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小松亀一法律事務所は、「交通事故」問題に熱心に取り組む法律事務所です。

交通事故重要判例

交通事故後のPTSD(心的外傷後ストレス障害)発症否認裁判例紹介

○交通事故後、PTSD(心的外傷後ストレス障害)により非器質性精神障害の後遺障害を残したとして損害賠償請求する事案が、相当数あり、結構な数の判例が出ていますが、交通事故との因果関係を否認する方が多いようです。現在、PTSD(心的外傷後ストレス障害)による後遺傷害を自賠責で否認された事案について訴訟提起を依頼されている事案があり、裁判例を探していますが、最近の事案で否認された例として平成28年3月31日横山地裁判決(自保ジャーナル・第1977号)のPTSDに関する判断部分を紹介します。

○PTSD発症要件について、米国精神医学会のDSM-V、世界保険機構のICD-10等の診断基準での主要な4要件である①外傷体験、②再体験症状、③回避症状及び④覚醒亢進症状を、事案に当てはめて検討して、結論としてPTSD発症を否認しています。

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2 争点(2)(本件事故によるPTSD発症の有無)
(1) 前提事実、前記1で認定した事実並びに証拠(略)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

ア 原告は、本件事故で転倒したが、意識を失ってはいなかった。原告は本件事故後、救急車でB病院に搬送された。原告は、本件事故の日より1週間の加療を要する見込みの頸椎捻挫、左膝打撲と診断された。原告については、脊椎等のレントゲン検査等をはじめ、他覚的所見は認められなかった。

イ Cクリニック
 原告は、平成25年8月19日から同年10月5日までの間、Cクリニックに9日通院した。原告は、同クリニックで「頸椎捻挫」、「睡眠障害」と診断された。原告は、同クリニックでの通院が8回目となる同年9月9日にフラッシュバックがあると訴えた。原告は、同クリニックにおいて、消炎鎮痛措置のほかに抗不安薬等の処方を受けた。

 Cクリニックの丙川三郎医師は、平成26年8月29日付けで、「非器質性精神障害にかかる所見について(発症に関する所見)」と題する書面を作成し、原告について「ICD-10に基づく診断名」を「不安障害」とし、「精神症状」について「嘔気、不眠、事故のフラッシュバックなどにて約2ヶ月抗不安薬内服」などと記載した。

ウ バイクの運転
 原告は、平成25年8月29日、原告バイクとは別のバイクを購入し、週に4、5回の頻度で同バイクに乗っていたが、同年10月31日に同バイクを運転していた際に転倒し、左手を骨折した。

エ 医療法人D医院(以下「D医院」という。)
 原告は、平成25年11月20日にD医院を受診し、D医院の丁山四郎医師は、原告について「心的外傷後ストレス障害(PTSD)」と診断した。原告は、その後は平成26年6月25日まで同医院に通院し、抗不安薬等の処方を受けた。
 同医師は、同年6月25日に原告を診断し、傷病名「外傷後ストレス障害」、自覚症状「フラッシュバック(再体験)、過覚醒、回避、情動不安定、不眠」などとして症状固定日を同日とする同日付けの後遺障害診断書」を作成した。さらに同医師は、平成26年9月25日付けの「非器質性精神障害にかかる所見について」と題する書面を作成し、「交通事故と精神疾患との関連を示す所見」の欄に「交通事故受傷後間もなく(約1ケ月後)、精神症状が発現しているため因果関係は明らか」などと記載した。

オ E病院
 原告は、平成27年3月から同年4月までの間、E病院に3回通院し、同病院の戊田五郎医師と己川六郎医師は、原告の面接と身体的諸検査を行った。
 同医師らは、原告について、本件事故を起因とした外傷後ストレス障害(PTSD)に罹患しており、現在も症状は改善が認められておらず、フラッシュバック、不安、過覚醒、回避症状などの典型的症状を有し、原告の社会的、学業的、日常生活における機能を著しく障害しているなどとする旨の同年5月25日付けの意見書を作成した。

カ 原告は、現在もCクリニックに睡眠障害のために通院している。

(2) 原告本人(同人作成の陳述書に記載された供述を含む。以下同じ。)は、本件事故後、気を失っていたなどと供述する。
 この点、前記1で認定した本件事故の内容からすれば、原告が本件事故で気を失うほどの衝撃があったものとは考えがたい。
 また、原告本人は、本件事故後、気が付いた時には歩道におり、女性に声をかけられたなどと供述するが、原告の面接を踏まえて作成されたE病院の戊田五郎医師と己川六郎医師の意見書には、「道路に落下するかしないかの所で記憶は途切れ、以降の記憶は救急車の中で処置を受けているところから」などと記載されており、原告が同医師らに対する面接でこの記載内容を説明したことがうかがわれる。したがって、気を失ったことについて原告の述べる内容は変遷している。
 以上から、原告本人の上記供述は信用できない。

