもので、直ちに医学的に証明された他覚所見が明らかとまでいえるかどうか疑問があり、自賠責保険の等級認定どおり、「局部に神経症状を残す」とはいえるものの、「局部に頑固な神経症状を残す」との評価ができるとまではいい難い。
しかしながら、原告の症状の推移、治療の経過、各種検査結果、担当医師の所見によれば、原告は、本件事故により、左膝部の外側半月板の水平断列(半月板損傷)、右膝部の前十字靱帯及び外側側副靱帯の損傷を受傷したことが認められ、両膝の痛み等の神経症状は、本件事故と因果関係のある器質的な前記傷害による後遺障害であって、その痛みを裏付ける他覚的所見があり「局部に頑固な神経症状を残す」ものと認められる。
Z病院のカルテには「14.5.24 両膝は受傷前から水腫になることあった」との記載はあるが(証拠略)、原告は、腫れぼったくなる感じがしたことがあったと説明したのみであると述べており(証拠略)、丁山医師も、関節穿刺の経験を確認したところ「ない」と回答していることから、本件事故前の状態は確認できないとしており(証拠略)、原告の両膝に既往症としての水腫があったことを認めるに足りない。
(サ) 以上を総合すれば、原告の後遺障害は、頸部、腰部の神経症状についてはそれぞれ14級10号、両膝の神経症状については12級12号に該当する程度であると認められ、その内容、程度のほか原告が本件事故当時、ラーメン店を経営し、自ら調理等に従事していたことにかんがみれば、労働能力喪失率は14%とするのが相当である。