○「
高裁判断を覆した平成23年4月26日最高裁判決全文1」、「
同2」で紹介した最高裁判決についての備忘録です。
この最高裁判決要旨は、精神神経科のA医師が,過去に知人から首を絞められるなどの被害を受けたことのある患者Xに対し,人格に問題があり,病名は「人格障害」であると発言するなどした後,患者Xが,精神科の他の医師に対し,頭痛,集中力低下等の症状を訴え,A医師の上記言動を再外傷体験としてPTSD(外傷後ストレス障害)を発症した旨の診断を受けたとしても,上記A医師の言動は,
(1)それ自体がPTSDの発症原因となり得る外傷的な出来事に当たるものではないし,上記患者がPTSD発症のそもそもの原因となった外傷体験であるとする上記被害と類似し,又はこれを想起させるものでもないこと
(2)PTSDの発症原因となり得る外傷体験のある者は,これとは類似せず,また,これを想起させるものともいえない他の重大でないストレス要因によってもPTSDを発症することがある旨の医学的知見が認められているわけではないこと
から、
A医師の上記の言動と患者Xの上記症状との間に相当因果関係があるということはできない
としたものです。
○事案概要は以下の通りです。
・患者Xは昭和38年生まれの女性で、平成4年から15年まで11年間町役場に勤務し、その間友人男性からストーカー行為をされ自宅で首を絞められる被害を受け、平成15年1月抑鬱神経症と診断され、同年3月役場を退職し、看護師としてのアルバイトをしていたが、同年11月、12月に頭痛を訴えてY病院精神神経科を受診し、B医師から鬱状態の診断を受け、薬物治療を受けていた。
・Xは、平成16年1月9日、Y病院精神神経科A医師の診察を受け、頭痛を訴え、鬱状態の診断を受けたことによるショックを訴えたが、A医師は頭痛の精査を優先し、Xに対し脳神経外科受診と必要に応じてMRI検査を受けることを指示したが、Xは、A医師に対し早くMRI検査を受けたいとして強引にA医師にMRI検査依頼をしてもらった。
・MRI検査をした脳神経外科医師は、Xについて筋緊張性頭痛との診断と、経過観察にする旨をA医師に連絡していたところ、Xは、同年1月30日診療受付終了時刻の前頃、精神神経科受付に電話し、応対した看護師から,用件が緊急ではなく検査結果の確認のみであるなら次回にお願いしたい旨を告げられると,興奮した状態で,診察を受けたいとの要求を続けたため,上記看護師からその報告を受けたA医師は,検査結果を伝えるだけという条件で,Xと会うことを了承した。
・A医師は,Xに対し,MRI検査の結果は異常がないこと及び頭痛コントロールが必要なので脳神経外科を受診するよう指示し,精神神経科にはもう来なくてよいと告げて面接を終了しようとしたが、Xがこれに納得せず,自らの病状についての訴えや質問を繰り返したため,A医師は,これに答えて,Xは人格に問題があり、病名は「人格障害」と発言し、なおも質問を繰り返すXに対し,話はもう終わりであるから帰るように告げて,診察室から退出した。
・Xは,平成16年2月10日から,C医師の診療を受け、初診時に,頭痛,集中力低下,突然泣いてしまうなどの症状を訴えるとともに,かつて本件ストーカー等の被害を受けたこと,上告人病院の初診時に鬱病と言われてショックで頭から離れないことなどを述べ,同日の診療録には,C医師によるPTSDとの診断が記載されたが、A医師の上記言動について話した旨の記載はない。
・Xは,その後も1週間に1回程度C医師の診察を受け、初診時と同様の症状や過去の勤務先でいろいろあったことを思い出すことなどを訴え、過去の体験の一つとして,本件言動に対する怒りを述べるなどした。
・PTSD診断基準のDSM−W−TR(精神疾患の診断・統計マニュアル)によれば,PTSDの発症を認定するための要件の一つとして,「実際にまたは危うく死ぬまたは重傷を負うような出来事を,1度または数度,あるいは自分または他人の身体の保全に迫る危険を,その人が体験し,目撃し,または直面した」というような外傷的な出来事に暴露されたことを要するとされている。
○以上の事実関係で、原審は,A医師のXに対する上記言動は医師としての注意義務に違反し、Xの症状はPTSDの発症と認められるとし、Xが、ストーカー等の被害を受けていたことから,A医師との面接時において,PTSDを発症する可能性があったところ,A医師の本件言動により,その主体的意思ないし人格を否定されたと感じたことから,これが心的外傷となり,そのとき保持されていたバランスが崩れ,過去の外傷体験が一挙に噴出してPTSDの症状が現れる結果となったとして,A医師の上記言動とXのPTSD発症との間に相当因果関係があるとし、Xの請求を一部約210万円を認容しました。