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小松亀一法律事務所は、「相続家族」問題に熱心に取り組む法律事務所です。

親子

DNA鑑定99.999998%父子でなくても法律上は父子とした最高裁判決紹介3

○「DNA鑑定99.999998%父子でなくても法律上は父子とした最高裁判決紹介2」の続きです。
私は、原審の「嫡出推定が排除される場合を妻が夫の子を懐胎する可能性がないことが外観上明白な場合に限定することは,相当でない。民法が婚姻関係にある母が出産した子について父子関係を争うことを厳格に制限しようとした趣旨は,家庭内の秘密や平穏を保護するとともに,平穏な家庭で養育を受けるべき子の利益が不当に害されることを防止することにあると解されるから,このような趣旨が損なわれないような特段の事情が認められ,かつ,生物学上の親子関係の不存在が客観的に明らかな場合においては,嫡出推定が排除されるべきである。」との考えを支持しています。

○私は、DNA鑑定99.999998%父子でなくても法律上は父子とした最高裁判決は、法的安定性を重視する余りに具体的妥当性を無視した極めて非常識な判決と確信しています。実は、法律実務では、先例と法的安定性にこだわる余りに具体的解決としては全く不当な結論になる例が結構あります。最高裁判決の中では、原審高裁判例が、法的安定性にこだわって不当な結論を出したものを最高裁が具体的に妥当な結論に是正する例もたまにあります。本件は、逆のケースです。

○本件は、戸籍上父B(上告人)の子となっている6歳児の親権者母Aが法定代理人としてB相手に親子関係不存在確認の訴えを提起し、一審・二審とも認めたものを、最高裁が法的安定性を理由にひっくり返したものです。6歳児は真実の父Cと再婚した母Bと3人家族で生活しています。このような場合、戸籍上父が親子関係不存在確認に同意し、家裁での合意に代わる審判書によって戸籍を訂正することが出来、通常は、この手続で解決します。私も過去に扱ったことがあります。

○ところが、本件ではBが、親子関係不存在確認同意を頑として拒み続けたようです。その理由は定かではありませんが、意地になって拒んでいるとしか思えません。最高裁判決書だけでは、Bの戸籍上の父としての利益を守る必要性がどこにあるのか全く見えません。一審・二審判決文を読んで勉強してみます。

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裁判官金築誠志の反対意見は,次のとおりである。
 私は,多数意見と異なり,本件において親子関係不存在確認請求を認めた原判決の結論は相当であり,これは維持すべきものと考える。
1 本件は,妻Aが夫Bとの婚姻中に懐胎した子について,B以外の男性Cがその生物学上の父である確率は99.99%であるとされているところ,出産から約2年後にBはAの不倫を知り,そのしばらく後にAは子を連れてBと別居し,現在ではAは子とともにCと生活しており,Aの提起した離婚訴訟中であるが,子がAを法定代理人としてBに対し親子関係不存在確認の訴えを提起したという事案である。

 多数意見は,上記のような事情があっても,子の身分関係の法的安定を保持する必要が当然になくなるものではなく,また,妻がその子を懐胎すべき時期に,既に夫婦が事実上の離婚をして夫婦の実態が失われ,又は遠隔地に居住して夫婦間に性的関係を持つ機会がなかったことが明らかであるなど,いわゆる外観説が,民法774条以下の規定にかかわらず,親子関係不存在確認の訴えをもって夫と子との間の父子関係の存否を争うことができるとしている事情も認められないから,本件訴えは不適法であるとする。

 したがって,本件の結論を左右するポイントは,法律上の父子関係の確定において血縁をどう位置づけるか,子の福祉の観点から父の確保の問題をどう考えるべきか,嫡出推定を受ける子については外観説が認める場合以外親子関係不存在確認の訴えは一切認められないのかといったことになると思われる。

2 法律上の父子関係が生物学上の父子関係と一致しない場合が生ずることを民法が容認していることは,多数意見の指摘するとおりであるが,民法が生物学上の父子関係をもって本来の父子関係とみていることは,血縁関係の有無が嫡出否認の理由の有無や認知の有効性を決定する事由とされていることからも明らかであろう。

 本件において,子はCと生物学上の父子関係を有し,Bとはその関係を有しないことが,証拠上科学的に確実であり,そのことが法廷の場で明らかにされている。しかし,Bから嫡出否認の訴えが提起されなかった結果,また,Bが父子関係の解消に同意しない状況で後述の合意に相当する審判も成立の見込みがないため,もし親子関係不存在確認の訴えが認められないとすれば,Bとの法律上の親子関係を解消することはできず,Cとの間で法律上の実親子関係を成立させることができない。血縁関係のある父が分かっており,その父と生活しているのに,法律上の父はBであるという状態が継続するのである。果たして,これは自然な状態であろうか,安定した関係といえるであろうか。

