追突事故損害賠償請求が衝突不存在を理由に棄却された判決紹介
○原告らが、被告の運転する自家用普通乗用自動車が原告らが乗車していた自家用普通乗用自動車に追突した交通事故によって、原告らが負傷及び本件車両が損傷したと主張して、自動車損害賠償保障法3条及び民法709条に基づき、被告に対し、それぞれ損害賠償金の支払を求めた事案において、被告車両が原告車両に衝突したと認めることは困難であることから、本件事故が発生したと認めるに足りないとして、請求をいずれも棄却した平成29年3月31日福岡地方裁判所(自保ジャーナル2003号144頁)を紹介します。
○警察官の作成した実況見分状況書には,被告車両の前部が原告車両の後部と衝突した旨の見取図が記載がなされており、原告から依頼を受けた弁護士は、これを信用したと思われます。しかし、交通事故証明書には、歩行者対車両の衝突事故と記載され、新たに作成・発行された交通事故証明書でも修正されず、実況見分そのものが杜撰と判断され、何より、原告・被告両車両とも、衝突箇所に衝突相手物の痕跡が印象されていないことが決め手になりました。
○警察官作成実況見分調書は、中には、結構いい加減なものもあり、警察官作成だけで無条件に信用するのは危険と言うことに注意すべきことの教訓となる判決です。
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主 文
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第一 請求
1 被告は,原告A(以下「原告A」という。)に対し,82万2,440円及びこれに対する平成26年7月20日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告は,原告B(以下「原告B」という。)に対し,59万4,460円及びこれに対する平成26年7月20日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 被告は,原告E(以下「原告E」という。)に対し,14万0,900円及びこれに対する平成26年7月20日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
4 被告は,原告C(以下「原告C」という。)に対し,19万5,600円及びこれに対する平成26年7月20日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第二 事案の概要
本件は,原告らが,被告の運転する自家用普通乗用自動車が,原告Cが所有し,原告A,原告B及び原告Eが乗車していた自家用普通乗用自動車に追突した交通事故によって,原告A,原告B及び原告Eが負傷するとともに,同自動車が損傷を受けたと主張して,自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)3条及び民法709条に基づき,被告に対し,原告Aが損害賠償金82万2440円及びこれに対する不法行為の日である平成26年7月20日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を,原告Bが損害賠償金59万4460円及びこれに対する不法行為の日である同日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を,原告Eが損害賠償金14万0900円及びこれに対する不法行為の日である同日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を,原告Cが損害賠償金19万5600円及びこれに対する不法行為の日である同日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を,それぞれ求める事案である。
(中略)
第三 当裁判所の判断
1 争点(1)(本件事故発生の有無)について
(1)証拠(略)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実を認めることができる。
ア 原告車両の状況
(ア)q4保険会社のアジャスターは,平成26年7月23日,原告車両の立会確認を行ったところ,原告車両のリアバンパーには,目立った凹損等は見当たらなかった。
(イ)q5調査会社(以下「q5会社」という。)のアジャスターは,同月28日,原告車両の立会確認を行ったところ,原告車両のリアバンパーには,やはり目立った凹損等は見当たらなかったが,リアライセンスプレートの右横付近(地上から約54センチメートルの高さの箇所)に黒色の線状の擦過痕があった。
