○「
裁判所鑑定心因性視力障害で素因減額が否定された例1」で、主治医は外傷性視神経障害と診断しながら、裁判所鑑定では心因性視力障害とされた事案について、素因減額することなく交通事故との因果関係が認められた事案について紹介しました。
○交通事故によって頭部傷害を受け、その後強度の心因性視力障害となった方が、上記記事を見て、当事務所に相談に来ました。そこで心因性視力障害と交通事故による傷害との因果関係を争点とする判例を探しています。停車中の追突事故で視力障害を発症する被害者の事案で、心因的要素や発症の機縁が必ずしも解明されておらず、時期の経過等による回復の可能性もないわけではないものと、5割の心因性減額を適用した平成11年10月26日広島地方裁判所判決(
自動車保険ジャーナル・第1341号)関連部分を紹介します。
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三 権利侵害
請求原因3のうち、原告は本件事故により頸椎捻挫、脳挫傷(疑)、胸腰部打撲、右下肢打撲等の傷害を受け、太田川病院に右事故当日の平成5年7月19日から8月31日まで44日間入院し、同年9月1日から平成8年6月30日まで通院した(実日数134日)ほか、その間別途次のとおり通院治療を受けたことは、当事者間に争いがない。
木原耳鼻咽喉科医院
平成5年7月27日から8月10日まで通院(実日数2日、耳の治療)
広島鉄道病院
平成5年8月6日通院(頭部MRI検査)
同病院眼科
平成5年8月6日から平成8年3月31日まで通院(実日数31日、眼の治療)
マツダ病院脳神経外科 平成6年6月17日通院(頭痛、気分不良)
広島市民病院脳神経外科 平成6年6月23日
広島鉄道病院耳鼻咽喉科 平成7年6月30日から9月1日まで通院(実日数2日、耳の治療)
(証拠略)によれば、次の事実が認められる。
本件事故の際、原告(昭和48年5月10日生)の運転する被害車両は前方赤信号により先行車両の後方に停止中、被告松尾運転の加害車両により後方から激しく追突され、その反動で前方に押し出され、先行車両の後部に激突した。原告は救急車で太田川病院に運ばれたが、事故直後の意識は朦朧とし、前後の記憶は定かではなく、同病院到着後徐々に意識は回復したが、診察中気分不良となり、入院した。強い頭痛、頸部痛、肩背部痛のほか、吐気、腰痛、右足痛等を訴え、当初の診断は頸椎捻挫、全身打撲、頸部痛、腰痛、背部痛であり、保存療法が施行された。
入院翌日、原告は前日の症状に加えて、視界が二重に見え、目がかすむなどの眼科的症状を訴え、その後まもなく耳の痛み等の耳鼻科的症状を訴えるなどし、太田川病院では頸椎捻挫や全身打撲のほかに脳挫傷の疑いを持ち、その頃CT検査を実施し、原告の脳の第四脳室背部に直径約3乃至5㎝の石灰化を認め、血管腫又は類皮腫を疑った。
このため原告は太田川病院入院中その紹介により平成5年7月27日及び同年8月10日の2回木原耳鼻咽喉科医院に通院して診察治療を受け、広島鉄道病院放射線科で同年8月6日頭部MRI検査を受け、同病院眼科で同日から平成5年8月6日から平成8年3月31日まで通院(実日数31日)治療を受けるなどしたが、軽快せず、更に、マツダ病院脳神経外科に平成6年6月17日頭痛、気分不良等のため通院し、広島市民病院脳神経外科に同月23日通院し、広島鉄道病院耳鼻咽喉科に平成7年6月30日、同年9月1日、平成8年4月2日の3回通院するなどした。
