交通事故3年半経過後の自殺と事故との因果関係を認めた判例
○交通事故の被害者が自殺に至った例のついての判例は相当数ありますが、割合的解決を図った最初の最高裁判例として平成5年9月9日最高裁判例を紹介します。
その判決要旨は,交通事故により受傷した被害者が自殺した場合において、その傷害が身体に重大な器質的障害を伴う後遺症を残すようなものでなかったとしても、事故の態様が加害者の一方的過失によるものであって被害者に大きな精神的衝撃を与え、その衝撃が長い年月にわたって残るようなものであったこと、その後の補償交渉が円滑に進行しなかったことなどが原因となって、被害者が、災害神経症状態に陥り、その状態から抜け出せないままうつ病になり、その改善をみないまま自殺に至ったなど判示の事実関係の下では、右事故と被害者の自殺との間に相当因果関係があるというものです。
○事案概要は以下の通りです。
・被害者A(事故当時43歳、工場勤務の男性サラリーマン)は、昭和59年7月28日、車両を運転して国道を走行中、前方不注視のためセンター・ラインを越えて進入してきた加害運転車両に衝突され、頭部打撲・左膝蓋骨骨折・頚部捻挫等の傷害を負った・
・Aは、入通院して治療を受けた結果、身体の運動機能は順調に回復し、昭和61年10月20日に症状固定と診断され、頭痛・項部痛・眼精疲労等の後遺症が残り、自賠法施行令2条別表等級第14級10号と認定された。
・Aは、本件事故の態様が加害者の一方的過失によるものであって大きな精神的衝撃を与えるものであったこと、補償交渉が納得のいく進展をみなかったこと、意思に反する就労の勧めがされたことなどに起因して、昭和61年3月ころには災害神経症状態となった。
・Aは、勤務先に復職願を提出したが受け入れられず、従前の就業状態に復することのないまま昭和61年9月30日付けで退職することを余儀なくされ、再就職も思うに任せなかったことなどの要因が重なってうつ病になり、悶々とした生活が続くうち、昭和63年2月10日に自殺した。
・Aの相続人である妻子が加害車両運転者及び所有者にAの自殺と事故との間には相当因果関係があり、その寄与率は少なくとも50パーセントであると主張して、死亡による逸失利益、慰謝料等を含めた損害合計約2700万円の支払いを求めて提訴
○第一審及び控訴審判決では、自らに責任のない事故で傷害を受けた者は、自らにも責任のある事故で傷害を受けた者に比較して、加害者によって完全に被害を回復されたいとの欲求が強くなり、また、事故時の精神的衝撃が長い年月にわたって残りがちであり、性格傾向や生活上の他の要因等と相まって災害神経症状態に陥りやすく、更にその状態から抜け出せないままうつ病に発展しやすいこと、うつ病にり患した者の自殺率を全人口の自殺率と比較すると約30倍から58倍にも上るとされていることなどの精神医学的知見を鑑定嘱託の結果によって認定の上、本件事故の態様、Aの治療経過及び生活状況を前提に、Aが本件事故によって災害神経症状態を経てうつ病になり、更にその改善をみないまま自殺に至るという事態の発展は、加害者側のみならず通常人においても予見可能であるから、本件事故とAの自殺との間には相当因果関係があるというべきであると判断し、Aに発生した損害は本件事故のみによって通常発生する程度・範囲を超えており、慢性化した自覚症状にこだわるAの性格的傾向等の心因的要因が寄与しているとして、損害の拡大に寄与したAの心因的要因に応じて損害額を減額するのが相当であるとし、Aの死亡による損害についてはその損害額の8割を減額するのが相当であると判断しました。
○加害者側は、Aの自殺との間に相当因果関係があるとした控訴審判決は昭和50年10月3日最高裁判決に違背するなどと主張して、上告しましたが、平成5年9月9日最高裁判決は,次のように述べて、控訴審判決を維持しました。
本件事故によりAが被った傷害は、身体に重大な器質的障害を伴う後遺症を残すようなものでなかったとはいうものの、本件事故の態様がAに大きな精神的衝撃を与え、しかもその衝撃が長い年月にわたって残るようなものであったこと、その後の補償交渉が円滑に進行しなかったことなどが原因となって、Aが災害神経症状態に陥り、更にその状態から抜け出せないままうつ病になり、その改善をみないまま自殺に至ったこと、自らに責任のない事故で傷害を受けた場合には災害神経症状態を経てうつ病に発展しやすく、うつ病にり患した者の自殺率は全人口の自殺率と比較してはるかに高いなど原審の適法に確定した事実関係を総合すると、本件事故とAの自殺との間に相当因果関係があるとした上、自殺には同人の心因的要因も寄与しているとして相応の減額をして死亡による損害額を定めた原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。