○「
遺産分割未了建物の単独使用と賃料に関する2つの最高裁判決紹介」の続きで、平成8年12月17日最高裁判決(判時1589号45頁、判タ927号266頁)の第一審の平成4年12月24日東京地裁判決(判時1474号106頁、判タ831号188頁)全文を紹介します。
○この判決は、「相続させる」との文言が用いられた遺言について、「特定の遺産」につき、「特定の相続人」に相続させる意思を表明したものとみることが困難であり、相続分の指定及び包括名義による遺贈をしたものと解すべきであるとして、共有物分割の訴えを却下したことで注目されたものです。
○しかし、私は、現在取扱中の遺産分割事案処理のため、「
共有者の一部の者が独占的にこれを使用している場合、無償の使用の合意がなされているときは別として、占有使用していない他の共有者は、法律上の原因なく、占有使用者の利得の限度で損害を受けていることになるから、他の共有者らは、その共有持分権に応じた不当利得の請求ができる」との判断に注目して取り上げました。
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主 文
一 共有物分割を求める原告らの訴えを却下する。
二 被告丁原一郎及び同丁原二郎は、各自、原告らに対し平成3年4月17日から右被告らが別紙物件目録記載の各不動産から退去するまで別紙損害金請求表の請求金額欄記載の各金員を支払え。
三 訴訟費用は、これを10分し、その9を原告らの負担とし、その1を被告丁原一郎及び同丁原二郎の負担とする。
事 実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 別紙物件目録記載の各不動産について競売を命じ、その売得金を別紙売得金配分表の持分欄記載の割合で分割する。
2 被告丁原一郎及び同丁原二郎は、各自、原告らに対し、平成3年4月17日から右被告らが別紙物件目録記載の各不動産から退去するまで別紙損害金請求表の請求金額欄記載の金員を支払え。
3 訴訟費用は被告らの負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 原・被告らは、昭和63年9月24日、A(※被相続人)の死亡により、別紙物件目録記載の土地、建物(以下「本件不動産」という)について、別紙売得金配分表の取得原因欄記載の原因により、同持分欄記載の各持分を取得して本件不動産を共有している(なお、被告丁原一郎の持分のうち16分の1は、平成元年5月30日、訴外丁原ハナから、同人の持分の贈与を受けたものである)。
2 原告らは、被告らに対し、平成2年10月9日付け内容証明郵便により本件不動産を分割するための協議の申入れをしたうえ、同月20日分割協議をしたが、協議が調わなかった。
3 本件不動産は、一筆の土地と右土地上の一棟の建物であって、現物分割は不可能である。
4 本件不動産について、被告丁原一郎は持分16分の2、同丁原二郎は持分16分の1を有するにすぎないのに、全部を占有・使用し、原告らに対し、その持分に応じた賃料相当額の損害を生じさせている。
5 本件不動産の賃料相当損害金は一か月32万円を上回る。
6 よって、原告らは、本件不動産の共有物分割を求めるとともに、被告丁原一郎、同丁原二郎に対し、別紙損害金請求表の請求金額欄記載の賃料相当損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
請求原因1、2、3は認める。同4のうち、本件不動産について、被告丁原一郎が16分の2、同丁原二郎が16分の1の各持分を有すること、同人らが全部を占有・使用していることは認め、その余は争う。
同5は否認する。
三 被告らの本案前の主張
本件不動産は、亡Aが所有していたものであるが、昭和63年9月24日同人が死亡し、同人のした公正証書遺言により、原・被告らが相続等して共有となったものである。
したがって、本件不動産は遺産であるから、本件不動産の分割は家庭裁判所の家事審判手続によってなされるべきであり、本件共有物分割の訴は不適法である。
四 本案前の主張に対する原告の答弁
本件不動産は、遺産の性質を有しない。すなわち、亡Aが昭和62年5月18日にした公正証書遺言によると、不動産を特定したうえ、原告ら相続人及び受遺者の各相続分ないし遺贈分(持分)を特定し、それぞれ「相続させる」ことを明確にしている。右「相続させる」趣旨の遺言は、民法908条にいう遺産の分割方法を定めた遺言であり、共同相続人らは右遺言に拘束され、これと異なる遺産分割の協議、さらには、審判をなし得ない。したがって、事後なんらの行為を要せず、Aの死亡によって直ちに遺言書のとおり本件不動産が各相続人らに承継され、民法249条以下に規定する共有物になったものであるから、通常の民事訴訟手続で共有物分割請求をなし得る。
第三 証拠《略》
理 由
一 共有物分割の請求について
1 遺産相続により、相続人の共有となった財産の分割について、共同相続人間に協議が調わないとき、又は協議をすることができないときは、家事審判法の定めるところに従い、家庭裁判所が審判によってこれを定めるべきであり、通常裁判所が判決手続でこれを判定すべきものではなく、したがって、遺産相続により相続人の共有となった財産について通常裁判所に対し共有物分割を求める訴えは不適法というべきである(最高裁昭和62年9月4日判決・判例時報1251号101頁)。
