相続放棄をした者に相続放棄を無効として訴え提起は可能
○被相続人Aが債権者Xに対し金1000万円の債務を残して死亡し、唯一の相続人が長男Bで、BがA死亡時から3箇月を経過すると、原則として単純承認したものとみなされ、AのXに対する1000万円の債務は相続人Bに相続承継され、BはXに対し1000万円の支払義務を負うのが原則です。但し、A死亡時から1年経過後にXがBに対し、相続承継を理由に金1000万円の請求書を送り、この請求書を見たBは初めてAの債務の存在を知った場合、BはAの債務を初めて知ったとして相続放棄の申述をして受理される場合があります。
○相続放棄の関連条文は以下の通りです。
第915条(相続の承認又は放棄をすべき期間)
相続人は、自己のために相続の開始があったことを知った時から3箇月以内に、相続について、単純若しくは限定の承認又は放棄をしなければならない。ただし、この期間は、利害関係人又は検察官の請求によって、家庭裁判所において伸長することができる。
第920条(単純承認の効力)
相続人は、単純承認をしたときは、無限に被相続人の権利義務を承継する。
第921条(法定単純承認)
次に掲げる場合には、相続人は、単純承認をしたものとみなす。
1.相続人が相続財産の全部又は一部を処分したとき。ただし、保存行為及び第602条に定める期間を超えない賃貸をすることは、この限りでない。
2.相続人が第915条第1項の期間内に限定承認又は相続の放棄をしなかったとき。
3.相続人が、限定承認又は相続の放棄をした後であっても、相続財産の全部若しくは一部を隠匿し、私にこれを消費し、又は悪意でこれを相続財産の目録中に記載しなかったとき。ただし、その相続人が相続の放棄をしたことによって相続人となった者が相続の承認をした後は、この限りでない。
第938条(相続の放棄の方式)
相続の放棄をしようとする者は、その旨を家庭裁判所に申述しなければならない。
第939条(相続の放棄の効力)
相続の放棄をした者は、その相続に関しては、初めから相続人とならなかったものとみなす。
○上記915条の「自己のために相続の開始があったことを知った時」とは、「相続人に落ち度がなく調査しきれなかった相続財産(特に負債が重要)について、その存在を初めて知った時」と解釈されています。前記設例で、Bが被相続人Aの1000万円の債務について、Xからの請求書で初めて知り、その存在について「落ち度なく知らなかった場合」は、請求書受領時が「自己のために相続の開始があったことを知った時」となります。従って請求書受領時から3箇月以内は相続放棄の申述が出来ます。
○そこでBが、家庭裁判所に相続放棄の申述をして受理された場合、「初めから相続人とならなかった」とみなされ、BはXの1000万円の債務も承継せず、XはBに請求出来なくなります。しかし、このBの相続放棄について、Xが、「(Aの)相続財産の全部又は一部を処分した」或いは1000万円の債務を知っていた等の理由で、相続放棄は無効であり、BはXに対する1000万円の債務を相続承継していると主張したい時は、その旨を主張してBに対して訴えを提起することが出来ます。
○これを明らかにしたのが昭和29年12月24日最高裁判決(判タ46号33頁)で、相続放棄の申述が家庭裁判所に受理された場合においても、相続の放棄に法律上無効原因が存するときは、後日訴訟においてこれを主張することを妨げないとしています。
この事案は次の通りです。
・被相続人に対する売掛代金債権に基き、相続人等を共同被告として提起した代金支払請求の訴訟において、被告等は所轄家庭裁判所においてなした相続放棄の申述が受理されたから、右代金債務を相続により承継しないと抗弁し、第一審は被告等の右抗弁を容れ原告の請求を排斥
・原告から控訴し、右相続放棄の申述は、民法第915条所定期間経過後になされたものであるから無効であると主張。
・原審は控訴人の主張を容れ、前記相続放棄の申述は、法定期間経過後になされたものであることを確定した上、家庭裁判所における相続放棄申述の受理は一応の公証を意味するに止まるもので、その前提要件である相続の放棄が有効か無効かの権利関係を終局的に確定するものでないとして、前記相続の放棄を無効と判定し第一審判決を取消し控訴人の請求を認容。
○相続放棄が受理されたとしても、相続債権者Xがこれに納得せず、相続放棄無効としてBに訴えを提起した場合、その相続放棄無効原因が審理されてその存在が立証されて相続無効となれば、BはXに対して金1000万円の支払義務を負います。従って相続放棄が受理されただけでは安心出来ません。