相続人全員の合意で遺産分割協議のやり直しができるとした判例紹介
○共同相続人は、既に成立している遺産分割協議につき、その全部又は一部を全員の合意により解除した上、改めて分割協議を成立させることができるとした平成2年9月27日最高裁判決(判時1380号89頁、判タ754号137頁)を紹介します。
○事案は、
・長男X、二男Yら共同相続人5名の遺産分割協議により、Xが係争土地を単独相続して登記終了
・その後、YがXの実印等を使用して自己名義に所有権移転登記
・XからYに対しこの登記の抹消登記手続を求め、Yは、抗弁として分割協議の修正合意又はXの持分の受贈を主張
・1、2審とも、かかる修正合意、すなわち共同相続人全員による合意解除と再分割協議は許されないとして主張自体を失当としてX勝訴
・Y上告
○1、2審の理由は、遺産分割について、再分割の繰返しを許すと法的安定性を害すること、他に贈与等による権利移転手段があることの2点を上げていましたが、平成2年9月27日最高裁判決は、既に成立している遺産分割協議の全部又は一部を合意により解除した上、改めて遺産分割協議をすることは、法律上有効としました。しかし結論は、再度の遺産分割協議の成立は証拠上認められないとして、上告棄却でした。
*********************************************
主 文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理 由
上告代理人○○○○、同○○○○の上告理由一について
共同相続人の全員が、既に成立している遺産分割協議の全部又は一部を合意により解除した上、改めて遺産分割協議をすることは、法律上、当然には妨げられるものではなく、上告人が主張する遺産分割協議の修正も、右のような共同相続人全員による遺産分割協議の合意解除と再分割協議を指すものと解されるから、原判決がこれを許さないものとして右主張自体を失当とした点は、法令の解釈を誤ったものといわざるを得ない。しかしながら、原判決は、その説示に徴し、上告人の右主張事実を肯認するに足りる証拠はない旨の認定判断をもしているものと解され、この認定判断は原判決挙示の証拠関係に照らして首肯するに足りるから、上告人の右主張を排斥した原審の判断は、その結論において是認することができる。論旨は、ひっきょう、原判決の結論に影響しない説示部分を論難するものであって、採用することができない。
同二について
所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、ひっきょう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。
よって、民訴法401条、95条、89条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官大堀誠一 裁判官角田禮次郎 裁判官大内恒夫 裁判官四ツ谷巖 裁判官橋元四郎平)
上告代理人○○○○、同○○○○の上告理由
原判決には判決に影響を及ぼすこと明らかな法令違背と経験則違反が存する。
一 原判決は、遺産分割協議の修正をしたという上告人の抗弁を主張自体失当とした第一審の判決理由をそのまま是認している。
しかし、原判決にはこの点において判決に影響を及ぼすこと明らかな法令(民法第907条)の解釈適用の違背が存する。
原判決(並びに第一審判決)が遺産分割協議の修正の合意が許されないと判断した理由は次の通りである。
(一) 民法909条本文により遡及効のある分割について再分割のくり返しが許されるとすると、法的安定性が著しくそこなわれるおそれがある。
(二) さらに、右遡及効により相続開始のときから当該権利を有することとなった者のみがその権利の処分等をなし得るものとしても、同人から贈与等を受ければ、実際上右遺産分割協議の修正と同様の結果を実現でき、当事者に不利益は生じない。
しかし、原判決の右判断は左記の理由により誤っていると言うべきである。
(一) 一般に、一旦契約を締結した場合であっても、当事者が合意すれば右契約を解除したうえ再契約をすることが可能である。
従って、遺産分割協議が一旦成立した場合であっても、相続人全員が合意すれば、右分割協議を解除したうえ再度分割の合意をすることが当然許されると言うべきである。
原判決は、再分割のくり返しが許されるとすれば法的安定性が著しくそこなわれると判示しているが、これは一般の契約の場合も同様である、遺産分割についてのみ再分割が許されない理由とはならない。
もっとも再分割により第三者の権利が害される可能性はあるが、これについては第三者を保護する別個の法理を適用することにより妥当な解決を導くことが十分に可能である。
特に本件においては、相続財産に対して第三者の権利が発生しておらず、相続人間だけの問題であるから、再分割を認めても全く不都合がないのである。
(二) 原判決の前記(二)の理由については、遺産分割協議の修正と同様の結果を実現できる方法が他に存在したとしても、そのために遺産分割協議の修正が許されない、と結論づけるのは論理の飛躍がある。
むしろ、第三者の権利を害しない場合には遺産分割協議の修正を求める方が当事者(相続人)にとって有利であるから、正面からこれを認めるべきである。
右の通り、原判決は遺産分割方法を定めた民法第907条の解釈適用を誤ったもので、その違法は判決に影響を及ぼすこと明らかである。
二 原判決は、被上告人が上告人に対し昭和57年3月末ころ本件土地の持分二分の一を贈与したとの上告人の抗弁を排斥した第一審の判決理由をそのまま是認している。
しかし、原判決にはこの点において判決に影響を及ぼすこと明らかな経験則並びに採証法則違反が存する。
即ち、原判決は、昭和57年3月末ころ上告人が被上告人方を訪れ本件土地のことについて話し合い、その際被上告人が新聞の折込広告の裏面に贈与する土地の範囲を示す線を引いたこと、同日被上告人が上告人に対し実印を交付し、その数日後本件土地の登記済証を交付し印鑑証明書を送付した事実を認めながら、「被上告人に本件土地の持分二分の一を上告人へ贈与する意思があったものと認めることはできない」と判示している。
原判決(並びに第一審判決)は、その理由として「土地の一部を譲渡するに当り、その対象となる部分・範囲は最も重要な要素であり、譲渡する者はその点については特に慎重に行動するのが通常である」という点を挙げたうえ、「被上告人が上告人に対し贈与しようとしたのは本件土地のうち車庫に見合う分の土地であった」との被上告人側の主張を認めている。
しかし、被上告人が贈与しようとしたのが車庫に見合う分という限定された範囲の土地であったとすれば、被上告人自ら分筆登記手続をするはずであるが、被上告人はそういった手続の一切を上告人に任したうえ、実印、登記済証、印鑑証明書を上告人に交付しているのである。
右の事実の他、上告人本人並びに相続人の一人であるAが「被上告人は本件土地の半分を上告人にあげると約束した」旨証言していること、〈証拠〉等に照らすと、被上告人が上告人に対し本件土地の持分の二分の一を贈与したものと認定するのが経験則に合致することが明白である。
従って原判決はその理由付けにおいて経験則並びに採証法則に違反し、その違法は判決に影響を及ぼすことが明らかである。
三 結論
以上の次第で、原判決は棄却を免れない