○「
一審認定脳脊髄液減少症否認の平成27年2月26日東京高裁判決紹介1」の続きです。
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(イ) そうすると,被控訴人の症状については,少なくとも,健康保険法63条2項3号,厚生労働大臣の定める評価療養及び選定療養(平成18年厚生労働省告示第495号)1条1号,厚生労働大臣の定める先進医療及び施設基準(平成20年厚生労働省告示第129号。平成26年厚生労働省告示第110号による改正後のもの)第2,49号所定の先進医療である硬膜外自家血注入療法(ブラッドパッチと同義である。)の対象となる脳脊髄液漏出症には該当しないといわざるを得ない(同号イは,硬膜外自家血注入療法の対象となる負傷,疾病又はそれらの症状として,「脳脊髄液漏出症(起立性頭痛を有する患者に係るものであって、脳脊髄液漏出症の画像診断基準(公益社団法人日本整形外科学会、一般社団法人日本脳神経外科学会、一般社団法人日本神経学会、一般社団法人日本頭痛学会、一般社団法人日本脳神経外傷学会、一般社団法人日本脊髄外科学会、一般社団法人日本脊椎脊髄病学会及び日本脊髄障害医学会が認めたものをいう。)に基づき確実であると診断されたものをいう。)」と定めている。上記改正前の厚生労働大臣の定める先進医療及び施設基準第2,63につき,乙11・4頁,5頁参照)。
また,被控訴人の症状については,厚労省中間報告基準中の低髄液圧症の診断基準の下では,低髄液圧症「確定」又は「確実」と診断することもできないことになる。
(ウ) もっとも,厚労省中間報告基準中の脳脊髄液漏出症の画像判定基準・画像診断基準は,その性格上,診断基準として起立性頭痛の存在を掲げておらず,また,新国際頭痛分類基準は,低髄液圧による頭痛を起立性頭痛としながらも,国際頭痛分類基準における座位又は立位をとると15分以内に憎悪する頭痛という要件を緩和し,他方で,低髄液圧又は画像所見を重視していると解されることからすれば,被控訴人の頭痛が前記(ア)のとおり典型的な起立性頭痛と認められないことをもって直ちに被控訴人の脳脊髄液減少症等の発症が否定されるということにはならないから,その発症の有無について,なお検討する必要がある。
(エ) なお,ガイドライン基準においては,頭痛,頚部痛,めまい等が脳脊髄液減少症の主要な症状として掲げられ,これらの症状は座位,起立位により3時間以内に悪化することが多いとされており,被控訴人の頭痛は,これに該当し得ることになるが,ガイドライン基準が,国内外の医学会において診断基準として広く支持されていると認めるに足りる証拠はないから,上記の点は,被控訴人の脳脊髄液減少症等の発症の有無に関する判断に重大な影響を与えるものではないというべきである。」
ウ 15頁8行目の「イリジウム」を「インジウム」に改める。
エ 15頁21行目の「データ」の次に「(当該データが,医薬品承認取得当時のものであること,患者3名の臨床例で得られたデータの平均値であって健常者に関するものではないこと(甲37・資料D)をもって,直ちに当該データの有用性が否定されるものではない。)」を加える。
オ 15頁25行目の「したがって」から16頁1行目末尾までを次のとおり改める。
「 さらに,ブラッドパッチ前後のRI脳槽シンチグラフィー検査の結果を比較し,1回目には早期の膀胱内でのRI集積及びいわゆるクリスマスツリー所見が見られ,2回目にはこれらが見られない事例について,2回目のRI脳槽シンチグラフィー検査では穿刺時に髄液漏れが生じなかったという説明や,ブラッドパッチにより正常な脊髄での髄液の吸収機構を損傷してしまったという説明が可能であるとする見解も存在する(乙7・118頁,119頁)。
そうすると,早期の膀胱内でのRI集積は,一応,参考所見とはなり得るものの,診断基準としての信頼性は低いといわざるを得ない。」