(ウ)Dは,平成27年7月31日の本件進行協議期日において,本件事故によって生じた原告車両のリアバンパーの接触痕については,コンパウンドによって研磨し除去した旨の説明をするとともに,同接触痕は,おおむねリアライスセンスプレート右横付近の地上から約50センチメートルの高さの箇所にあった旨の指示説明をした。
もっとも,Dは,同年12月22日,q4保険会社のアジャスターに対し,本件事故によって生じた原告車両のリアバンパーの接触痕について,上記指示説明とは異なり,リアライセンスプレート右横付近の地上から約49センチメートルないし46センチメートルの高さの箇所にあった旨の指示説明をした。
(エ)同年7月31日の本件進行協議期日の際,原告車両のリアバンパー内部にあるリインホースメント(バンパーの内部にある構造部品)やリアパネルへの損傷の波及は,格別認められなかった。
イ 被告車両の状況
(ア)被告は,平成27年7月31日の本件進行協議期日において,平成26年7月20日以降,被告車両の修理等は格別行っていない旨の説明をした。
(イ)被告車両は,フロントバンパーの中央部が最も突き出たデザインとなっており,フロントバンパー中央部の地上から約48センチメートルないし43センチメートルの高さの範囲の部分が,被告車両の最前部に当たることから,被告車両が前進して物体と接触した場合,同部分に接触痕が残る可能性が高い。
(ウ)被告車両のフロントバンパーには目立った凹損は見当たらない。
また,被告車両のフロントバンパー上面のラインには,損傷が認められない。
さらに,被告車両のフロントバンパーの地上から約43センチメートルの高さの箇所及び約46センチメートルの高さの箇所にそれぞれ擦過痕があるが,いずれも局部的に塗装面が削れ,素材である樹脂が露出した状態にある。
他方,被告車両のフロントバンパー中央部における地上から約48センチメートルないし43センチメートルの高さの範囲の部分には,その余の接触痕は認められない。
(エ)被告車両のフロントバンパーが押し込まれた痕跡や同バンパーの変形は認められず,フロントバンパーとリインホースメントとが接触した痕跡も認められない。
(2)証拠(略)において指摘されているとおり,物体同士が衝突した場合,衝突箇所に衝突相手物の痕跡が印象されてしかるべきである。
したがって,交通事故によって,自動車同士が接触又は衝突した場合にも,当該自動車の双方に同様の痕跡(接触又は衝突時における同じ高さにある同じ形状の痕跡)を残すものと考えられることから,接触又は衝突したとされる各自動車の接触面又は衝突面の痕跡のいわゆる合口を検証する方法は,同各自動車の接触又は衝突の存否について判断するに当たり,合理性を有するというべきである。
本件についてみるに,前記認定事実のとおり,本件事故によって生じた原告車両のリアバンパーに存在した接触痕に関し,Dが指示説明した箇所(リアライスセンスプレート右横付近の地上から約50センチメートルの高さの箇所又はリアライセンスプレート右横付近の地上から約49センチメートルないし46センチメートルの高さの箇所)と同じ高さにある同じ形状の接触痕は,被告車両のフロントバンパー付近には見当たらない。
もっとも,被告車両のフロントバンパーの地上から約43センチメートルの高さの箇所及び約46センチメートルの高さの箇所にそれぞれ擦過痕があるが,いずれも局部的に塗装面が削れ,素材である樹脂が露出した状態にあるところ,これらの擦過痕が,Dの説明するようにコンパウンドによって研磨し除去することができる程度の接触痕と対応するとは考え難いことから,上記各擦過痕は,別個の原因によって生じたと考えるのが自然である。
そうすると,本件事故の態様に関する原告らの主張は,原告車両及び被告車両の客観的な状況と不整合を来しているといわざるを得ない。
以上に加え,平成27年7月31日の本件進行協議期日の際,原告車両のリアバンパー内部にあるリインホースメントやリアパネルへの損傷の波及が格別認められなかったこと,被告車両のフロントバンパーが押し込まれた痕跡や同バンパーの変形は認められず,フロントバンパーとリインホースメントとが接触した痕跡も認められなかったこと等を併せ考慮すれば,被告車両が原告車両に衝突したと直ちに認めるのは困難であるというべきである。
(3)G(以下「G」という。)作成の損害調査報告書及び意見書について
q4保険会社の技術アジャスターであるGは,損害調査報告書及び意見書において,原告車両に残された痕跡は,被告車両から接触を受けた際に生じたものであると結論付けている。
しかしながら,Gが作成した損害調査報告書及び意見書は,q5会社の技術課長代理Hが作成した報告書,反論意見書(2)及び反論意見書(3)との比較において,本件事故の発生場所とされるq1店駐車場内の状況の検討等総合的な視点からの判断を欠く嫌いがあるなど,精緻さの点で劣後しているといわざるを得ないことから,上記Gの見解については,直ちに首肯し難い。
