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小松亀一法律事務所は、「相続家族」問題に熱心に取り組む法律事務所です。

遺産分割

民法第910条に関する平成28年10月28日東京地裁判決紹介2

○「民法第910条に関する平成28年10月28日東京地裁判決紹介1」の続きで裁判所の判断部分です。



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第3 当裁判所の判断
1 争点(1)(民法910条に基づく価額の支払請求は,審判事項か訴訟事項か。)について

 被告は,民法910条に基づく価額の支払請求は,審判事項であり,本件訴えは不適法である旨主張する。

 しかし,家事事件手続法39条は,別表第一及び第二において,家事審判の手続で審判をする事項を限定列挙したものと解されているところ,同法において,別表第一及び第二には民法910条に基づく価額の支払請求が掲げられていないことからすれば,民法910条に基づく価額の支払請求は通常の民事訴訟の手続によるべきもの(訴訟事項)と解される。
 したがって,被告の前記主張を採用することができない。

2 争点(2)(原告らが被告に対して民法910条の価額の支払請求をすることができるか。)について
(1)民法910条の規定は,相続の開始後に認知された者が遺産の分割を請求しようとする場合において,他の共同相続人が既にその分割その他の処分をしていたときには,当該分割等の効力を維持しつつ認知された者に価額の支払請求を認めることによって,他の共同相続人と認知された者との利害の調整を図るものである(最二小判平成28年2月26日民集70巻2号195頁参照)。

 そして,被認知者が被相続人の子で,被認知者以外に被相続人の子がいる場合には,相続の開始後に死後認知されると,配偶者の法定相続分を除いた2分の1の法定相続分を当該子と被認知者とで分け合う関係となるものであって(民法900条1号,4号),当該配偶者が有する2分の1の法定相続分は,被認知者の出現によって影響を受けない(民法900条1号)。また,配偶者の相続権を認める根拠は,婚姻中の財産の清算及び生存配偶者の扶養ないし生活保障にあるとされ,その根拠は他の血族の相続権とは異なるものであり,配偶者は,第1順位ないし第3順位の血族相続人と並んで常に相続人となる(民法890条)ことから,配偶者の相続権は,他の血族の相続権とは全く別個の系列に属するものと解されている。

 このような配偶者の相続権に関する規定の趣旨及び民法910条の制度趣旨等に鑑みれば,被認知者が被相続人の子で,被認知者以外に被相続人の子がいる場合においては,被認知者は,被相続人の配偶者に対しては,本来,死後認知によってその法定相続分に影響を受けない別個の系列に属する相続人として,民法910条の価額の支払請求をすることはできないものと解するのが相当である。

(2)原告らは,民法910条の価額の支払請求は,相続財産が表見相続人により不法に占有されている場合に真正な相続人が表見相続人に対して相続財産の返還を包括的に請求できる相続回復請求権の一種であり、また,民法910条は死後認知前の遺産分割を尊重するという趣旨があることから,現にされた遺産分割を前提に,相続回復請求権と同様に,現実に相続分を侵害している者を価額請求の相手方とすべきである旨主張する。

 しかしながら,民法910条は,死後認知前にされた遺産分割による他の共同相続人の権利状態を尊重しつつ,被認知者の保護のために価額のみによる支払請求を認めたものであり,この支払請求が,その法的性質において相続回復請求権の一種であると解されるとしても,表見相続人による相続権の侵害の場合における相続回復請求権とはその制度趣旨を異にするものであり,上記の法的性質から直ちに,民法910条の価額の支払請求の相手方につき,現実にされた遺産分割によって相続分を侵害しているか否かを基準に決すべきものとの解釈を導くことはできないし,民法910条の上記制度趣旨から,現実にされた遺産分割の内容に従って請求の相手方を決すべきとの解釈を導くことも困難である。 

 原告らは,被相続人の配偶者が法定相続分を超えて遺産を取得した場合には,配偶者の具体的相続分は被認知者の出現によって影響を受けるのであるから,被相続人に子がいる場合の配偶者は認知によって相続分に影響を受けないとはいえない旨主張する。

 この点,被認知者に対する支払額の算定に当たっては,被認知者を含む相続人の特別受益や寄与分(家庭裁判所において別途定めることとなる。)を考慮し,相続開始時の遺産を評価して被認知者の具体的相続分率を計算した上で,支払請求時の遺産の評価額に乗ずるものであり,この限度で配偶者の具体的相続分を考慮することになるが,前記説示したところに照らせば,民法910条の価額の支払請求をすることができるか否かを判断する際に,配偶者の具体的相続分を考慮すべきものとは解されず,原告らの上記主張は採用の限りでない。

