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遺言書

認知症により遺言能力欠如を理由に公正証書遺言を無効とした判例紹介2

○「認知症により遺言能力欠如を理由に公正証書遺言を無効とした判例紹介1」の続きで、裁判所の判断部分を2回に分けて紹介します。

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第三 当裁判所の判断
一 認定事実

 後掲各証拠《略》及び弁論の全趣旨によれば、次の各事実を認めることができる。

(1)Aの病歴等
ア Aは、平成13年2月25日から同年3月13日まで、ウェルニッケ脳症にてH1病院に入院し、同年2月26日に行われた長谷川式簡易知能評価スケールの点数は18点であり、同月28日に行われた同検査の点数は24点であった。入院時から、食事の内容を覚えていないなどの短期的記憶障害や体幹失調を発症していたほか、アルコール性肝障害との診断を受けたが、飲酒願望等の精神症状が落ち着き、失調症状が改善を見せたことなどから、退院した。そして、同年4月20日に行われた長谷川式簡易知能評価スケールの点数は24点であり、同年11月28日に行われた同検査の点数は26点であった。

イ Aは、平成16年6月22日に行われた長谷川式簡易知能評価スケールの点数が20点であり、同日の診療録には、「短期記銘力障害」と記載されている。

ウ Aは、平成18年7月10日から同月19日まで、H1病院に入院し、食道がん摘出手術を受けた。なお、H1病院の診療録には、Aは、同月15日、自分が手術を受けたのかを確認したこと、近時のことをBに繰り返し尋ねたこと、自分が病院に入院しているのかを確認したこと、せん妄及び不穏等の症状は現れていないことが記載されているほか、同月28日、なぜ入院したのか、手術を受けたことを忘れていることなどが記載されている。

エ Aは、平成19年1月9日、H1病院にて、アリセプトD錠5mgが処方された。そして、H1病院の診療録には、同年3月13日、少し記憶力が改善した様子であること、長女が来たことを夏は覚えていなかったが、今回は覚えていたことが記載され、同年4月24日、認知症が以前より良いようであり、同じことを言っているが、ゴルフ及びテニスをしに行くようになったことが記載され、同年5月8日、H1病院のP2医師からP3医師に対する申し送りとして、Aがアルツハイマー型認知症の患者であること、MRI検査により海馬の萎縮が認められること、長谷川式簡易知能評価スケールの点数は17点(ただし、検査日は平成18年11月14日)であったことが記載されている。

オ Aは、Bとともに生活してきたが、Bは、平成20年10月18日、脳梗塞を発症して入院し、平成21年8月28日から有料老人ホームにおいて生活するようになったため、Aは、独居となった。そして、Aは、東京都新宿区長に対し、平成20年10月31日、被告を通じて要介護認定・要支援認定の申請を行い、同認定における調査が、被告の同席の下で、同年11月7日に行われた。同調査の調査票には、週1回、電車とバスを乗り継いでテニスクラブに行くが、他の外出は家族が付き添っていること、衣服の着脱について、身体能力的には支障なく行うことができるが、家族が洋服を準備しないと何度も同じものや季節に合わないものを着てしまうこと、薬の服用について、2年前からアリセプト錠を服用しているものの、本人は服薬の理解がまったくなく、調査員の質問に対して「パパは薬を飲んでるの?教えてよ。」と被告に聞いていたこと、

金銭管理について、習慣的に支払行為をしているが金銭価値は分かっておらず収支を把握していないこと、電話の利用について、その場での会話はできるが、かけた内容等をすぐ忘れてしまい同じことを何度も繰り返すこと、日常の意思決定について、被告がホワイトボードに1日の予定を記載しておくが、夕方になると被告の仕事先に「これからどういう予定なの、僕には分からないから教えて。」と何度も電話をかけることや、調査中、7回、妻がどこにいるのかを聞き、「僕はうちにいればいいのか。」、「ママがいないのにパパはどうして生活しているんだ。」と被告に聞いていたこと、現在の季節と月を答えることができなかったことなどが記載されている。

