民法第887条2項に関する平成元年8月10日大阪高裁判決全文紹介
○養子縁組前の養子の子が養親の実子でもあって養親の直系卑属にあたる場合には、養親を被相続人とする相続において、養子の子は養親より先に死亡した養子を代襲して相続人となるとした平成元年8月10日大阪高裁判決(判タ708号222頁)全文を紹介します。以下の民法第877条2項に関する間違いやすい事案です。
民法第887条(子及びその代襲者等の相続権)
被相続人の子は、相続人となる。
2 被相続人の子が、相続の開始以前に死亡したとき、又は第891条の規定に該当し、若しくは廃除によって、その相続権を失ったときは、その者の子がこれを代襲して相続人となる。ただし、被相続人の直系卑属でない者は、この限りでない。
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主 文
一 原判決を次のとおり変更する。
1 原判決添付目録二記載の建物が被相続人Aの遺産であることを確認する。ただし、右目録中の「平野区東」を「平野区平野東」と更正する。
2 控訴人は、被控訴人X1に対し金270万8626円及び内金140万1440円に対しては昭和61年10月5日から、内金130万7186円に対しては昭和63年2月9日から各支払ずみまで年5分の割合による金員を、被控訴人X2、同X3及び同X4に対しそれぞれ金135万4313円及び各内金70万0720円に対しては昭和61年10月5日から、各内金65万3593円に対しては昭和63年2月9日から各支払ずみまで年5分の割合による金員を支払え。
3 被控訴人らのその余の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は第1、2審を通じてこれを4分し、その1を被控訴人らの連帯負担とし、その余を控訴人の負担とする。
三 この判決の一の2は仮に執行することができる。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 控訴人
1 原判決中、控訴人敗訴部分を取り消す。
2 被控訴人らの請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は第1、2審とも被控訴人らの負担とする。
二 被控訴人ら
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。
第二 当事者の主張
当事者双方の主張は、次のとおり付加するほかは、原判決の事実摘示のとおりであるからそれを引用する。なお、控訴人は本案前の主張を当審において撤回した。
一 控訴人の主張
1 原判決が本件建物(原判決添付目録二記載の建物、ただし、「平野区東」を「平野区平野東」に訂正する。)は亡Aの遺産であると認定したのは誤りである。原判決は、「被告(控訴人)自身、遺産分割調停においては、Aには相当の資産があった旨主張しているところであって、そのように資産のあったAが本件建物の建築費のうち150万円について被告(控訴人)の出捐を仰がねばならない合理的理由はない」旨判示しているが、控訴人がAの遺産分割調停において、Aに相当の資産があったと主張した趣旨は、遺産分割調停申立時である昭和61年10月3日には相当額の資産を有していたとの意味であって、本件建物を建築した昭和50年7月ころのことを述べたものではない。
2 本件建物及び本件土地(原判決添付目録一記載の土地、ただし、「平野区東」を「平野区平野東」と訂正する。)は、控訴人に贈与あるいは死因贈与されたものである。Aは、生前、自己が死亡した後の控訴人の生活を心配し、本件建物及び本件土地を控訴人に与える旨しばしば控訴人や木村正吉夫婦に述べており、死亡直前の昭和59年10月26日午後7時30分過ぎころ、右木村正吉夫婦に対して「日頃言うたようにお願いします。」と言ったのであるから、本件建物及び本件土地はその時控訴人に贈与され、あるいは死因贈与されたものであることが明らかである。Aには他にも多くの財産が存するにもかかわらず、本件土地建物のみに言及していることからすれば、Aの意思を遺産分割方法の指定と解することはできない。
3 原判決は控訴人が得たとされる利得額の算定を誤っている。
(一) 本件建物には自動車18台が駐車することは可能であるけれども、満車状態にはなく、通常の契約車両台数は10台である。また、駐車料金も昭和62年1月までは一台当たり月額金1万5000円であった。そして、青空部分(本件土地のうちの本件建物敷地以外の部分)からの収益も、原判決が認定しているよりも低額である。
