遺産分割未了建物の単独使用と賃料に関する2つの最高裁判決紹介
○被相続人死亡後、遺産分割未了のまま20年になるが、その20年間遺産分割未了の建物を使用継続してきた相続人の一人に対し、建物明渡と賃料相当損害金の請求ができますかとの質問を受けました。
○明渡請求に関する関連判例を探すと、共有物の持分の価格が過半数をこえる者は、共有物を単独で占有する他の共有者に対し、当然には、その占有する共有物の明渡を請求することができないとする昭和41年5月19日最高裁判決(判タ193号91頁、判時450号20頁)がありました。
○賃料相当損害金に関する関連判例を探すと、共同相続人の1人が相続開始前から被相続人の許諾を得て遺産である建物において被相続人と同居してきたときは、特段の事情のない限り、被相続人と右の相続人との間において、右建物について、相続開始時を始期とし、遺産分割時を終期とする使用貸借契約が成立していたものと推認される平成8年12月17日最高裁判決(判時1589号45頁、判タ927号266頁)がありました。
○以下、両判例全文を紹介しますが、先の質問に対する答えはいずれも否定的にならざるを得ません。しかし、「当然には」、「特段の事情のない限り」との限定文言がついており、建物明渡・賃料相当損害金請求の可能性について、更に検討を進めます。
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昭和41年5月19日最高裁判決(判タ193号91頁、判時450号20頁)
主 文
原判決中、被上告人らの建物明渡請求部分を破棄し、右部分の第一審判決を取り消す。被上告人らの上告人に対する建物明渡請求を棄却する。
その余の上告を棄却する。
訴訟費用は、1・2・3審を通じ3等分し、その2を上告人の、その1を被上告人らの各負担とする。
理 由
上告代理人○○○○、同○○○○の上告理由第一点ないし第三点について。
原判決挙示の証拠によれば、原判決の認定した事実を肯認しえないわけではなく、右事実関係のもとにおいては、Aにおいて本件宅地買受当時内心において上告人に対し将来適当な時期に本件宅地を贈与しようと考えていたが、その後当初の考えをかえて上告人に対しこれを贈与する意思をすてたから、本件宅地の贈与はついに実現されず、かつ、本件建物についての贈与も認められないとする原判決の判断は、当審も正当として是認しうる。
原判決には、所論のような違法があるとは断じがたく、所論は、結局、原審の専権に属する証拠の取捨・判断、事実認定を非難するに帰し、採用しがたい。
同第四点の第二・第三について。
所論の点に関する事実認定は挙示の証拠により肯認でき、その事実関係のもとでは、本件宅地の所有者はAであつて、上告人でないとした原判決の判断は、正当であり、原判決には、所論のような違法はなく、所論は採用しがたい。
同第五点について。
本件一件記録に徴しても、原審に所論のごとき違法があるとは認めがたく、所論は採用しがたい。
同第四点の第一について
思うに、共同相続に基づく共有者の一人であつて、その持分の価格が共有物の価格の過半数に満たない者(以下単に少数持分権者という)は、他の共有者の協議を経ないで当然に共有物(本件建物)を単独で占有する権原を有するものでないことは、原判決の説示するとおりであるが、他方、他のすべての相続人らがその共有持分を合計すると、その価格が共有物の価格の過半数をこえるからといつて(以下このような共有持分権者を多数持分権者という)、共有物を現に占有する前記少数持分権者に対し、当然にその明渡を請求することができるものではない。
けだし、このような場合、右の少数持分権者は自己の持分によつて、共有物を使用収益する権原を有し、これに基づいて共有物を占有するものと認められるからである。従つて、この場合、多数持分権者に対して共有物の明渡を求めることができるためには、その明渡を求める理由を主張し立証しなければならないのである。
しかるに、今本件についてみるに、原審の認定したところによればAの死亡により被上告人らおよび上告人にて共同相続し、本件建物について、被上告人Xとらが3分の1、その余の被上告人7名および上告人が各12分の1ずつの持分を有し、上告人は現に右建物に居住してこれを占有しているというのであるが、多数持分権者である被上告人らが上告人に対してその占有する右建物の明渡を求める理由については、被上告人らにおいて何等の主張ならびに立証をなさないから、被上告人らのこの点の請求は失当というべく、従つて、この点の論旨は理由があるものといわなければならない。