神経的整形外科的症状については、原告は太田川病院入院当初より継続的に頭痛、頸部痛、両肩関節痛、両上肢痛及び異常感覚、右下肢痛、歩行困難、吐気並びに気分不良等を訴え、平成5年8月31日最終的に退院したが、以後も頭痛、頸部痛及び左上肢の痺れ等を訴えて通院し、投薬、運動療法及び理学療法等を受け、平成8年5月頃同病院において頭痛、頸部痛及び両上肢の異常感覚の自覚症状、肩関節に軽い運動制限の後遺障害がある旨の症状固定診断を受け、これについて自動車保険料率算定会広島調査事務所により自賠責後遺障害等級14級10号の認定を受けた。
脳の所見については、広島鉄道病院では前記MRI検査によるも特段の異常を認めず、CT検査による石灰化についても外傷に起因するものではないものと考えているが、原告やその家族らは本件事故による脳の障害の現れではないかとおびえている。
眼科的症状については、本件事故前の原告の視力は裸眼1・5程度で、運転免許証にも眼鏡の条件はなく、眼科的異常はなかったのに、右事故後まもなく前記のように複視やかすみ等の症状を訴え、視力も広島鉄道病院眼科での平成5年8月6日検査時点では両裸眼0・05、矯正0・07と悪化しており、その後更に低下して最終的には両裸眼及び矯正とも0・01乃至0・03程度にまで落ち、調節機能は測定不能で、視野も平成6年7月19日検査以降両眼とも各方向約10度乃至20度(通常は鼻側60度、上方50度、耳側90度、下方60度程度)であり、高度の求心性視野狭窄と診断されている。
もっとも、両眼とも前眼部、中間透光体及び眼底に器質的病変は見当たらず、対光反応にも異常所見はなく、他覚的所見としては軽度の近視性乱視が認められたのみであった。また、前記脳のCT所見が原告のような眼科的症状に繋がるとの一般的知見は目下存しない(求心的視野狭窄は大脳皮質両側の循環障害の場合に発現することがある)。
このため原告の症状は器質的客観的所見からは一般的には説明がつかないものであるが、同病院眼科担当医は、原告の受診態度や主訴の態様等からして詐病の疑いは持ち得ないとして、この種の症状には現在の医療技術では発見できない脳や神経系統に関する異常に起因する場合があり得ることも必ずしも否定できず、頭頸部外傷の後に眼科調節機能障害の一種である調節緊張に心因性の要因が加わった場合に原告のような両眼同程度の視力低下及び視野狭窄が起こり得ることが報告されている(通常の眼障害では両眼同程度というのは珍しい)ことなどから、心因性の視力障害を推定した。
なお、心因性視力障害は心因となったものが除去された場合(時が経過し、原因となっている問題が解決し、環境が変化したなどの場合も含む)には回復することもあるが、心因性視力障害の発症の機縁自体が解明されておらず、心因を突き止めることは一般には困難であり、回復は必ずしも容易ではないとされていることから、右担当医は原告について傷病名を両眼調節障害、視力障害、視野狭窄と、自覚症状を両眼視力障害、羞明とし、他覚所見として前眼部、透光体、眼底のいずれも両眼に異常なく、視力、視野の異常の原因となるような器質的病変は認められないが、心因性視力障害が疑われ、回復の見込みは少ない旨の平成8年4月2日付症状固定診断を行った。
耳の症状については、原告には当初の木原耳鼻咽喉科の平成5年7月27日の初診時に耳鳴り、耳痛の自覚症状があるも、これに対応する鼓膜異常や出血等の所見はなく、いくらか聴力障害が認められ、同年8月10日の再診時には聴力軽快気味であった。その後平成7年6月30日の広島鉄道病院耳鼻咽喉科の受診時には外耳道及び鼓膜の所見に著変はなく、軽度の難聴が疑われる程度で、同年9月1日の再診時にも軽度の難聴が疑われる程度で左右差も認められない状態であったが、平成8年4月2日の3回目の診察の際にはやはり器質的障害は認められなかったものの、コミュニケーシヨンはほとんどとれず、両側感音性難聴及び耳鳴りと診断された。
右3回の受診時の聴力検査結果は初回右25・0dB、左19・2dB、2回目右65・8dB、左50・8dB、3回目右85・0dB、左88・3dBと回を追うごとに悪化している。原告は目下補聴器を使用している。