カ 平成20年11月8日付の主治医意見書には、平成18年ころにアルツハイマー型認知症を発症したこと、同年ころから物忘れが目立ち、妻に何度も同じことを尋ね、居場所が分からなくなることが見られることが記載されているほか、日常生活自立度は「J2」及び「〈2〉b」の各欄にチェックが付され、認知症の中核症状として、短期記憶は「問題あり」、日常の意思決定を行うための認知能力は「いくらか困難」、自分の意思の伝達能力は「いくらか困難」の各欄にチェックが付されている。なお、認知症の周辺症状として「無」の欄にチェックが付されている。

キ 平成20年11月11日のH1病院の診療録には、Aが、Bはどうしているのか何度も尋ねたこと、不安感が強くなっていることに対し、グラマリール錠(向精神薬)が1日25mgから1日100mgに増量されたことが記載されているが、その後、同薬は処方されていない。

ク Aは、平成20年12月1日、要介護1の認定を受け、その後、この認定は変わらなかった。Aは、同年11月10日から平成25年3月22日まで、ケアサポートSによる在宅介護サービスを受けており、平成20年11月10日から同年12月17日までは週2回(月曜日及び水曜日)の夕食のサービスが主なサービス内容であり、同月18日から平成22年4月29日までは週3回サービスを受け、月曜日及び水曜日は夕食のサービスの用意、木曜日は昼食の用意(第2、第4水曜日はAのテニスの都合上、火曜日のサービス)であり、同月30日から平成24年10月26日までは週4回のサービスであり、上記週3回のサービスに金曜日の昼食の用意が加わった。

ケ Aは、平成21年1月27日に行われた長谷川式簡易知能評価スケールの点数が16点であった。

コ Aは、東京都新宿区長に対し、平成21年3月17日、要介護認定・要支援認定の申請を行い、同認定における調査が、被告の同席の下で、同月30日に行われた。同調査の調査票には、移動等について、独力で行うことができ、約50年間通い続けているテニスクラブだけは、バス、電車を乗り継いで1人で行くことができるが、その他の病院等への外出は、認知症により1人で行くことができず、家族が必ず付き添っていること、衣服の着脱について、着脱はできるが、真冬に薄着をするなど季節に適した衣服の選択ができないため家族が用意していること、服薬について、薬を飲む時間や量を理解できていないため、家族が食事と一緒に準備しているが飲み忘れがあること、金銭管理について、計算能力及び管理能力はなく、本人が金銭を使うことはないこと、電話の利用について、電話をかけ又はこれを受けることはできるが、電話をかけたことや話の内容等をまったく覚えていないこと、日常の意思決定について、自分で何をすべきか分からず、1日に何度も家族に電話をかけて聞いていること、記憶・理解について、ホワイトボードに1日の予定を家族が書いているが理解していないこと、調査日に家族と病院に行ったことを覚えていないこと、季節の理解ができず、寒い日に暖房をつけずに薄着で震えていたことがあったこと、問題行動として、妻が入院していることが分からず、「どこに出かけたの?」と不安になっていること、調査中に「ビール(本当はジュース)を飲んでいる」と何度も繰り返し話していること、習慣的なことを除き、直前の会話の内容や出来事を記憶していないことが記載されている。

サ 平成21年3月21日付の主治医意見書には、平成18年ころにアルツハイマー型認知症を発症し、同年ころから物忘れが目立ち、妻に何度も同じことを尋ね、居場所が分からなくなることが見られることが記載されているほか、日常生活自立度は「J2」及び「〈2〉b」の各欄にチェックが付され、認知症の中核症状として、短期記憶は「問題あり」、日常の意思決定を行うための認知能力は「いくらか困難」、自分の意思の伝達能力は「いくらか困難」の各欄にチェックが付されている。なお、認知症の周辺症状として「無」の欄にチェックが付されている。