カ 16頁12行目の「これらの」から14行目末尾までを次のとおり改める。
「 そして,早期の膀胱内でのRI集積に関し説示したところからすれば,1回目のRI脳槽シンチグラフィー検査におけるクリスマスツリー所見についても,一応,参考所見とはなり得るものの,診断基準としての信頼性は低いというべきである。」
キ 17頁2行目の「その判定」から4行目の「認められる」までを「厚労省中間報告基準においては,脳脊髄液漏出症の画像判定基準・画像診断基準としては掲げられておらず,専ら低髄液圧症の画像判定基準・診断基準として掲げられているところ,重要な所見の一つではあるが,正常所見との境界を明確に規定することができず,客観的判断が難しいため,低髄液圧症の参考所見とされるにとどまっている」に改める。
ク 17頁7行目の「上記の」から10行目末尾までを「平成20年12月1日実施の頭部造影MRI検査の結果から被控訴人が脳脊髄液減少症等を発症しているとのD医師の上記診断を採用することは困難である。」に改める。
ケ 17頁13行目の「D医師は」から16行目の「認められる」までを「前記(1)オ(イ)のとおり,放射線科の担当医師は,胸椎肋間に液体貯留(右>左)が認められると診断するにととどまり,D医師も,平成20年12月12日付け紹介患者経過報告書(甲8の30)においては,明らかな漏出所見は見られなかったが,肋間に液体貯留像が見られ,髄液漏出の間接的所見と考えたと記載し,証人尋問においては,頚椎の下部にもやもやした影があることから,頚椎から漏れている可能性があるのではないかと判断したと証言するにとどまる」に改める。
コ 17頁21行目の「厚さ」を「圧差」に,24行目の「5回」を「6回」に,26行目の「4回目」を「5回目」に,18頁1行目の「3回」を「4回」にそれぞれ改める。
サ 18頁2行目の「したがって」から4行目末尾までを次のとおり改める。
「 この点については,ブラッドパッチのプラシーボ効果(人の心理的側面から,有効成分の含まれた薬と偽薬とを全く同じ方法で投与して,偽薬も本当の薬と同じ効果が得られること。)につき検証が不十分である旨指摘する見解が存在する上(乙7・119頁,120頁),被控訴人の症状が改善したのは,北里大学病院及び国際医療福祉大学熱海病院における各初回のブラッドパッチであることも考慮すれば,プラシーボ効果による症状の改善であった可能性を否定することができない。」
シ 18頁11行目の「このことは」から12行目末尾までを次のとおり改める。
「両検査の撮影条件が同様であるとすれば,ブラッドパッチにより脳脊髄液の漏出が止まったとの説明も可能である。
しかし,被控訴人は,平成20年12月1日のRI脳槽シンチグラフィー検査前に,既に北里大学病院において4回のブラッドパッチを受けているところ,上記4回については,ブラッドパッチの効果の有無及び程度を検証し得るようなRI脳槽シンチグラフィー検査の結果その他の客観的証拠はない(そもそも,北里大学病院においては,平成18年1月18日の頚椎MRI検査では異常所見はないとされ,平成20年8月18日のRI脳槽シンチグラフィー検査でも髄液漏れを示唆するRIの異常集積は認められない,又は髄液漏れの所見はないと判断されていたことは,前記(1)に認定したとおりである。)。また,平成18年11月9日の1回目のブラッドパッチによって症状がかなり改善したが長続きせず,平成19年1月18日の2回目,同年2月1日の3回目及び同年5月24日の4回目は目立った効果がなかったにもかかわらず,平成20年12月1日のRI脳槽シンチグラフィー検査(その結果は前記ウのとおりである。)後の同月2日の5回目のブラッドパッチによって症状が改善し,平成22年1月6日の6回目は目立った効果がなかったものの,その後の同年6月2日のRI脳槽シンチグラフィー検査では髄液漏出の所見が見られなかったという経緯全体につき,D医師の意見書(甲19,40,50の1)又はG医師の意見書(甲37)において合理的な説明がされているとは認めがたい。
