○「
遺産として預貯金しかない場合の特別受益控除は4」で平成7年3月7日最高裁判決(民集49巻3号893頁、判タ905号124頁、判時1562号50頁)を紹介していましたが、この最高裁判決の具体的事案調査が必要になり、第一審平成元年10月6日東京地裁判決(判時1344号149頁等)を紹介します。
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主 文
一 本件訴えを却下する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 原告と被告らとの間において、
(一) 別紙物件目録(一)記載の各物件は、同目録記載の日に訴外亡Aから被告Bに、
(二) 別紙物件目録(二)記載の各物件は、同目録記載の日に訴外亡Aから被告Cに、
(三) 別紙物件目録(三)記載の各物件は、同目録記載の日に訴外亡Aから被告Dに、
それぞれ贈与された民法903条所定のみなし相続財産であることを確認する。
2 訴訟費用は被告らの負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
1 本案前の答弁
主文同旨
2 本案の答弁
(一) 原告の請求を棄却する。
(二) 訴訟費用は原告の負担とする。
第二 当事者の主張
一 請求原因
1(相続)
訴外Aは、昭和45年11月26日死亡し、原告及び被告らがこれを相続した。
2(遺産分割審判の申立て)
被告らは、原告を相手方として、昭和47年10月、右A(以下「亡A」という。)の遺産の分割を求める審判の申立てをなし(東京家庭裁判所昭和47年(家)第11187号事件)、同事件は、現在、係属中である。
3(生前贈与)
(一) 別紙物件目録(一)記載の各物件は、同目録記載の日に亡Aから被告Bに、
(二) 別紙物件目録(二)記載の各物件は、同目録記載の日に亡Aから被告Cに、
(三) 別紙物件目録(三)記載の各物件は、同目録記載の日に亡Aから被告Dに、
それぞれ生計の資本として贈与された。
4(確認の利益)
被告らは、右各生前贈与があったことを争っている。
よって、原告は、被告らとの間において、別紙物件目録(一)ないし(三)記載の各物件が請求の趣旨1項記載のとおりのみなし相続財産であることの確認を求める。
二 被告らの本案前の主張
特定の物件が民法903条所定のみなし相続財産にあたるか否かは、遺産分割審判の前提事項として、家庭裁判所がこれを審理し、判断することができるところ、本件のように既に遺産分割の審判手続が開始されている場合にあっては、訴訟経済の見地からみて、当該審判の前提問題にあたる事項は、まず、家庭裁判所の右審判手続に委ねられるべきであり、その審判を経ずに、民事訴訟を提起することは許されない。
さらに、本件においては、原告も亡Aから生計の資本として種々の財産の生前贈与を受けているが、原告が右生前贈与を否定するので、被告らは、原告が否定する生前贈与について、前記審判事件において、審理判断を求める予定である。そうとすれば、同一の遺産分割において、一方の生前贈与については訴訟手続で審理判断されるが、他方の生前贈与については審判手続で審理判断されるということになり、極めて不合理・不都合である。
三 被告らの本案前の主張に対する原告の反論
共同相続人中に、生計の資本として生前贈与を受けた特別受益者が存在する場合には、各相続人は、民法903条、904条の持戻計算規定によって定められた具体的相続分の割合で相続財産を承継するものであり、右具体的相続分は実体的権利であるから、その権利主張は訴訟事項に属することになる。そして、右権利主張の訴訟類型としては、本訴請求のごとく、特定財産が「特別受益財産」であること、すなわち、「生計の資本としての贈与(民法903条所定のみなし相続財産)」であることの確認を求める訴えによるべきである。
また、本件訴えは、被告らが当該財産の価額を計算上遺産に持ち戻すべき地位にあることの確認を求めるものであり、それは、法律関係の存否の確認を求める訴えというべきであるから、この点からみても、本件訴えは適法である。
さらに、仮に特別受益の存否が地方裁判所で裁判されず、家庭裁判所の専属管轄事項であるとすれば、その存否について、当事者は、最後まで公開の法廷における裁判を受ける機会が与えられないことになり、憲法82条一項に違反することとなる。
四 請求原因に対する認否
1 請求原因1は認める。
2 同2は認める。ただし、被告らは、原告主張の申立てを昭和62年11月24日に取り下げた。
なお、原告は、被告らの右申立てとは別途に、被告らを相手方として、東京家庭裁判所に遺産分割審判の申立てをなし、現在、右審判手続が進行中である(昭和62年(家)第14473号事件)。
3 同3は否認する。
4 同4は認める。
理 由
原告の本訴請求は、別紙物件目録(一)ないし(三)記載の各物件が亡Aの「みなし相続財産」にあたることの確認を求めるものであるが、被告らは、右請求に係る本件訴えが不適法である旨主張し、その却下を求めるので、右訴えの適否を判断するに、民法903条一項は、同項所定のいわゆる特別受益の価額を相続開始時における相続財産とみなして、共同相続人の具体的相続分算定の基礎とすべき旨を定めているので、右にいう「みなし相続財産」という概念は、少なくとも具体的相続分算定のための一つの要件として、これを把握することができる。
しかしながら、共同相続人の具体的相続分は、その算定の前提として、被相続人の死亡により開始された相続について、各相続人の特別受益及び寄与分のすべての確定が必要不可欠であり、したがって、特定の相続人の特別受益、すなわち、特定の「みなし相続財産」の存否だけを既判力をもって確定したとしても、直ちに右具体的相続分の算定が可能となるわけのものではない。のみならず、民法904条の2、家事審判法9条1項乙類9の2、家事審判規則103条の3によれば、具体的相続分算定のための他の要件であり、特別受益と同じく法定相続分及び指定相続分の修正要素である寄与分については、当事者間の協議で定まらない場合、それは家庭裁判所の審判に委ねられ、しかも、その審判は、遺産分割と同時に行われるべきものとされているから、協議により寄与分が定められた場合を除き、特別受益の有無・価額ないし「みなし相続財産」の存否が観念的に確定されたとしても、更に上位の概念であり、遺産分割に対し、より直接的な影響を及ぼす具体的相続分を、遺産分割前に、訴訟によって確認することが不可能であることは明らかである。
そこで、これらの諸点を総合して考えてみると、「みなし相続財産」という概念は、遺産分割にあたり、具体的相続分を算定するための観念的操作基準として認識すべきものであって、遺産分割の前提概念としてのみ意義を有するにすぎないと解さざるを得ず、私人間の権利義務の客体としてはこれを把握できないうえ、一般的には、その確定により、遺産分割当事者間の法律上の紛争の抜本的解決を期することができるものともいい難い。
してみると、「みなし相続財産」であることの確認を求める訴えは、それを、当該事件の被告が「みなし相続財産」の価額を遺産に持ち戻すべき地位にあることの確認を求める訴えと言い替えてみても、結局は民法903条1項所定の要件事実の確認を求めるに帰着し、かつ、紛争解決機能の面からしても、確認訴訟の対象たる適格を欠くものというべきであり、専ら遺産分割の前提問題として、寄与分と同様に家庭裁判所の判断の対象となり得るにすぎないと解するのが相当である。
なお、「みなし相続財産」ないし特別受益の性格が以上説示のとおりであるとすれば、その点に関する審理手続は、法律上の実体的権利義務の存否を確定するための本来の訴訟事件手続に該当せず、非訟事件の本質を有する遺産分割手続の一部を構成するにすぎないから、当該手続が公開の法廷で行われないことについて、憲法82条1項の違反をいう原告の主張は理由がない。
よって、原告の本件訴えは不適法であるからこれを却下することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 尾方 滋 裁判官 西口 元 裁判官 野島秀夫)