○「
平成24年7月31日横浜地方裁判所判決紹介3」の続きです。
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ウ ARI脳槽シンチグラフィー検査の結果等について
RI脳槽シンチグラフィー検査とは、腰から脊髄腔を穿刺し、RI(放射性同位元素のイリジウムでラベルされた放射性物質)を脊髄腔に注入して、RIの漏出や膀胱内におけるRIの集積状況等を検査するものである。
ガイドライン基準が早期(RI注入後3時間以内)の膀胱内のRIの集積を脳脊髄液の漏出とする理由は、脳脊髄液が上矢状洞と呼ばれる血管から吸収されて血液循環に入り、腎臓を経て、尿となって膀胱に到達するには約4〜6時間かかるため、3時間以内のRIの膀胱集積は、硬膜外に漏れたRIを含む脳脊髄液が周囲の毛細血管から血中に吸収され、腎臓そして膀胱へと移行した結果である、という点にある。そして、前記(1)オ(エ)のとおり、本件では、RI注入から1時間後に膀胱内にRIが集積していることが認められている。
しかし、脳脊髄液は脊髄腔からも吸収されるのであって、RI販売業者の医薬品情報では、RIの血中濃度は、投与後3時間で最高値を示すとのデータも存在する。また、証拠(略)によると、2.5時間以内の早期膀胱内でのRI集積は、正常者でも高頻度で認められ、後記のとおり重要な基準であると考えられる厚生省中間報告基準においても、正常所見との境界が明確ではないため、参考所見に留まるとされていることが認められる。したがって、RI注入から1時間後の原告の膀胱内にRIが集積していることは、直ちには、脳脊髄液の漏出を示すものとは認められないものの、参考所見とはなるということができる。
次に、腰椎部からの脳脊髄液漏出像について検討する。
証拠(略)によると、丁山医師が脳脊髄液漏出像と述べているのは、RI注入から3時間後及び6時間後の画像において、腰椎部付近に、ほぼ左右対称の丸味を帯びたぎざぎざ様の画像がある部分であるところ、証拠(略)によると、腰椎部には神経根に沿って髄腔がつぼみ上に膨らんでいる部分があり、ここにRIが溜まっている場合は、同様の画像となること、また、RI検査における脊髄腔穿刺の時にできた針穴(穿刺部)から漏れている可能性があることが認められる。さらに、証拠(略)によると、腰部両側対称性のRIの集積は、穿刺部からの漏出の可能性等を排除できないため、厚生省中間報告基準においては、参考所見とするに留められている。これらのことからすると、本件における腰椎部付近におけるRI集積を示す画像は、直ちには、脳脊髄液の漏出を示すものとは認められないものの、参考所見とはなるということができる。
次に、24時間後のRI残存率が低いことについては、証拠(略)によると、放射性同位元素の血中への移行の早さ及び体外排泄の早さは個人差が大きいと考えられ、RI残存率が低いからといって、この点から脳脊髄液の漏出があったとはいい難く、厚生省中間報告基準においても、RI残存率は診断基準とされていないことが認められる。したがって、RI残存率が低いことから原告が脳脊髄液減少症であると認めることはできない。
丁山医師は、本件において、MRIで頭蓋骨内の静脈が拡張した所見が認められることも、脳脊髄液減少症の理由の1つとしている。証拠(略)によると、頭蓋内の容積は一定であり、何かが減少すると、それと同じ容積の何かが増加する必要がある(モンロー・ケリーの法則)ため、脳脊髄液が減少した場合、それに伴って、拡張し易い静脈や毛細管等の容積が拡大することから、静脈拡大は脳脊髄液減少症を示す特徴とされているが、その判定は難しく、厚生省中間報告基準においても、静脈拡大については、客観的判断が難しいことから、低髄液圧症の参考所見とされていることが認められる。また、証拠(略)によると、戊田四郎医師は、同様の造影による頭部のMR検査において、頭蓋骨内に明らかな異常は見られないと診断しており、静脈拡大を指摘していないことが認められる。
以上のことからすると、上記の丁山医師による静脈の拡張の所見から、脳脊髄液減少症を発症していると直ちに認めることはできないものの、丁山医師が、MRIで頭蓋骨内の静脈が拡張した所見が認められるとしていることは、参考所見とはなるということができる。また、丁山医師は、証人尋問において、MRミエログラフィー検査の結果を指摘している。同検査の所見は脳脊髄液減少症を示す重要な所見であると認められるが、丁山医師は、同検査の結果については、漏れている可能性があると証言するに留まっており、証拠(略)によると、平成20年12月12日の時点でも、MRミエログラフィー検査では明らかな漏出所見は見られないと診断していると認められる。これらの事実からすると、原告のMRミエログラフィー検査の結果から直ちに脳脊髄液漏出があるとは認められない。
エ ブラッドパッチの効果について
ブラッドパッチとは、硬膜外腔に自家血を注入することで、脊髄の硬膜外の圧を上昇させ、髄液腔と硬膜外との間の厚さにより漏出していた脳脊髄液漏出を止める治療方法であり、長期的には血液による硬膜外腔の組織に癒着が生じて漏出部位を閉鎖させることが期待される。
前記(1)エ(イ)、オ(オ)・(キ)によると、原告は、5回にわたり、ブラッドパッチを受けていること、そのうち症状がかなり改善したのは1回目(平成18年11月9日)及び4回目(平成20年12月2日)であること、しかし、その効果は、長続きしなかったこと、他の3回は、目立った効果はなかったことが認められる。したがって、原告の症状が、ブラッドパッチにより、長い期間にわたって顕著に改善したとまでは認められないものの、一定の効果はあったと認められる。
また、前記(1)オ(エ)のとおり、平成20年12月1日のRI脳槽シンチグラフィー検査によると、RI注入から1時間後に膀胱内にRI集積がみられたほか、3時間後及び6時間後の画像上、腰椎部からRIが滲み出ている様子が映し出されているところ、前記(1)オ(ク)のとおり、平成22年6月2日のRI脳槽シンチグラフィー検査においては、膀胱内のRIの集積が注入から6時間後に初めて認められ、髄液漏出の所見はなかったものであって、このことは、この間にブラッドパッチにより脳脊髄液の漏出が止まったことの1つの根拠とはなるということができる。
(3) 証拠(略)によると、厚生省中間報告基準における画像診断基準は、脳神経外傷学会基準を作成した日本脳神経外傷学会を含め、複数の学会が了承・承認した基準であると認められ、中間報告の段階であるものの、現段階において重要な診断基準であると考えられる。
原告の症状を厚生省中間報告基準に当てはめると、前記(2)のとおり、複数の参考所見となるものが見られるものの、それを超える所見があるとまでは認められない。
その余の基準(国際頭痛分類基準、脳神経外傷学会基準、ガイドライン基準)は、いずれも厚生省中間報告基準より前に作成されたものであって、その信頼性は、厚生省中間報告基準には及ばないと考えられるが、起立性頭痛を脳脊髄液減少症の症状としていることなど参考となる点はあるということができる。
(4) 以上によると、原告が脳脊髄液減少症を発症したと確定的に認めることまではできないものの、@B病院において起立性頭痛であると診断されていること、A厚生省中間報告基準における参考所見が複数見られること、Bブラッドパッチが一定程度効果があったことからすると、原告について、脳脊髄液減少症の疑いが相当程度あるということができる。
3 症状固定日
自動車損害賠償責任保険後遺障害診断書には、症状固定日を平成20年1月17日とする記載があるところ、前記2(1)認定の原告の症状・治療経過等によると、同日を原告の症状固定日とすることが相当であると認められる。