したがって,G作成の損害調査報告書,意見書をもってしても,被告車両が原告車両に衝突したと認めることはできない。
(4)原告A,D及び原告Bの供述について
本件事故の態様に関する原告らの主張に沿う供述証拠(略)も存在する。
この点,証拠(略)によれば,原告Aは,本件事故の発生時の衝突音や衝撃について,「突然,『ドン。』と大きな音がしたのです。」,「後ろからドンと,こう(上半身が前のめりになった状態)なったんです,揺れました。」(原告A本人)などと供述していることが認められるところ,仮に,原告Aが供述する程度の衝突音や衝撃が生じたとすれば,原告車両及び被告車両の双方に相当程度の損傷が発生してしかるべきであるところ,前記(1)で認定したとおり,原告車両及び被告車両のいずれについても,原告Aが供述する程度の衝突音や衝撃に対応するような損傷の痕跡が認められないことに照らせば,証拠(略)は,原告車両及び被告車両の客観的な状況とそごを来しているといわざるを得ない。
また,証拠(略)によれば,原告Aは,衝突音を聞くとともに衝撃を感じた後,原告Bから,原告車両の「後ろから車が突っ込んだ」旨の話を聞いて,他の車両が原告車両に追突したことを認識し,更に原告車両の後方を見て,「花柄の服を着た年配の女性がスーパーの方に歩いて行」ったことを現認したにもかかわらず,原告車両の損傷状況等を確認したり,当該女性に対し,原告車両との衝突の有無等の事実関係について確認するなどの行動には及ばず,原告車両から降車して,q1店の店舗建物に向かった旨の供述をしていると認められるが,他の車両が自らの乗車する車両に衡突したことを認識した者の行動としてはいささか不自然・不合理であるというべきである。
このように,証拠(略)は,原告車両及び被告車両の客観的な状況とそごを来している上,その内容自体も不自然・不合理であるというべきであるから,にわかに信用することはできない。
また,証拠(略)によれば,Dは,本件事故が発生したとされる当時,q1店の店舗建物内におり,被告車両が原告車両に衝突したことを現認していないと認められることから,Dの供述内容は,主として原告Aや原告Bの発言等に依拠していることがうかがわれるところ,前記のとおり,原告Aの供述の信用性に疑義を差し挟まざるを得ない上,証拠(略)によって認められる被告車両が原告車両に衝突した旨の原告Bの発言の内容も,前記原告車両及び被告車両の客観的な状況とそごを来していることに照らせば,証拠(略)も,たやすく採用することはできない。
(5)本件見分状況書について
証拠(略)によれば,平成26年7月23日,D及び被告の立会の下,警察官による現場の見分が行われたこと,同見分の結果に基づき,本件見分状況書が作成されたこと,本件見分状況書には,被告車両の前部が原告車両の後部と衝突した旨の見取図が記載されていることが認められる。
しかしながら,証拠(略)によれば,被告は,平成26年7月20日に本件事故の発生場所とされるq1店駐車場に臨場した警察官及び上記見分の見分者である警察官のいずれに対しても,原告車両と被告車両とが衝突したことを否定したと認めることができる。
また,証拠(略)及び弁論の全趣旨によれば,上記見分の結果等に基づき作成された交通事故証明書には,当初,本件事故に係る「事故時の状態」について,原告A,原告B及び原告Eのいずれもが「歩行」の状態にあったとされていたこと,本件事故に係る「事故類型」についても「車両単独」の「衝突」と記載されていること(なお,前記前提となる事実(2)ウのとおり,新たに作成・発行された交通事故証明書においても,この点については修正されていない。)が認められるところ,かかる交通事故証明書の不正確な記載内容に照らせば,そもそも上記見分の正確性についても疑問を差し挟まざるを得ない。
以上に加え,本件見分状況書の記載が,前記原告車両及び被告車両の客観的な状況とそごを来していることを併せ考慮すれば,本件見分状況書記載の見取図の信ぴょう性は乏しいといわざるを得ず,本件見分状況書を根拠として,被告車両が原告車両に衝突したと認めることもできない。
(6)以上の検討によれば,被告車両が原告車両に衝突したと認めることは困難であることから,本件事故が発生したと認めるに足りないというべきである。
したがって,その余の点(争点(2),(3))について判断するまでもなく原告らの請求はいずれも理由がない。
(7)なお,仮に,原告車両と被告車両とが衝突したとしても,前記原告車両及び被告車両の客観的な状況によって推認される衝撃の程度等を考慮すれば,原告車両と被告車両との衝突によって,原告A,原告B及び原告Eが傷害を負うとは容易に認め難い上,同人らに対する治療・施術の必要性・相当性についても疑義があるといわざるを得ない。
2 結論
以上の次第で,原告らの請求はいずれも理由がないからこれらを棄却することとし,主文のとおり判決する。
福岡地方裁判所第2民事部 裁判官 鈴木基之