(3) 検討
ア PTSDとは、重大なストレスに対する遅延した、あるいは遷延した反応と考えられ、出来事の持続的な再体験、外傷と関連した出来事の持続的な回避、持続的な覚醒亢進などの症状で特徴づけられる障害である。
 本件事故によって原告がPTSDを発症したか否かについては、米国精神医学会のDSM-V、世界保険機構のICD-10といった診断基準が示している主要な4要件である①外傷体験、②再体験症状、③回避症状及び④覚醒亢進症状を検討する。
 ICD-10では、PTSDの症状は6ヶ月以内の発症を原則としており、DSM-Vでは②~④の症状は1ヶ月以上持続するものなどとされている。


イ ①外傷体験
 ICD-10では、「ほとんど誰にでも大きな苦悩を引き起こすような、例外的に著しく脅威を与えたり破局的な性質をもった、ストレス性の出来事」、DSM-Vでは「実際にまたは危うく死ぬ、重症を負う、性的暴力を受ける出来事」を直接体験等するという外傷的な出来事に暴露されたことを要するとして、外傷体験を要件としている。

 この点、前記1で認定した事実によれば、原告は、本件事故現場で時速約30㌔㍍で原告バイクを運転して走行していた際、被告車に気が付いて急ブレーキをかけたが、原告バイクがバランスを崩して転倒し、被告車と衝突した地点から約1.1㍍の地点で原告が転倒したこと、本件事故により、1週間の加療を要する見込みの他覚的所見の認められない頸椎捻挫と左膝打撲を負ったことが認められる。
 そして、前記(1)で認定したとおり、原告は、本件事故で気を失っていないことが認められる。

 以上を踏まえ、本件事故により、原告が恐怖を抱いた点はうかがわれるが、生命の危険にさらされる恐怖を受けたものとまではいえず、受傷内容も重いものではないことから、本件事故は、上記要件にいう強烈な外傷体験とは認めがたい。

ウ ②再体験症状
 ICD-10やDSM-Vでは、再体験症状として、フラッシュバックなどを挙げる。
 この点、原告本人は、本件事故の数日後に友人と話をしていた時にフラッシュバックがあった旨供述する。
 この点、E病院の戊田五郎医師と己川六郎医師の作成した意見書でも、同じ内容が記載され、原告が、同医師らに対する面接で上記内容を説明したことがうかがわれる。

 しかし、前記(1)で認定した事実によれば、原告は、Cクリニックの受診において、本件事故から約1ヶ月後(平成25年9月9日)にフラッシュバックがあった旨を訴えていることが認められ、原告の再体験症状の訴えは変遷していることとなる。
 また、前記(1)で認定したとおり、原告は、本件事故の18日後である平成25年8月29日に原告バイクとは別のバイクを購入し、同年10月31日に事故を起こすまでの間、週に4、5回の頻度で同バイクを運転していたことが認められる。
 この点、原告本人は、上記事故はフラッシュバックによるものである旨供述するが、原告本人の供述するフラッシュバックの症状があった期間中に、週に4、5回の頻度でバイクを運転していたこととなり、不自然であるといわざるを得ない。
 以上から、フラッシュバックに関する原告本人の上記供述内容は信用できず、本件事故後、原告において、本件事故を想起させるフラッシュバックがあったものとは認められない。

エ ③回避症状
 回避症状は、心的外傷を想起させる活動、対象を避ける行動をとってしまうことをいうが、前記(1)の認定事実によれば、原告は、本件事故の18日後である平成25年8月29日に原告バイクとは別のバイクを購入し、同年10月31日に事故を起こすまでの間、週に4、5回の頻度で同バイクを運転していたことが認められる。
 以上から、原告が本件事故を想起させるバイクの運転を避けていたとはいえず、回避症状は認められない。

オ したがって、原告の睡眠障害等の程度が明らかではないが、仮に④覚醒亢進症状の要件を満たすとしても、その他のPTSDの要件を満たすものとはいえず、原告が本件事故でPTSDを発症したものと認めることはできない。

カ D医院の丁山四郎医師は、原告について「心的外傷後ストレス障害(PTSD)」と診断し、Cクリニックの丙川三郎医師は、原告について「不安障害」と診断し、その症状がフラッシュバックであるなどとしている(前記(1)の認定事実)。
 また、E病院の戊田五郎医師と己川六郎医師は、平成27年5月25日付けの意見書において、原告について、本件事故を起因とした外傷後ストレス障害(PTSD)に罹患しており、現在も症状は改善が認められておらず、フラッシュバック、不安、過覚醒、回避症状などの典型的症状を有し、原告の社会的、学業的、日常生活における機能を著しく障害しているなどと意見を述べる。
 しかし、前記イないしエの認定説示からすれば、上記各診断及び意見書は採用できない。

キ 以上から、原告は、本件事故により、PTSD等の精神障害を受傷したものとは認められず、原告の争点(2)の主張は採用できない。