よつて、原判決は被上告人らの上告人に対して本件家屋の明渡を求める部分について失当であり、その余は正当であるから、民訴法408条一号、396条、384条、386条、96条、92条、93条、89条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。(松田二郎 入江俊郎 長部謹吾 岩田誠)
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平成8年12月17日最高裁判決(判時1589号45頁、判タ927号266頁)
主 文
原判決中、上告人ら敗訴の部分を破棄する。
前項の部分につき、本件を東京高等裁判所に差し戻す。
理 由
上告代理人○○○○の上告理由第一点について
一 本件上告に係る被上告人らの請求は、上告人ら及び被上告人らは第一審判決添付物件目録記載の不動産の共有者であるが、上告人らは本件不動産の全部を占有、使用しており、このことによって被上告人らにその持分に応じた賃料相当額の損害を発生させているとして、上告人らに対し、不法行為に基づく損害賠償請求又は不当利得返還請求として、被上告人ら各自の持分に応じた本件不動産の賃料相当額の支払を求めるものである。
二 原審の確定した事実関係の概要は、(一)鵜澤惣五郎は昭和63年9月24日に死亡した、(二)被上告人関照和は惣五郎の遺言により16分の2の割合による遺産の包括遺贈を受けた者であり、上告人ら及びその余の被上告人らは惣五郎の相続人である、(三)本件不動産は惣五郎の遺産であり、一筆の土地と同土地上の一棟の建物から成る、(四)上告人らは、惣五郎の生前から、本件不動産において惣五郎と共にその家族として同居生活をしてきたもので、相続開始後も本件不動産の全部を占有、使用している、というのである。
三 原審は、右事実関係の下において、自己の持分に相当する範囲を超えて本件不動産全部を占有、使用する持分権者は、これを占有、使用していない他の持分権者の損失の下に法律上の原因なく利益を得ているのであるから、格別の合意のない限り、他の持分権者に対して、共有物の賃料相当額に依拠して算出された金額について不当利得返還義務を負うと判断して、被上告人らの不当利得返還請求を認容すべきものとした。
四 しかしながら、原審の右判断は直ちに是認することができない。その理由は、次のとおりである。
共同相続人の一人が相続開始前から被相続人の許諾を得て遺産である建物において被相続人と同居してきたときは、特段の事情のない限り、被相続人と右同居の相続人との間において、被相続人が死亡し相続が開始した後も、遺産分割により右建物の所有関係が最終的に確定するまでの間は、引き続き右同居の相続人にこれを無償で使用させる旨の合意があったものと推認されるのであって、被相続人が死亡した場合は、この時から少なくとも遺産分割終了までの間は、被相続人の地位を承継した他の相続人等が貸主となり、右同居の相続人を借主とする右建物の使用貸借契約関係が存続することになるものというべきである。
けだし、建物が右同居の相続人の居住の場であり、同人の居住が被相続人の許諾に基づくものであったことからすると、遺産分割までは同居の相続人に建物全部の使用権原を与えて相続開始前と同一の態様における無償による使用を認めることが、被相続人及び同居の相続人の通常の意思に合致するといえるからである。
本件についてこれを見るのに、上告人らは、惣五郎の相続人であり、本件不動産において惣五郎の家族として同人と同居生活をしてきたというのであるから、特段の事情のない限り、惣五郎と上告人らの間には本件建物について右の趣旨の使用貸借契約が成立していたものと推認するのが相当であり、上告人らの本件建物の占有、使用が右使用貸借契約に基づくものであるならば、これにより上告人らが得る利益に法律上の原因がないということはできないから、被上告人らの不当利得返還請求は理由がないものというべきである。
そうすると、これらの点について審理を尽くさず、上告人らに直ちに不当利得が成立するとした原審の判断には、法令の解釈適用を誤った違法があり,右違法は判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。論旨はこの趣旨をいうものとして理由があり、その余の論旨について判断するまでもなく、原判決中上告人ら敗訴部分は破棄を免れない。そして、右部分については、使用貸借契約の成否等について更に審理を尽くさせるため、原審に差し戻すこととする。
よって、民訴法407条一項に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 千種秀夫 裁判官 園部逸夫 裁判官 可部恒雄 裁判官 大野正男 裁判官 尾崎行信)