2 《証拠略》によれば、本件遺言書には、遺言者はその所有する不動産及び商品、什器備品、売掛債権その他一切の財産を、次のとおりの割合で相続人に相続させ、原告甲野松夫に遺贈する旨が記載されていることが認められる。
(一) 被告丁原一郎、同丁原二郎、同丁原三郎、訴外丁原ハナに対し、各16分の1
(二) 原告甲野花子、同丁原秋子に対し、各16分の3
(三) 原告甲野松夫、同乙山春子、同丙川夏子に対し、各16分の2
3 ところで、 最高裁平成3年4月19日判決民集45巻4号477頁は、遺言書において特定の遺産を特定の相続人に「相続させる」趣旨の遺言者の意思が表明されている場合、右趣旨の遺言は民法908条にいう遺産の分割の方法を定めた遺言であって、当該遺産を当該相続人に帰属させる遺産の一部の分割がなされたのと同様の遺産の承継関係を当該相続人の受諾の意思表示にかからせたなどの特段の事情のない限り、何らの行為を要せずして被相続人の死亡時の時に直ちに当該遺産が当該相続人に相続により承継されるものと解すべきであるとした。本件遺言においても,「相続させる」との文言が用いられているので、遺産分割の手続を経ず直ちに相続による遺産承継の効果が発生するものと解すべきではないかが問題となる。
しかし、本件遺言は、「特定の遺産」について「特定の相続人」に相続させる意思を表明したものとみることが困難である。なるほど本件不動産については、その目録を遺言書に添付して特定しているものの、本件遺言は、本件不動産とともに遺言者の所有する「商品、什器備品、売掛債権その他一切の財産」を一定の割合で相続人らに相続させるとしているのであって、本件不動産以外は特定性を欠いているし、その遺産を承継すべき者として相続人のうちの特定の人を指定しているわけでもない。
要するに、本件遺言は、遺言者の全財産について、一定割合を相続人以外の者に遺贈したほかは、相続人ら全員に割合的に相続させることを指示しているものであって、仮に遺言によって直ちに遺産承継の効果が生じるものとすれば、受遺者及び相続人全員による、可分債権を除く全遺産の共有状態が現出されるにすぎないものである。ここには、特定の遺産を特定の相続人に単独で承継させるという遺言に拘束されて、その遺産に関する限り遺産分割手続を経由させる意味が薄いという、右最高裁判決の基礎となっている事情は存在しない。
むしろ、一般的・客観的には、「遺産に属する物又は権利の種類及び性質、各相続人の年齢、職業、心身の状態及び生活の状況その他一切の事情を考慮して」(民法906条)行うべき遺産分割の理念が生かされるべき場合にあたるというべきであろう。また、本件における遺言者の意思を忖度してみても、「相続させる」との文言によって、商品、什器備品の類に至るまで、全ての遺産を、合計8名にも上る受遺者及び相続人全員による共有としたい意思であったとみるのは、合理的な意思解釈といえるか疑問である。
結局、本件遺言においては、「相続させる」との文言により、遺産の分割方法が定められたとみるべきではなく、相続分の指定がなされたものと解するのが相当である。
4 右のとおり、本件遺言は、相続人に対しては相続分の指定、また、原告甲野松夫に対しては包括名義による遺贈をしたものと解すべきであり、それ自体として特定の相続財産を直ちに相続人らに相続取得させる効力を有するものではないというべきである。そうすると、Aの遺産は、いまだ本件遺言によって指定されたとおりの割合で遺産共有の状態のままであることになるから、これを解消するためには、家事審判法の定めに従い、家庭裁判所の審判によってその分割をなすべきであって、通常裁判所に対し、訴えをもって共有物分割を求めることはできず、本件共有物分割の訴えは不適法である。
二 損害金の請求について
1 原告らが別表のような持分権を有すること、被告丁原一郎と同丁原二郎が本件不動産を占有、使用していることは当事者間に争いがない。
2 共有者はその持分に応じて共有物を使用することができるのであり、共有者の一部の者が独占的にこれを使用している場合、無償の使用の合意がなされているときは別として、占有使用していない他の共有者は、法律上の原因なく、占有使用者の利得の限度で損害を受けていることになるから、他の共有者らは、その共有持分権に応じた不当利得の請求ができると解される(原告の請求原因は、この趣旨の主張を含むものと解される)。
3 賃料相当損害金については、鑑定の結果によれば、平成3年4月、同4年4月とも1か月あたり39万8899円であることが認められるから、被告丁原一郎及び同丁原二郎の利得額は、原告らが請求総額の基礎とする一か月あたり32万円を上回る。
三 結論
以上のとおり、原告らの共有物分割を求める訴えは不適法であるから却下することとし、被告丁原一郎と同丁原二郎に対する訴状送達の日の翌日であることが裁判上明白な平成3年4月17日から同人らが本件不動産を退去するまで、原告らの各持分権の割合に応じた額の賃料相当損害金を求める請求は、いずれも理由があるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法89条、92条、93条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 金築誠志 裁判官 田中俊次 佐藤哲治)
別紙 物件目録《略》
売得金配分表《略》
損害金請求表《略》