シ Aは、平成22年12月17日に行われた長谷川式簡易知能評価スケールの点数が18点であった。

ス Aは、東京都新宿区長に対し、平成23年3月14日、要介護認定・要支援認定の申請を行い、同認定における調査が、被告の同席の下で、同月18日に行われた。同調査の調査票には、食事について、家族やヘルパーに配膳された通常食を自力で食べるが、食べたすぐあとに「ご飯は?」と被告に聞くこと、意思の伝達について、思ったことを発語できること、毎日の日課の理解について、今日の日付を答えたが、1人だとヘルパーが来る日に散歩に出かけてしまい不在なことが月2回ほどあること、短期記憶について、品物を見せて3分後に聞いても忘れて答えられないこと、自分の名前を言うこと並びに今の季節及び場所の理解については正しく答えたこと、外出について、散歩も決まった場所でないと外出しないが、時々帰らず被告が探しに出ること、同じ話をすることについて、同じ質問ばかり何度も被告にしており、1分おきに聞くために被告がこれを非難すると感情が混乱して泣くことがあること、物忘れについて、介護関係者の顔を忘れているほか、東北沖大地震のニュースを見るたびに新鮮に驚き、被告との伝言や約束事もできないこと、服薬について、被告が管理してヘルパーがトレーに準備するが、飲み忘れが多いこと、金銭管理について、被告が管理しているが、手持ちの1000円を渡すと行きつけのパン屋で同じパンを繰り返し買って食べてしまうほか、会計も店員に任せており、被告からは何度も注意を受けて体重も増えていること、日常生活自立度について、会員の協力もありテニスクラブに通うが、それ以外の場所には行けないこと、特記事項として、動作上はスポーツができるが、先日、テニスクラブは休業であることを被告が伝えたにもかかわらず、直後に出向いてしまったことなどが記載されている。

セ 平成23年3月17日付の主治医意見書には、平成18年ころにアルツハイマー型認知症を発症したこと、記銘力障害を中心に入浴拒否傾向、無目的行動、徘徊などを時に呈することが記載されているほか、日常生活自立度は「J2」及び「〈2〉b」の各欄にチェックが付され、認知症の中核症状として、短期記憶は「問題あり」、日常の意思決定を行うための認知能力は「いくらか困難」、自分の意思の伝達能力は「いくらか困難」の各欄にチェックが付されている。また、認知症の周辺症状として、「徘徊」の欄にチェックが付されている。

ソ アルツハイマー型認知症の病期は、初期(1期)、中期(2期)、末期(3期)に分けられ、初期には、時間の見当識障害、記銘力低下と近い出来事の記憶減退が生じ、中期には、短期・長期記憶の追想障害が進み、失語・失行・失認、人格変化、場所の見当識障害、徘徊が生じ、末期には、発動性低下、四肢筋肉のこわばり、人の見当識障害、失禁等が生じ、寝たきりで全面的な介助を要する。

タ Aは、平成24年10月、口腔底がんと診断されたが、高齢で認知症のため手術適応がないと判断され、平成25年5月××日、進行性口腔底がんにより死亡した。

(2)Aの活動等
ア Aは、Qテニスクラブに所属していたが、平成23年3月20日、同クラブで開催されたトーナメントに、被告と共にダブルスを組んで出場した。

イ Aは、平成23年6月18日、大学時代の入学クラスの同窓会に出席した。

ウ Aは、平成23年8月2日、R国際テニストーナメントの年齢別ダブルスに出場し、同日に行われた懇親会のスピーチを行った。

エ Aは、平成23年12月11日、Qテニスクラブが開催したクリスマスパーティーに被告と共に参加した。

(3)本件遺言の作成
 本件遺言は、長屋文裕弁護士(以下「長屋弁護士」という。)が被告からAの遺言の意向として聴き取った内容を基にして原案を作成し、公証人である秋山壽延に伝えるなどして作成された。なお、長屋弁護士が上記原案を作成するに当たって、Aから直接その意向を聴き取るなどしたことはない。