○「
手話言語能力喪失に関する判例紹介1」の続きで、裁判所の判断の一部です。
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第3 当裁判所の判断
1 争点(1)(原告の後遺障害等級〈手話障害の有無,相当等級〉)について
(1) 原告は,前記認定のとおり,本件事故により,右肋骨骨折,右鎖骨骨折,左橈骨遠位端骨折の傷害を受け,右肩関節の機能障害(12級6号),右鎖骨の変形障害(12級5号),左手関節神経障害(14級9号)により,併合11級の後遺障害認定を受けている。
平成17年8月2日,B病院理学療法記録(乙2の2・11頁)では,原告の手指の可動域につき,以下のとおりであった(いずれも他動)。なお,同日の右手指の測定値は見あたらない。
左母指IP関節の屈曲70度,伸展35度の合計105度
左小指のMP関節の屈曲95度,伸展55度の合計150度
PIP関節の屈曲105度,伸展5度の合計110度
B病院の平成17年12月20日付けのOT報告書(乙2の2・24頁)では,手話について両手で表現をする際に左手が動かしづらく,左右の手の動きのスピードが異なるために,話し方が変わったと周囲から言われるようになったと記載されている。
B病院医師の平成18年3月29日作成の自動車損害賠償責任保険後遺障害診断書(甲7)には以下のとおりの記載がある。
「自覚症状」欄「左手関節部の疼痛。左手で重いものが持てない。フライパンを左手だけでは使えない。包丁が使いにくい。更衣時右鎖骨の疼痛がある。更衣時左手は使えない。タオル絞りが出きない。ビン,缶のふたが開けられない。寒冷時に右鎖骨・肩甲部,左手関節の疼痛がある。右肩の違和感がある。左手で右手指の爪は切れない。受傷前はバドミントン,ウオーキング,スキー,水泳をやっていたが,現在はしていない。左手で食器把持は困難軽度」
また,「精神・神経の障害他覚症状および検査結果」欄「右鎖骨変形して骨癒合している,左橈骨骨癒合良好(金属製のプレートとスクリューで固定されている),手話言語能力は受傷前の60%程度,1時間くらいで痛み,疲れが出現する,左母指の動きが悪く右の50%の動かし易さである,左手関節を内側にひねる手話言語能力がわかりにくいと指摘される。」
関節機能障害として,手関節背屈他動右65度,左60度,自動右65度,左45度,掌屈他動右70度,左45度,自動右65度,左40度,(以下他動,自動同じ)前腕回内右80度,左80度,回外右80度,左75度,肩関節外転右120度,左180度,内転右0度,左0度,挙上右150度,左180度,伸展右60度,左60度である。指関節に関する記載はない。
C教授は,原告が左手が利き手であり,手話の音素(語と語の意味を区別することのできる最少の単位のもの)として手型,位置,動きを抽出し,原告の手話言語機能障害の程度について,各要素につき利き手と非利き手ににつきそれぞれの障害の程度を示し,それによれば,手型要素利き手77パーセント,非利き手0パーセント,掌の方向要素利き手88パーセント,非利き手50パーセント,位置要素利き手50ないし60パーセント,非利き手27ないし50パーセント,動き要素のうち,軌跡運動利き手判定不能,非利き手10パーセント,掌方向変化利き手100パーセント,非利き手0パーセント,手型変化利き手95パーセント,非利き手0パーセントとなっている。すなわち,手形要素については日本手話で使用する44種類の手型のうち,23パーセントにあたる10種類しか弁別機能のある手型として表し分けることができなかった。24種類の掌の方向要素につき,それぞれ前記のパーセントの種類につき表すことができなかった。位置要素について日本手話では14種類の位置要素が音素的に機能しており,約6割が利き手では表すことができなかった。動き要素について,軌跡移動につき手首の動きが制限されているために判断不能であり,掌方向の変化の動きは,手首関節により表されるが,掌屈・背屈,回転(回外・回内・回転),左右への屈曲(尺屈・橈屈),利き手についてはどの動きも表すことができなかった(甲20)。
