○「
素因減額する対象限定した平成22年1月21日最高裁判例解説1」を続けます。
交通事故訴訟等の人身損害の賠償請求訴訟において,加害行為と被害者の疾患等の素因とが競合して損害が発生ないし拡大した場合に関して,平成4年6月25日最高裁判決(民集46巻4号400頁・判タ813号198頁)は,被害者の「疾患」について過失相殺の規定を類推適用して損害額の減額を肯定する判断を示し,一般的な人身損害の賠償請求訴訟では,その「被侵害権利又は法律上保護される利益」が,被害者の身体ないし生命の侵害であるため,過失相殺の方法に準じて,その傷害ないし死亡によって生じた全ての損害額を算定した上で,その損害額を割合的に減じて損害賠償額を確定する手法がとられています。
本件の原判決も,これと同様の手法によって,慰謝料の総額を判断した上で,そこから,過失相殺規定の類推適用によって7割を減じました。
○これに対し,本判決は,本件の損害賠償請求権の訴訟物は1個であるものの,上記のとおり,「本件いじめ」によって侵害されて生じた損害として,
@「本件いじめ」自体による上告人の「心身の健康で安全な状態」の侵害による精神的苦痛と,
A本件いじめと上告人の既往の本件疾患との競合による「統合失調症の発症」による精神的苦痛
とに,二分して評価して,それぞれの慰謝料の額を算定することが可能であり,かつ,前者には,上告人の既往の本件疾患が何ら関わっていないことから,前者の損害額(精神的苦痛を慰謝するに相当な額)を評価するにあたって,上告人の既往の本件疾患を斟酌することは相当でないと判断しました。
○これを具体的に言うと、例えばいじめ自体による慰謝料が200万円,いじめと本件疾患が競合した統合失調症の発症による慰謝料額が800万円,後者について7割を過失相殺規定の類推適用により減ずるのが相当であるとしても、慰謝料額の合計額は前者200万円、後者7割減額後240万円の合計440万円となります。これに弁護士費用の44万円を加えると総額484万円が,本件の損害額と算定されることになり、これが、過失相殺の制度趣旨,ひいては,不法行為法の理念そのものである「損害の公平な分担」という観点からみて,当然の結論で、原判決の結論は明らかに誤りです。
○交通事故等人身損害の賠償請求訴訟において,加害行為と被害者の素因との競合を理由として,「損害の公平な分担」のために過失相殺規定の類推適用をするに当たっては、被害者の素因と全く関わりのない,加害行為のみから発生している損害部分を明確に分けて金銭評価することができる場合に,その損害部分に対しては,被害者の素因の存在を斟酌して減額することができないこと当然のことが実は忘れられており、素因減額が問題になる事案では注意が必要です。
○人身事故訴訟で,被害者が事故による後遺症の発症と被害者の既往の疾患ないし心因的要因とが競合して自殺した事例で,事故と自殺との間の相当因果関係が肯定される場合の損害額の認定において,被害者の素因を何ら原因としない入院費用等の損害額に対しては,被害者の素因との競合を理由に減額することは許されません。また,死亡による損害額から被害者の素因との競合を理由として割合的に減ずる場合であっても,被害者の素因と何ら関わらない事故による後遺症の発症のみによって通常生じることが想定される損害額の存在を斟酌した上で,その余の損害額に対する被害者の素因の寄与の度合いを考慮して,減殺の全体の割合を判断して減額すべきです。ですから素因減額が問題になる交通事故等人身事故訴訟における損害額の算定において,各損害が素因減額の対象となるかどうかをきめ細かく吟味して主張する必要があります。