 確かに親子は血縁だけの結び付きではないが,本件のように,血縁関係にあり同居している父とそうでない父とが現れている場面においては,通常,前者の父子関係の方が,より安定的,永続的といってよいであろう。子の養育監護という点からみても,本件のような状況にある場合,Bが子の養育監護に実質的に関与することは,事実上困難であろう。また将来,Bの相続問題が起きたとき,Bの他の相続人は,子がCではなくBの実子として相続人となることに,納得できるであろうか。

 Cと親子になりたければ,養子縁組をすればよいという意見もあるが,法的な効果に変わりはないとしても,心情的には実子関係と異なるところがあろう。血縁関係のないBとの法律上の父子関係が残るということも,子の生育にとって心理的,感情的な不安定要因を与えることになるのではないだろうか。さらに,Bとの法律上の父子関係が解消されない限り,Cに認知を求めるという方法で,子が自らのイニシアチヴによりCとの法律上の父子関係を構築することはできないのであって,Bに対する親子関係不存在確認の訴えを認めないことは,子から,そうした父を求める権利を奪っているという面があることを軽視すべきでないと思う。それとともに,本件のような場合は,Bとの法律上の父子関係が解消されたとしても,直ちに,Cという父を確保できる状況にあるということもできる。

3 民法が,嫡出推定を受ける子について,原告適格及び提訴期間を厳しく制限した嫡出否認の訴えによるべきこととしている理由は,家庭内の秘密や平穏を保護するとともに,速やかに父子関係を確定して子の保護を図ることにあると解されている。そうすると,夫婦関係が破綻し,子の出生の秘密が露わになっている場合は,前者の保護法益は失われていることになるし,これに加え,子の父を確保するという観点からも親子関係不存在確認の訴えを許容してよいと考えられる状況にもあるならば,嫡出否認制度による厳格な制約を及ぼす実質的な理由は存在しないことになるであろう。

 私は,科学的証拠により生物学上の父子関係が否定された場合は,それだけで親子関係不存在確認の訴えを認めてよいとするものではなく,本件のように,夫婦関係が破綻して子の出生の秘密が露わになっており,かつ,生物学上の父との間で法律上の親子関係を確保できる状況にあるという要件を満たす場合に,これを認めようとするものである。嫡出推定・否認制度による父子関係の確定の機能はその分後退することにはなるが,同制度の立法趣旨に実質的に反しない場合に限って例外を認めようというものであって,これにより同制度が空洞化するわけではない。形式的には嫡出推定が及ぶ場合について,実質的な観点を導入することにより,嫡出否認制度の例外を認めるという点では,外観説と異なるものではない。

 外観説を超えて,本件のようなケースでの親子関係不存在確認の訴えを認めると,その要件が不明確になるという批判が予想されるが,夫婦関係の破綻は,離婚訴訟において日常的に認定の対象としている要件であり,子の出生の秘密が露わになっていること,生物学上の父との法律上の親子関係を確保できる状況にあるという要件も,とくに不明確ということはないと思う。外観説は,一般的にいえば,夫婦関係の内部に立ち入らずに判断することができ,要件該当性の点でも明確な場合が多いとはいえようが,例えば,最高裁平成7年(オ)第1095号同10年8月31日第二小法廷判決・裁判集民事第189号437頁の事案では,性交渉ないしその機会の有無等をも認定して婚姻の実態の存否を判断しているのであって,こうしたケースでは要件の明確性の差はあまりないといえよう。

 親子関係不存在確認の訴えについては,法律上の利害関係のある者であれば誰でも提起できるとされていることが,その適用範囲を広げることに消極的な態度を採る理由とされることも考えられる。人事訴訟である親子関係不存在確認の訴えについて,この点を一般の法律関係不存在確認訴訟と全く同様に考えなければならないかは疑問であって,最高裁平成7年(オ)第2178号同10年8月31日第二小法廷判決・裁判集民事第189号497頁における福田裁判官の意見を傾聴すべきものと考えるが,本件の論点ではないから,立ち入らない。むしろ,本件では,母が子の法定代理人として訴えを提起していることについて,本当に子の利益を考えてのことか疑問を呈する向きがあるかもしれない。その点に疑いがある事案では,本件で行われているように,子に特別代理人を選任することが適当であろう(特別代理人は,子の現状を調査の上,親子関係の不存在を確認することが望ましい旨の意見を述べている)。

 そもそもの原因は妻の不倫にあることから,本件親子関係不存在確認の訴えを認めることに躊躇を覚えるということもあるかもしれないが,この点は外観説でも同様であり,父子関係の確定という子がそのアイデンティティの問題として最大の利害関係を持つ事柄について,そういった事柄を訴えの適否に影響させることは相当ではないと思われる。

4 身分法においては,何よりも法的安定性を重んずるべきであり,法の規定からの乖離はできるだけ避けるべきだという意見があることは十分理解できるが,事案の解決の具体的妥当性は裁判の生命であって,本件のようなケースについて,一般的,抽象的な法的安定性の維持を優先させることがよいとは思われない。