平成20年7月22日,B病院で,原告の関節可動域の測定がなされている(甲21・11,12頁)。骨萎縮の影響が指摘されている。
左母指(MP)の屈曲35度(他動,以下同じ),30度(自動,以下同じ),伸展15度,−10度
(IP)の屈曲20度,−10度,伸展70度,70度
右母指(MP)の屈曲60度,56度,伸展10度,10度
(IP)の屈曲70度,65度,伸展15度,10度
左小指のMPの屈曲60度,30度,伸展40度,30度
PIPの屈曲80度,38度,伸展0度,0度
右小指のMPの屈曲86度,86度,伸展35度,15度
PIPの屈曲92度,92度,伸展0度,0度
(2) そこで,以下判断する。
ア 手話と後遺障害等級
聴覚障害者において,手話は相手方と意思を疎通する伝達手段であり,健常者の口話による意思疎通の伝達手段に相当するものであって,手,肩に傷害を負って後遺障害が残り,手話に影響が及んだ場合には,その程度によって後遺障害と扱うのが相当である。そして,訴訟での後遺障害等級認定は,自賠責後遺障害の等級を参考にするものの,口話と手話の手段の違いに照らし,意思疎通が可能かどうか,手話能力がどの程度失われているかを中心に個別的に判断するのが相当である。また,機能障害と言語障害と両方を評価したとしても,原告の主張するように口話の言語障害の場合にもありうることであり,手話特有の問題ではなく,また,労働能力喪失率の割合及び慰謝料額は必ずしも等級からそのまま導かれるものではないこともあり,これをもって手話につき後遺障害を認めることを否定するものではない。
イ 原告の後遺障害等級
原告の手関節,肩関節の機能障害の程度については,後遺障害診断書のとおりと認められる。
左母指及び左小指の関節の可動域については,前記のとおり平成17年8月2日の測定結果と,平成20年7月22日の測定結果がある(さらにそれ以前の測定結果もある。可動域の測定の変化につき甲24参照)。また,甲20号証で原告の指の動きについて記載されている。
平成17年8月2日の測定値については,他動であり,これを採用できない。そして,平成20年7月22日の可動域の測定は,症状固定後のものであり,骨萎縮の進行の影響を受けているものの,自動の数値が比較的正確なものと認められる。(左小指は)他動的には全部動くとの記載があるものの(甲21・3頁),動いても可動域制限があることはありうることであり,これをもって甲21号証の測定値が採用できないことにはならない。なお,甲20号証の原告の指の動きについては,医学的な整合性をもって説明することは困難の指摘があり(乙3),原告の左小指がまったく曲がらないとはいえず,これをそのまま採用することはできない。
以上のとおり,原告の利き手である左手の母指及び小指につき,(その程度は必ずしも明確ではないが)可動域制限が認められ,左手関節及び右肩関節の可動域を考え合わせると,原告の手話に影響を及ぼしているものと認められる。
そして,影響の程度につき検討するに,甲20号証があるものの,これをそのまま採用できず,また,原告は手話で意思疎通ができており,著しい障害とまで認めることはできない。
しかし,原告の実際の手話について,分かりにくくなったとする者がおり(甲15の1ないし11),単語につき表現できにくいものや,他の単語表現と紛らわしいものがあること(甲20),左手関節,右肩関節にも後遺障害を残し,原告は長く手話をしていると1時間ほどで痛み,疲れが出てくること,手話能力は従前の60パーセント程度であるとの記載があり(甲7),これらを総合すると,原告の手話言語能力は後遺障害12級程度の14パーセント程度失われたものと認めるのが相当である。なお,原告の手話を長く見ていると,慣れてくるため手話が成立することがあるが,手話通訳者が通訳できているからといって(たとえば,平成19年3月30日の記載〈乙2の1・22頁〉),原告の手話について後遺障害を否定するものではない。
そして,その他の原告の後遺障害等級と併せると,手話の障害の12級相当の障害が増えるものの,併合11級となり,等級に変わりはない。