(二) 控訴人が本件賃料収入を得るについては、次のとおりの経費を要している。
(1) 本件建物の固定資産税及び都市計画税
昭和59年から昭和61年まで毎年各金3万5400円
(2) 本件土地の固定資産税及び都市計画税
昭和59年分 金136万2220円
昭和60年分 金149万8440円
昭和61年分 金164万8280円
(3) 平野消防協力会会費
昭和59年から昭和61年まで毎年各金3000円あて合計金9000円
(4) 平野警察署管内モータープール組合費
昭和59年から昭和61年まで毎年各金1万2000円あて合計金3万6000円
(5) 管理人給料
昭和59年から昭和61年まで毎年各金18万円あて合計金54万円
(6) 昭和60年12月2日支払のガレージ外部フェンス工事代金29万円
(7) 昭和61年3月10日支払のシャッター修理代金2万5000円
二 被控訴人らの主張
1 控訴人の当審における主張1及び2はいずれも否認する。
2 控訴人の当審における主張3(一)記載の事実は、否認する。
同3(二)(1)記載の事実は知らない。ただし、A生存中は同人が支払ってきた。同(2)記載の事実は否認する。昭和59年分はAが支払い、昭和60年以降は控訴人2分の1、被控訴人らが2分の1を各負担している。同(3)及び(4)記載の事実は知らない。仮に支払っているとしても昭和59年分はAが支払ったものである。同(5)ないし(7)記載の事実はいずれも否認する。
第三 証拠〈省略〉
理 由
一 Aの死亡とその相続関係及び本件建物の所有権の帰属に関する当裁判所の判断は、次のとおり訂正、付加するほかは、原判決6枚目裏末行冒頭から9枚目裏末行末尾までと同一であるから、それを引用する。
1 原判決の訂正
原判決7枚目裏7行目、同10行目、同9枚目裏3行目及び同5行目の各「被告」をいずれも「原審における控訴人」に、同9枚目裏7行目の「前記6」を「前記7」に各改める。
2 被控訴人X2の相続権について
控訴人は、被控訴人X2の相続権を争っているので、若干付言する。
Aが昭和59年10月26日に死亡したこと、控訴人がAの妻であり、被控訴人X1がAと先妻Bとの間の長女であり、被控訴人X2が右X1と亡C(Aと控訴人の養子)間の長女、被控訴人X3が右X1と右C間の二女であり、被控訴人X4がAとD間の子であってAにより認知されたものであることは当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第一、第二号証によれば、右Cは昭和39年2月25日A及び控訴人の養子となる縁組届出をし、同日、被控訴人X1と婚姻届出をしたこと、被控訴人X2は右縁組届出の日の約2週間前の同年2月12日に出生し、被控訴人X3は昭和41年8月22日に出生したこと、右Cは昭和52年6月9日死亡したことの各事実が認められる。
原判決は、右事実関係の下においては、X2はAの養子である亡Cの子であり、かつ、Aの直系卑属(X1の子)でもあるから、亡Cの代襲者としてAの遺産につき相続権がある旨判示したが、当裁判所も右見解に同調するものである。
この点につき、右X2は亡Cの養子縁組前の子であるから、亡Cを通じてAとは親族関係を生ぜず、したがってAの死亡による相続に関して亡Cの代襲者にはなり得ないとの考え方があるが、民法887条2項ただし書において、「被相続人の直系卑属でない者」を代襲相続人の範囲から排除した理由は、血統継続の思想を尊重するとともに、親族共同体的な観点から相続人の範囲を親族内の者に限定することが相当であると考えられたこと、とくに単身養子の場合において、縁組前の養子の子が他で生活していて養親とは何ら係わりがないにもかかわらず、これに代襲相続権を与えることは不合理であるからこれを排除する必要があったことによるものと思われるところ、本件の場合には、右X2はその母X1を通じて被相続人Aの直系の孫であるから右条項の文言上において直接に違反するものではなく、また、被相続人との家族生活の上においては何ら差異のなかった姉妹が、亡父と被相続人間の養子縁組届出の前に生れたか後に生れたかの一事によって、長女には相続権がなく二女にのみ相続権が生ずるとすることは極めて不合理であるから、衡平の観点からも、右X2には被相続人Aの遺産に関し代襲相続権があると解するのが相当である(ちなみに、本件のような事例において、戸籍先例は、縁組前の養子の子に代襲相続権を認めている。昭和35年8月5日民事甲第1997号民事局第二課長回答)。よって、被控訴人X2に相続権がないとする控訴人の主張は失当というべきである。