さらに,ブラッドパッチ前後のRI脳槽シンチグラフィー検査の結果の異同について,2回目のRI脳槽シンチグラフィー検査では穿刺時に髄液漏れが生じなかったという説明等が可能であるとする見解が存在することは前記ウに説示したとおりである。
そうすると,平成20年12月1日及び平成22年6月2日の各RI脳槽シンチグラフィー検査の結果の比較から,ブラッドパッチにより脳脊髄液の漏出が止まったと認めることはできない。」
ス 18頁17行目冒頭から24行目末尾までを次のとおり改める。
「 そこで,厚労省中間報告基準に照らし検討すると,被控訴人については,前記(2)に認定したとおり,RI脳槽シンチグラフィー検査における早期の膀胱内でのRI集積及びクリスマスツリー所見を肯定することができるのみであり,厚労省中間報告基準においてRI脳槽シンチグラフィー検査が脳脊髄液漏出のスクリーニング検査法と位置付けられ,同検査のみで脳脊髄液漏出を確実に診断できる症例は少ないとされていることも考慮すれば,被控訴人の症状が厚労省中間報告基準上の脳脊髄液漏出症に該当するとは認められないというべきである。」
セ 18頁25行目冒頭から19頁3行目末尾までを次のとおり改める。
「(4) 次に,最新の研究成果である新国際頭痛分類基準に当てはめると,前記(2)イに説示したとおり,被控訴人の頭痛は典型的な起立性頭痛に該当するとは認められず,前記(2)ウによれば,被控訴人の低髄圧又は髄液漏出がMRI,ミエログラフィー,CTミエログラフィー又はRI脳槽シンチグラフィーで証明されたとまでは認められないから,被控訴人の頭痛が,持続性の髄液漏れによる頭蓋内圧低下を生ぜしめる行為又は外傷の後で生じた起立性頭痛である髄液漏性頭痛(7.2.2)に該当するとは認められない(髄液漏性頭痛については,特発性頭蓋内圧低下による頭痛と異なり,起立性頭痛の捉え方につき特段のコメントは付されていない。)。
また,特発性頭蓋内圧低下による頭痛(7.2.3)については,これに付されたコメントが,頭痛の悪化,改善等の状況を緩やかに捉えていることからすれば,被控訴人の頭痛の症状は,その診断基準A及びCに該当し得ると解される。しかし,同コメントが,脳槽造影は時代遅れの検査であり,今ではまれにしか行われない,それは他の画像検査方式(MRI,CT又はデジタルサブトラクションミエログラフィー)に比べてずっと感度が低い,硬膜を穿刺して髄液圧を直接測定することは,造影剤による硬膜の造影効果等のMRIによる陽性所見が認められる患者では不必要であるとしていることからすれば,新国際頭痛分類基準は,特発性頭蓋内圧低下による頭痛について,髄液圧の直接測定によって低髄液圧であると証明し得る場合以外の場合には,髄液漏れにつき明確な画像所見を要求しているものと解されるところ,前記(2)ウによれば,被控訴人の髄液漏れが証明されたとまでは認められないから,被控訴人の頭痛が,特発性頭蓋内圧低下による頭痛であるとも認められない。
(5) なお,国際頭痛分類基準及び脳神経外傷学会基準は,いずれも厚労省中間報告基準及び新国際頭痛分類基準より前に策定されたものであり,後者のほうがより新しい医学的知見に基づき信頼性の高いものであると認められる上,被控訴人も前者を不十分な診断基準である旨主張しているから,被控訴人の症伏が国際頭痛分類基準上の特発性低髄液圧性頭痛又は脳神経外傷学会基準上の外傷に伴う低髄液圧症候群に該当するか否かについては検討するまでもない。
(6) 以上によれば,被控訴人が本件事故によって脳脊髄液減少症等を発症したと認めることはできない。」
(3) 当審における主張に対する判断
