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小松亀一法律事務所は、「交通事故」問題に熱心に取り組む法律事務所です。

交通事故重要判例

手話言語能力喪失に関する判例紹介1

○「聴覚障害者の交通事故による”手話”能力減少」で、平成21年11月25日名古屋地裁判決(判例時報2071号71頁)が、手話言語能力について第12級相当と認めたことを紹介しておりました。今般、この判例の詳細を調査する必要が生じ、以下、全文を紹介します。

まず主文と当事者の主張までです。裁判所の判断は別コンテンツで紹介します。

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主文

1 被告は,原告に対し,1221万9618円及びこれに対する平成16年7月29日から支払済みに至るまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は,これを2分し,その1を原告の,その余を被告の各負担とする。
4 この判決は,原告勝訴部分に限り,仮に執行することができる。 
 
事実及び理由

第1 請求
1 被告は,原告に対し,2622万2709円及びこれに対する平成16年7月29日から支払済みに至るまで年5分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行宣言

第2 事案の概要
 本件は,後記交通事故(本件事故)により受傷した原告が,被告に対して,聴覚障害者にとって肩や手の運動障害は健常者にとっての言語障害に相当する等主張し,民法709条,自賠法3条に基づき損害賠償請求をなした事案である。
1 当事者間に争いのない事実等(証拠を挙げていない事実は争いがない。)
(1)原告は,聴覚障害者であり,身体障害者1級の認定を受けている。

(2)本件事故の発生
ア 日時  平成16年7月29日午後8時20分ころ
イ 場所  名古屋市(以下略)先路線上(その他名古屋市道)
ウ 被告車  被告所有,運転の普通乗用自動車
エ 態様  原告が横断歩道を横断中,被告車が原告に衝突し,原告を道路上に転倒させた。

(3)原告は,本件事故により,右肋骨骨折,右鎖骨骨折,左橈骨遠位端骨折の傷害を受け,A病院に平成16年7月30日から同年8月17日まで入院し(19日間),同病院に同年8月18日から平成17年3月2日まで通院し(実通院日数59日),平成17年1月26日から平成18年3月24日までB病院に通院した(実通院日数62日)。

(4)原告は,平成18年3月24日症状固定し(甲7),以下のとおり後遺障害等級併合11級の認定を受けた(甲8の1・2)。
  右肩関節の機能障害 12級6号
  右鎖骨の変形障害 12級5号
  左手関節神経障害 14級9号

(5)被告は,右折するにあたり,横断歩道上の歩行者の有無を注視し,注意して右折すべきであり,これを怠り,本件事故を起こしたものであって,また,被告車の所有者であり,民法709条,自賠法3条により,原告の被った損害を賠償すべき義務がある(甲2ないし4)。

(6)言語障害に関する後遺障害等級
 語音は,口腔等附属管の形の変化によって形成されるが,この語音を形成するために,口腔等附属管の形を変えることを構音という。
 語音は,母音と子音とに区別される。子音を構音部位に分類すると,次の4種類となる。
 口唇音(ま行音,ぱ行音,ば行音,わ行音,ふ)
 歯舌音(な行音,た行音,だ行音,ら行音,さ行音,しゅ,し,ざ行音,じゅ)
 口蓋音(か行音,が行音,や行音,ひ,にゅ,ぎゅ,ん)
 喉頭音(は行音)
 4級2号,6級2号にいう「言語の機能に著しい障害を残すもの」とは,4種の語音(口唇音,歯舌音,口蓋音,喉頭音)のうち,2種の発音不能のもの又は綴音機能に障害があるため,言語のみを用いては意思を疎通することができないものをいう。
 9級6号,10級3号にいう「言語の機能に障害を残すもの」とは,4種の語音のうち,1種の発音不能のものをいう。

(7)既払い
 原告は治療費113万1536円,メガネ代4万2624円,シャワートイレ取付代3万4807円,自賠責保険から331万円(原告自認),合計451万8967円の支払を受けている。

2 争点
(1)原告の後遺障害等級(手話障害の有無,相当等級)


(原告の主張)
ア 原告は,聴覚障害を抱えており,手話によってコミュニケーションを行っている。肩や手の運動障害は,いわゆる健常者における発語障害にも相当する。このような原告の特殊事情を考慮した場合,原告の手話言語能力における後遺障害(甲20参照)は,4種の語音のうちの2種の発音不能が言語機能の著しい障害とされていることと対比すれば,手話言語能力の著しい障害(自賠責後遺障害等級6級2号)に相当する。そして,原告の右肩関節の機能障害等が併合11級に認定されているので,併合5級となる。

イ 被告の主張に対する反論
 作業療法報告書について,作業療法士は手話の専門家ではない。可動域についても症状固定以前の測定であり,また,手話で問題となるのは「他動」ではなく,「自動」である。手話は利き手で主要な動きを行い,非利き手を補助的に使うものであって,原告は左利きであり,主要な動きは左手で行ってきた。原告は,左手の損傷により著しい手話機能の障害を受けている。

 1つの現象が2つの機能障害をもたらした場合,双方の機能障害として評価されるのは当然のことであり(例えば口腔部に障害を受けた結果,そしゃく機能と言語障害を受けた場合),双方の後遺障害として評価されて何の不自然さもない。
 原告は,聴覚障害者の手話機能障害は口話者における言語機能障害と同等の後遺障害と評価される,そして,その程度については,交通事故損害賠償実務に定着している自賠責保険後遺障害等級と相応させて評価すべきであると主張しているのである。

(被告の主張)
ア 原告は,作業療法報告書(乙2の2)には,手話について両手で表現をする際に左手が動かしづらく,左右の手の動きのスピードが異なるために,話し方が変わったと周囲から言われるようになったと記載され,他者との手話が行われていた可能性が高く,また,原告は,本件事故後であっても左手の母指及び小指は伸屈が可能であり,原告の手話に支障が出た程度については,慎重に判断するべきである。さらに,原告の手形要素はおよそ障害されていないものと考えることができる。

イ 口話の言語障害は必ずしも他の障害を前提としていない。それに対し,手話の障害は上肢の障害が存することが当然の前提となっており,手の機能障害を後遺障害として認定しながら,さらに手話の後遺障害を認めるとなると,いわば機能障害を二重評価することになり,必然的に併合が生じてしまう。

 そもそも,言語の機能障害についての等級は明確かつ厳格な基準に基づいている(前記1(6)参照)。手話については,このように明確に区別をなし得ず,後遺障害の等級に相当するかどうかは,より慎重に判断されなければならない。
 手話は,両手の動作等で単語を表すものであるが,それとは別にいわゆる指文字によって片手の指で50音全てを表現することができる。原告は両手両腕が存し,一部手話によって表現できない単語については指文字で表現できる。

 このように,原告の手話は,口話の場合の「ゆっくりと発言すれば,聞き取りにくくはなく,1音ずつ発音すれば発音不能の語音はない」という状態に相当し,口話の言語障害と比較し後遺障害6級や10級には該当しない。

 また,口話の場合,声帯麻痺による著しいかすれ声は12級を準用されるが,原告の手話による会話が困難となった程度は,両手両腕により多くの単語を表現することができ,単語は指文字を使って表現でき,12級に相当するレベルのものとはいえず,12級にも該当しない。仮に,12級に該当するとしても,本件においては12級の後遺障害が他に2つあり,併合級で11級に上がっており,さらに,手話の後遺障害が12級とされたとしても,原告の後遺障害等級は併合11級に変わりはない。

(2)損害額(特に,休業損害,逸失利益)