原告の前記目の症状及び耳の症状については前記広島査定事務所により自賠責後遺障害等級の認定はなされていない。
原告は本件事故当時20歳の独身女性で高校中退後店員として働き或いは叔父の看護に当たるなどしていたが、右事故後退院してからも頭痛、頸部痛、耳鳴り、眼の障害等のため就労しておらず、広島市より外傷による両眼0・03(3級)、両眼視野2分の1以上欠損(5級)の障害により身体障害者等級表による種別3級の身体障害者手帳の交付を受け、生活保護を受けながら1人暮しをしている。性格的にはおとなしく引っ込み思案で内向的であり、眼、耳その他の身体不調が右事故による脳の障害に起因するのではないかと畏れ、思い悩んでいる。
以上のとおり認められる。
右認定の本件事故状況、特に衝突の激しさ、原告の右事故直後における意識障害様の症状、当初よりの整形外科的症状、早い段階における目や耳の症状の発現、脳挫傷(疑い)診断、脳のCT検査による石灰化診断、その後の諸症状の変遷の経緯、眼機能に関する器質的病変の不存在、詐病の疑いの不存在、未解明の神経的異常の存在の可能性、頭頸部外傷に心因性の要因が加わった場合の両眼同程度の視力低下及び視野狭窄の発現例に関する知見、身体障害者認定、原告の境遇、性格、脳の障害に対する畏怖、眼及び耳に関する症状について自賠責後遺障害等級認定がなされなかった経緯等を総合考慮すると、原告の前記認定の症状固定診断時における整形外科的神経症状が右事故による後遺障害であることは明らかに認められるとともに、少なくとも眼科的症状については眼科の担当医の見解と同様に右事故による受傷に原告の境遇、性格、後遺症不認定等により心因性の要素(心因及び発症の機縁の解明は困難であるが)が加わって生じた後遺障害と認めるのが相当である。
なお、原告の眼の症状について前記広島査定事務所は自賠責後遺障害等級の認定をしていないが、右不認定は心因的要素を無視したことによるものと推測され、前記説示に照らし、妥当とはいいがたく、採用しがたい。
(中略)
6 逸失利益 2405万4771円
前記3認定の原告の本件事故による後遺障害である整形外科的神経症状及び眼科的症状に照らすと、その程度は自賠責後遺障害等級14級10号及び4級1号に該当するものということができ、これに原告の症状固定後の症状や生活状況等をも加味すると、原告の逸失利益算定における労働能力喪失率は92%と認めて差し支えないものというべきである。
したがって、原告の後遺障害による逸失利益は原告主張にかかる前記4の年間平均給与額225万1000円に症状固定(平成8年4月2日)後の就労可能年数45年(67歳まで)に対応する新ホフマン係数23・231を乗じて労働能力喪失率として0・92を乗じた4810万9543円と認めるのが相当である。
なお、被告らは請求原因に対する認否第三段第三文のとおり原告の視力障害が心因性であることなどを理由に労働能力喪失割合及び期間の限定を主張するところ、前記三認定のとおり心因性視力障害の心因的要素や発症の機縁が必ずしも解明されておらず、時の経過等による回復の可能性もないわけではないことなどの諸事情に加えて、心因というもの自体が元来患者の内部的主観的な問題で、客観化が困難であることをも考慮し、更に原告の障害の内容等をもあわせ鑑みると、衡平の観点から心因性を賠償損害額の減額要因として評価し、前記算出の逸失利益額の半額2405万4771円を被告らの負担とするのが相当と解する。
7 後遺症慰謝料 700万円
前記3認定の後遺障害の内容、程度等を総合考慮し、前項同様に心因性を損害額の減額要因として加味すると、後遺症慰謝料は700万円と認めるのが相当である。