○「
遺産分割協議と民法第541条債務不履行理由の解除は」を続けます。
長男が、母の面倒を見る条件で、亡父の遺産の多く或いは全部を取得しておきながら、母の面倒を見ないので、面倒を見ることを催告しても、その債務不履行による民法第541条の解除は出来ないとされています。出来るのはあくまで母の面倒を見ろと言う債務の履行を迫ることだけです。最終的にはこの債務を金銭的に評価して金銭の支払いを請求することになるでしょうが、いずれにしても長男が亡父の遺産の多く或いは全部を取得すると決めた遺産分割協議を解除して無効とすることは出来ません。
○それでは、長男が,当初より母の面倒を見る気がないのに、面倒を見ると偽りの事実を述べて、その結果、長男が亡父の遺産の多く或いは全部を取得する遺産分割協議を成立させた場合は、長男が他の相続人を騙した即ち詐欺があった結果、遺産分割協議が成立したわけですから、民法第96条第1項「
詐欺又は強迫による意思表示は、取り消すことができる。」の規定で遺産分割協議自体を詐欺による取消無効の主張が出来ます。問題は、「面倒を見る」の内容であり、養老院に入れたことを持って「面倒を見ない」と評価できるかです。長男としては、養老院に入れてもその費用は自分が負担しているのだから、面倒を見ていると主張するはずです。
○例えば、「面倒を見る」の内容として、亡父が残した土地建物に母と同居して、そこで母の面倒を見るとの約束で長男がその土地建物を取得するとの遺産分割協議が成立した後に、長男がその土地建物を売却処分して、売却金でマンションを購入し、長男の家族はそのマンションに居住し、母は養老院に入れた場合、「面倒を見る」との約束を破ったと評価できるかどうかが問題になります。この場合の評価は、母の意向も大きな判断要素になりますが、遺産分割協議で「母の面倒を見る」との条件を付けた場合は、その「面倒を見る」方法を具体的詳細に記載する必要があります。
○長男が、「母の面倒を見る」意思がないのにあるかの如く装って,父の遺産の多く或いは全部を取得しながら、結果としても「母の面倒を見ない」と評価される事態となった場合、他の相続人は長男の詐欺を理由に先の遺産分割協議を取り消して、もう一度遺産分割協議をやり直すことは出来、その先例は昭和34年2月24日仙台高裁決定(家月12巻2号111頁)とされています。
○その内容は、遺産分割の無効を主張して改めて遺産分割申立を盛岡家裁に行った事案について、昭和33年9月30日盛岡家裁は遺産分割協議の無効は「まず民事訴訟手続によつて遺産分割についての協議の無効ないし遺産分割請求権の存在及び所有権移転登記の抹消などについての確定判決を得たうえで、改めて民法及び家事審判法の定めるところにしたがつて分割の手続をとるべきである。」として却下した事案を次のように述べて、取消し、盛岡家裁に差し戻したものです。
原審は、本件抗告人の申立は、相続人Aが分割協議に参加していないため無効であるというに帰するから、民事訴訟の対象であつて審判の対象とはならないというのである。なるほど、分割協議の成否ないしは無効原因の存否に関する争は、民事訴訟によりはじめて終局的に確定し得べき事項であつて、審判によつては確定することができないから、この意味で民事訴訟の対象であつて審判の対象とならないということができよう。しかし、分割協議の成否ないし無効原因の存否につき争がある場合でも、その申立による本案的審判の対象は遺産の分割請求であつて、家庭裁判所が本案的審判をするに際し、先決問題である右の争につき判断することができるかどうかの問題にとどまり、申立事項が民事訴訟の対象であるとはいえないから、この意味で本件申立は審判事項であつて民事訴訟に属しないというべきである。かように、審判の先決問題につき争がある場合、家庭裁判所はその判断が民事訴訟の対象となる事項に及ぶことのゆえをもつて、審判申立を却下することができるであろうか、甚だ疑なしとしない。当裁判所は、争のある先決問題が民事訴訟の対象である場合でも該問題につき確定判決がない限り、家庭裁判所はその独自の立場から先決問題につき調査・判断すべきであると考える。
原審は、遺産分割協議の無効を確定することは、当裁判所の権限に属しないとし、抗告人の申立を不適法として却下したが、右は抗告人の申立の趣旨を正解しないか、または家庭裁判所の権限を誤解したものというほかはない。抗告人は、原審に対し遺産分割の審判の申立をしたものであつて、遺産分割の協議の無効確定を求めたものではない。ただ右申立を正当づけるために、右分割協議がその主張のような理由で無効であると主張しただけのことである。そして家庭裁判所は右分割協議の有効・無効を調査・審理・判断する権限を有するのであるから、原審はよろしく右分割協議の有効無効について審理し、もし有効と判断するときは本件申立を不適法として却下すべく、もし無効と判断するときは改めて分割の審判をすべきである。