被控訴人は,その脳脊髄液減少症は,平成26年2月19日に行われた人工髄液(アートセレブ)髄腔内注入による脳脊髄液補充治療が奏功し,同年5月28日,治癒と診断された旨主張する。
しかし,①前記(1)に認定した脳脊髄液補充治療前の被控訴人の受診状況等によれば,既に脳脊髄液補充治療前に被控訴人の自覚症状の改善があったと窺えること,②D医師が脳脊髄液補充治療の前提として想定する病態(髄液漏出は止まっても髄液が増加しないという病態。甲43・1876頁,甲44の1・4頁ないし6頁,20頁,甲44の2・85頁ないし87頁,甲50の1)の存在自体が現在の医学において広く肯定されていると認めるに足りる証拠がないこと,③前記(1)に認定した北里大学病院精神神経科の初診記録及び経過記録の記載並びに同科担当医師による診断内容に照らしても,被控訴人の自覚症状の改善がプラシーボ効果によるものである可能性があることからすれば,被控訴人主張の点は,被控訴人が本件事故によって脳脊髄液減少症等を発症したと認めることはできないとの判断を左右しないというべきである。
なお,D医師は,脳脊髄液補充治療前の平成25年5月15日の脳MRI画像において硬膜下拡大,静脈拡張,硬膜造影等の髄液減少所見が見られるとし,また,上記脳MRI画像と脳脊髄液補充治療後の平成26年5月28日の脳MRI画像とを比較すると静脈拡張,硬膜造影所見の改善が見られるとしている(甲50の1ないし3)。
しかし,①上記各脳MRI画像に対しては,コントラストが強く描出されるグラジエントエコー法によるものであり,正常人のほとんどの人で硬膜造影所見及び静脈拡張所見が見られるとの指摘があるところ(乙15・4頁ないし6頁),そもそも,静脈拡張については,前記のとおり,厚労省中間報告基準において,重要な所見の一つではあるが,正常所見との境界を明確に規定することができず,客観的判断が難しいため,低髄液圧症の参考所見とされるにとどまっていること,②硬膜造影についても,厚労省中間報告基準において,専ら低髄液圧症の画像判定基準・診断基準として掲げられているところ,上記①の指摘を踏まえれば,平成25年5月15日の脳MRI画像における硬膜造影が直ちに画像判定基準・診断基準に定める「びまん性の硬膜造影」に該当するとは認められないこと,③D医師が同日の脳MRI画像において硬膜下拡大としているのはくも膜下腔の拡大であるとの指摘があること(乙15・6頁,7頁),④同日の撮影条件及び撮影部位と平成26年5月28日の撮影条件及び撮影部位とは異なるから,僅かの差を比較することは不適切であるとの指摘があること(乙15・8頁ないし12頁)を考慮すれば,D医師の上記見解をもって,被控訴人が本件事故によって脳脊髄液減少症等を発症し,それが脳脊髄液補充治療により改善したと認めることはできないというべきである。
(4) 被控訴人の症状固定の時期並びに後遺障害の内容及び程度
前記のとおり,C医師が平成19年11月1日付け自動車損害賠償責任保険後遺障害診断書(甲6)の症状固定日欄に「平成20年1月17日」と記入した経緯及び具体的時期は必ずしも明らかではないが,C医師は,平成18年4月27日から継続的に被控訴人の診療に当たり,平成20年1月17日以後の被控訴人の診療経過も踏まえ,遡って症状固定日を同日と診断したと認められることからすれば,被控訴人の症状固定の時期は,同日と認めるのが相当である。
そして,上記自動車損害賠償責任保険後遺障害診断書及びC医師作成の平成20年11月27日付け診断書(甲3の9,9の2の15)の内容,前記(1)に認定した被控訴人の症状及び治療の経過等に照らせば,被控訴人には,本件事故による後遺障害として,関東自動車共済協同組合が認定したとおり「局部に神経症状を残すもの」として自動車損害賠償保障法施行令別表第二第14級9号に相当する外傷性頚部症候群が残存したと認められる。