3 本件建物の所有権について
控訴人は、本件建物は控訴人自身がその建築費用の大半を負担したと主張し、原審及び当審における控訴人本人尋問の結果中には、本件建物を建築した昭和50年当時、Aにはほとんど蓄えがなく、金300万円の建築費用のうち金150万円は控訴人が負担したとの部分が存する。しかし、〈証拠〉によれば、Aは、昭和50年当時においても、預貯金は別としても相当の不動産を所有していたことが認められる。また、原審及び当審において、控訴人は、自己が出捐した金員は、Aが撚糸工場を経営していたときにその手伝いをして得た給料と、結婚の際持参した金50万円とを加えたものである旨述べているが、前者はあいまいでその裏付けもなく、後者については、〈証拠〉によれば、控訴人とAとが正式に婚姻の届出をしたのは昭和38年12月18日であるけれども、実際に嫁いで生活をしたのは昭和17年4月17日であると認められるから、右時期に控訴人が金50万円もの大金を持参金として所持していたとは信じがたいところである。よって、本件建物の建築費用の負担に関する控訴人の主張は採用できない。
二 贈与又は死因贈与を受けたとの主張について
当裁判所も、控訴人の右主張は採用し得ないものと判断するが、その理由は、原判決10枚目裏12行目と11枚目裏5行目の各「被告」をいずれも「原審における控訴人」に、同11枚目表3行目から4行目の「10月25日」を「10月26日」各改めるほかは、原判決10枚目裏11行目冒頭から11枚目裏8行目末尾までと同一であるから、それをここに引用する。なお、Aが死に際して言及したのが、控訴人と本件土地建物のことのみであったとしても、そのことにより右判断が左右されるものではない。
三 本件駐車場からの収益について
1 本件駐車場(本件建物と青空部分とを合わせたもの)の賃貸による賃料収入額について
(一) 本件駐車場が賃貸されていることは当事者間に争いがなく、先に認定した事実(原判決7枚目表11行目冒頭から同九枚目裏末行末尾まで)からすれば、本件駐車場の貸主はAであったと推認することができる。
(二) 本件建物を撮影した写真であることは当事者間に争いがなく、〈証拠〉によれば、本件建物内に駐車可能な車両台数は18台であって、通常、満車状態であること、右駐車料金は、昭和59年は一台当たり月額金1万2500円、昭和60年1月から昭和62年6月までは同じく金1万5000円であり、同年7月からは同じく金1万7000円となったこと、青空部分は一括して賃貸しており、その賃料額は、昭和59年から昭和61年12月までは年額金122万円、昭和62年1月から同年6月までは月額金12万円、同年7月からは同じく金14万円であること、控訴人は、左海始に本件建物のうちのガレージ一つを無料で貸与し、その代わりに本件建物の管理等を行わせていることが認められる。
(三) 控訴人は、本件建物には18台の駐車が可能であるけれども、現実に駐車契約をしていたのは10台にすぎないと主張し、〈証拠〉中には右主張に沿う部分が存する。しかし、控訴人本人は原審において、「ガレージ収入はどのくらいか」との質問に対し、「ガレージの建物のある部分は一か月35万ないし36万円であり、青空部分は12万くらい」と返答していること、控訴人は当審において、駐車料金の受領帳は昭和59年から存し、昭和62年ころからは、ほとんどが銀行振込となったと述べているところ、結局これらの帳簿類は提出されなかったことからすれば、控訴人の右主張を採用することはできない。
(四) そうすると、A死亡後の昭和59年11月1日から昭和61年7月末日までの間の本件駐車場の賃料は、別紙計算書1の昭和61年7月分までに記載したとおり、合計金740万4999円となり、同年8月1日から昭和62年12月末日までのそれは、同計算書の昭和62年12月分までに記載したとおり、合計金660万7333円となる。
2 本件駐車場経営のための経費について
(一) 〈証拠〉によれば、当審における控訴人の主張3(二)(3)(消防協力会費)、(6)(フェンス工事代)及び(7)(シャッター修理代)記載の各事実を認めることができる。