 原告らは,仮に,何ら遺産を取得していない被相続人の子に対して民法910条の価額の支払請求をした場合,その子は遺産を取得していないことから,請求された金額を支払えない可能性が高い上,仮に,被相続人の子がこれを支払った場合には,配偶者に対して請求することとなり,結局配偶者がこれを負担することとなることからすると,紛争解決としては迂遠である旨主張する。

 しかしながら,民法910条の価額の支払請求において,相手方の資産状況等によってはその履行が事実上困難な場合があり得ることは否定することができないが,既にされた遺産分割の効果を覆さない制度である以上,やむを得ないものといわざるを得ない。また,民法910条の価額の支払請求を受けた被相続人の子が,配偶者に対して求償するかどうかは,当該子の判断に委ねられるものであるから,当該子に対して上記支払請求をすることが直ちに紛争解決として迂遠であるとはいえない。
 したがって,原告らの前記主張は採用することができない。

(3)原告らは,被告は本件遺産分割協議をする時点では非嫡出子の存在の可能性を十分認識していたところ,原告らが本件調停を申し立てた際,被告のみが調停期日に出頭したが,被告は支払請求の相手方ではないとの主張は一切していなかったなどとして,被告が本件訴訟において価額の支払請求の相手方ではない旨主張することは,信義則に反し,許されない旨主張する。

 前記前提となる事実,証拠(乙3,4,6)及び弁論の全趣旨によれば,亡Dは,仕事の関係で,平成2年頃からはタイ国に滞在するようになったが,被告及びEとの関係では通常の家庭生活を送っていたこと,Fと亡Dとは平成8年頃から会うことはなかったこと,前訴においてEは,補助参加人として原告らの死後認知の請求を争っていたこと,平成21年10月29日には認知を認める旨の判決が言い渡されていることが認められ,これらの事実からすれば,被告においても,原告らが亡Dの子であることを争っていたものと推認されるが,非嫡出子の存在の可能性について認識していなかったとはいい難いところである。しかしながら,本件調停において,被告が,原告らの請求には応じられない旨の対応をし,その際,被告が支払請求の相手方とはならない旨の主張をしていなかったとしても,被告において支払請求の相手方となることを肯定していたものと解することはできず,本件訴訟において被告が上記主張をすることが信義則に反するものとはいえない。
 したがって,原告らの前記主張は採用することができない。

(4)以上によれば,原告らは,被告に対し,民法910条に基づく支払請求をすることができないものといわなければならず,原告らの被告に対する上記支払請求は,その余の点について判断するまでもなく理由がない。
 なお,被告は,民法910条の価額の支払請求の相手方とならないから,本件訴えは不適法である旨主張するが,給付請求においては,原告が給付義務者であると主張している者に被告適格があるとされ,義務を負担するか否かは本案の問題であるから,被告の上記主張は採用することができない。

3 争点(4)(被告による本件遺産の取得が不当利得といえるか。)について
 原告らは,本件遺産のうち各6分の1は原告らに帰属すべきものであるから,被告は,法律上の原因なく不法に利益を得て原告らに同額の損失を及ぼしている旨主張する。
 しかしながら,民法910条は,既にされた遺産分割の効果を覆すものではなく,これを有効とした上で価額の支払請求をすることができるとしたものであるから,本件遺産のうち各6分の1が当然に原告らに帰属するとしたものではない。その上,上記2で説示したとおり,原告らの被告に対する民法910条の価額の支払請求が認められないことからすると,原告らの財産によって被告が利益を得たとはいえない。また,被告が本件遺産を取得したのは,上記のとおり有効な本件遺産分割協議に基づくものであるから法律上の原因を欠くものとはいえない。
 したがって,原告らの上記主張も採用することができない。

第4 結論
 よって,原告らの請求は,いずれも理由がないから,主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第34部
裁判長裁判官 相澤眞木 裁判官 上村考由 裁判官 一花有香里

物件目録
1 所在   杉並区α△丁目
  地番   △△△番△
  地目   宅地
  地積   73.39平方メートル
       亡D持分 6分の5
2 所在   杉並区α△丁目△△△番地△
  家屋番号 △△△番△
  種類   居宅
  構造   木造スレート葺2階建
  床面積  1階 39.74平方メートル
       2階 40.57平方メートル
       亡D持分 6分の5