 家庭裁判所の実務においては,家事事件手続法277条(旧家事審判法23条)の合意に相当する審判により,嫡出推定を否定する方向でこの種の紛争の解決が図られることが少なくなく,外観説の枠に収まらない運用もなされていると紹介する文献もある。このような運用がなされているとすれば,具体的に妥当な解決を図る目的で,嫡出否認制度の厳格さを回避するために生まれた運用ではないかと思われる。本件のような事案の解決においても民法772条により推定される父の意思が決定的に重要であると考えるなら別であるが,そうとは考えられないのであって,このような合意に相当する審判の運用と,本件において親子関係不存在確認の訴えを認めることとの距離は,それほど遠いものではないように思われる。

 なお,親子関係不存在確認の訴えが適法とされる場合を広げると,DNA検査の強制や濫用的利用につながるのではないかと危惧する向きもあるようであるが,DNA検査は,現在既に認知訴訟等においてだけではなく,訴訟以外の場面でも広く利用されており,本件のような親子関係不存在確認訴訟を認めるか否かに関わりなく,濫用的利用のおそれは存在している。濫用防止等のために,立法ないし法解釈上一定の規制が必要であるとすれば,それはそれとして検討すべきことであろう。本件において強制や濫用的利用の問題があるわけではなく,DNA検査の結果親子関係の有無が明らかになることは,濫用的利用等がなくとも今後も生じ得るのであるから,本件において親子関係不存在確認の訴えを認めるかどうかの問題とは,切り離して考えるべきであると思う。

 裁判官白木勇の反対意見は,次のとおりである。
 私は,多数意見と異なり,本件において親子関係不存在確認請求を認めた原判決の結論は相当であり,これを維持すべきものとする金築裁判官の意見に賛同するものである。
1 民法の規定は,原則として,血縁のあるところに親子関係を認めようとするものであると考えられるが,法文上は,妻が婚姻中に懐胎した子は,夫の子と推定するとされ(772条1項),夫の子であるという推定を覆すことができるのは,夫による嫡出否認の訴えによってだけであり,夫以外の何者もこの訴えを提起することができないとされているばかりか,夫による嫡出否認の訴えの提訴可能期間も,子の出生を知った時から1年以内に限るとされている(774条以下)。つまり,制度的には,1年の提訴期間を過ぎると,夫の子でないことが明らかな場合であっても,法的に父子関係を争うことは一切許されないものとされている。

 このような制度が設けられた理由として,一つには,家庭の平和を維持する必要があること,二つには,法律上の父子関係を早期に確定させる必要があることなどが指摘されている。その背景には,母子関係は懐胎・分娩という外形的な事実により確認され得るのに対して,父子関係を証明することは極めて困難であるという事情もあったと思われる。

2 しかし,父子間の血縁の存否を明らかにし,それを戸籍の上にも反映させたいと願う人としての心情も法律論として無視できないものがある。そこで,当審判例は,妻がその子を懐胎すべき時期に,既に夫婦が事実上の離婚をして夫婦の実態が失われ,又は遠隔地に居住して,夫婦間に性的関係を持つ機会がなかったことが明らかであるなどの事情が存する場合には,その子は実質的には民法772条1項の父子関係の推定を受けないとしてきた(多数意見の引用する昭和44年5月29日第一小法廷判決以下の3つの最高裁判決参照)。このことは,民法の規定する制度がもはや本来の姿のままでは維持できない事態に至っていることを意味するというべきであろう。

3 近年,科学技術の進歩にはめざましいものがあり,例えばDNAによる個人識別能力は既に究極の域に達したといわれている。検査方法によっては,特定のDNA型が出現する頻度は約4兆7000億人に一人となったとされる。世界の人口は約70億人と推定されるから,確率的には,同一DNA型を持つ人間は地球上に存在しない計算になる。この技術により,父子間の血縁の存否がほとんど誤りなく明らかにできるようになったが,そのようなことは,民法制定当時にはおよそ想定できなかったところであって,父子間の血縁の存否を明らかにし,それを戸籍の上にも反映させたいと願う人情はますます高まりをみせてきているといえよう。

4 以上の事情を踏まえると,民法の規定する嫡出推定の制度ないし仕組みと,真実の父子の血縁関係を戸籍にも反映させたいと願う人情とを適切に調和させることが必要になると考える。その実現は,立法的な手当に待つことが望ましいことはいうまでもないが,日々生起する新たな事態に対処するためには,さしあたって個々の事案ごとに適切妥当な解決策を見出していくことの必要性も否定できないところである。本件においては,夫婦関係が破綻して子の出生の秘密が露わになっており,かつ,血縁関係のある父との間で法律上の親子関係を確保できる状況にあるという点を重視して,子からする親子関係不存在確認の訴えを認めるのが相当であると考えるものである。

 (裁判長裁判官 白木勇 裁判官 櫻井龍子 裁判官 金築誠志 裁判官 横田尤孝 裁判官 山浦善樹)