(二) 控訴人の主張3(二)(1)(本件建物の固定資産税等)については、〈証拠〉によれば、控訴人は本件建物につき昭和60年分と昭和61年分の固定資産税等を支払ったと認められるけれども、昭和59年分については、その納税すべき時期からみて、Aが支払ったと認めるのが相当である。
(三) 控訴人の主張3(二)(2)(本件土地の公租公課)についてはこれを認めるに足りる証拠はなく、かえって、当審における控訴人本人尋問の結果によれば、A死亡後の本件土地の公租公課は、控訴人と被控訴人らとで二分の一あて負担していることが認められ、その反面、A生存中のものはA自身が支払ったと推認することができる。
(四) 控訴人の主張3(二)(4)(組合費)については、〈証拠〉によれば、控訴人は、昭和60年分と昭和61年分はその主張の組合費を支払ったと認められるけれども、〈証拠〉によれば、昭和59年度の組合費は、A死亡前に支払われていることが認められるから、右組合費はAが支払ったものと認めるのが相当である。
(五) 控訴人の主張3(二)(5)(管理人給料)については、〈証拠〉によれば、左海始作成名義の駐車場管理費の領収証明書が存することが認められるけれども、前述のとおり、左海は本件建物のうちのガレージ一つを無料で使用しており、控訴人が管理費と主張している金額が本件建物のガレージ一つ分の賃料額と符合していることからすると、前記証拠のみでは未だ控訴人主張の管理費を肯認することはできず、他にはこれを認めるに足りる証拠はない。
よって、昭和61年7月末日までに控訴人において要した経費は、別紙計算書2の昭和61年7月分までに記載したとおり合計金39万7800円であり、昭和61年8月から昭和62年12月末日までに要した経費は、同計算書昭和62年12月分までに記載したとおり合計金7万1400円となる(なお、控訴人は、昭和62年分の経費については具体的に主張していないが、少くとも前年度と同程度の通常経費は要したものと推認されるところ、賃料収入につき昭和62年12月末日までの分を計上した関係で、これとの均衡上、同年分の経費についてもこれを計上した。)。
3 以上によれば、本件駐車場からの収益額は、右1の賃料収入額から2の経費を控除したものということになるところ、昭和59年11月1日から昭和61年7月31日までの収益額は金700万7199円、同年8月1日から昭和62年12月31日までの収益額は金653万5933円となり、その合計額は金1354万3132円となることが計数上明らかである。
四 控訴人が、本件駐車場からの賃料を昭和59年11月1日以降すべて取得していることは、当事者間に争いがなく、控訴人が経費を支出したことは右三において認定したとおりである。
五 被控訴人らが、本件不当利得金のうち昭和59年11月1日から昭和61年7月末日までの分については昭和61年10月4日に控訴人に送達された本件訴状によって、同年8月1日から昭和62年12月末日までの分については昭和63年2月8日の原審における本件口頭弁論期日においていずれも支払を催告したことは記録上明らかである。
六 以上によれば、被控訴人らの本訴請求のうち、遺産確認請求部分は正当として認容すべきであり(ただし、原判決添付目録中「平野区東」とあるのは、〈証拠〉によれば「平野区平野東」の誤りであることが明白であるから、これを更正する。)、不当利得返還請求部分は、被控訴人古川X1に対し、前記金1354万3132円のうち相続分の10分の2にあたる金270万8626円及び内金140万1440円に対しては昭和61年10月5日から、内金130万7186円に対しては昭和63年2月9日から各支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払、被控訴人古川X2、同古川X3及び同村上X4に対し、それぞれ前記金1354万3132円のうち各相続分の10分の1にあたる金135万4313円及び各内金70万0720円に対しては昭和61年10月5日から、各内金65万3593円に対しては昭和63年2月9日から各支払ずみまで民事法定利率年5分の割合による遅延損害金の各支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当として棄却すべきところ、原判決は一部結論を異にするのでこれを変更し、訴訟費用の負担につき民訴法96条、89条、92条本文、93条1項ただし書を、仮執行宣言につき同法196条1項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官日野原昌 裁判官大須賀欣一 裁判官加藤誠)