過失相殺の基本−損益相殺との先後関係
○民法第722条2項で「被害者に過失があったときは、裁判所は、これを考慮して、損害賠償の額を定めることができる。」と規定されています。これは過失相殺と言って被害者側にも過失がある場合、過失割合に応じて損害賠償額が減額されます。
○実務では、この過失割合の具体的割合が大変難しい問題で、その認定基準として東京地方裁判所の裁判官の作成した基準(別冊判例タイムズ「民事交通訴訟における過失相殺等の認定基準」)や青本、赤本にも基準が解説されており、その認定基準は微妙に異なり、ケースバイケースで判断することになります。
○例えばAさんが交通事故の被害に遭い、後遺障害が認定されて、治療費等全ての損害額が4000万円になったとします。Aさんにも過失があり、Aさんの過失が30%と認定された場合、原則としてその総損害額4000万円から30%減額された2800万円がAさんが獲得できる損害額になります。
○Aさんの交通事故が勤務中で労災事故認定がなされ、健康保険から治療費として600万円、労災保険から400万円の合計1000万円相当の保険金をAさんのために支払がなされていた場合、Aさんのその後の残損害額は3000万円になります。この場合、過失相殺は、全損害額4000万円が対象になるか、それとも保険金合計1000万円を差し引いた3000万円が対象になるのかと言う問題があります。
○Aさんの過失割合30%相当額の減額分は、全損害額を対象に過失相殺されるとすると4000万円×30%=1200万円となり、1000万円受領後の3000万円を対象に過失相殺すると3000万円×30%=900万円で300万円の差額が生じます。
○Aさんとしては過失相殺の対象額は小さいほど有利になります。この問題については健康保険からの治療費、障害厚生年金については、過失相殺前に損害から控除するとの判例が多数ですが、労災保険金については、過失相殺前に控除するとする判例と過失相殺後に控除するとの2つの例があります。
○Aさんが、後遺障害7級となり自賠責保険から後遺傷害保険金1051万円と治療費120万円の合計1171万円が支払われた場合、この金額は過失相殺後に控除されるのが原則です。「交通事故の法律知識」(自由国民社刊)には、「判例の中には、過失相殺を自賠責保険部分に適用せず、それを超える部分にのみ適用したものもあります。」との記述があるとの指摘も受けていますが、この考えは過失相殺前に控除するもので、現時点ではこの判例は確認出来ず、おそらく特殊ケースかと思われます。