入院期間・治療相当性について激しく争われた判例紹介1
○追突事故での傷害治療のための入院期間・治療相当性について、激しく争われた事案についての平成25年3月26日横浜地裁相模原支部判決(自保ジャーナル1925号36頁<参考収録>、ウエストロー・ジャパン)を5回に分けて紹介します。
先ず争点から紹介します。被告側は、軽微な追突事故であり、また、医療記録の記述を詳細に検討し、たびたび外泊をしていることなどをあげて、そのような症状での長期間の入院は認められないと激しく争っています。
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第3 争点
1 原告らの入院の相当性及び必要性の存否,本件事故と相当因果関係のある入通院期間
(1) 原告らの主張
原告らの入院は,病院側又は担当医師が入院の必要性があると判断したことによるものであり,その判断は相当であり,原告らはその指示に従っただけである。
原告らが,本件事故直後,山瀬整形外科に行ったのは,救急車で連れて行かれたものであり,本人の意思ではない。また,同日,山瀬整形外科から晃友内科整形外科に転院させられたのは,山瀬整形外科に空きベッドがないからとの病院の指示であり,これについても本人の意思ではない。ちなみに,晃友内科整形外科から山瀬整形外科に転院させられたのは,晃友内科整形外科に悪質な患者がおり,原告X1に絡んできたことがあり,それを病院側に話したところ,病院側は原告X1を山瀬整形外科に転院させたものである。
(2) 被告らの反論
ア 本件事故による被害車両の損害は非常に軽微であり,損傷の有無も確認できない程度のものである。修理の見積りにおいても工賃込みで2万円程度の事故であり,長期の治療を要するような外力が加わったとは考えられない。
イ 入院の必要性については,労災保険において認定マニュアルがあり,これによると,入院が療養上必要と認められる場合とは,以下のとおりである(以下単に「基準①ないし④」という。)。
① 傷病の状態が重篤で常に医師の監視下に随時適切な処置を要すると認められる場合。
② 入院しなければその傷病に必要な処置,手術等が実施できないと認められる場合。
③ 歩行不能又は著しく歩行困難であるため通院に支障を来すと認められる場合。
④ 歩行は可能であるが,通院することにより傷病が悪化する恐れがあると認められる場合。
また,逆に,しばしば外泊するような患者の入院や,患者の強要による入院などの場合には,入院が認められないとされている。
ウ 原告X1は,本件事故直後の初診では,意識障害が認められていないから,傷病の状態が重篤であるとは考えられず,随時適切な処置を要するような症状の変化が予想されるような状態ではないと考えられるため,基準①には到底該当しない。
また,カルテの記載から,原告X1に対する入院中の食事指導はなかったものと考えられる。カルテ上,平成18年7月24日の初診時及び入院時に「嘔気少々」ということで,同月29日の看護記録に「嘔気は午前中にあった」との記載があるが,同日8時30分には「タバコを吸って他患とよくしゃべっている」との記載もあり,嘔気は,あったとしても,それほど強いものとは考えられない。
入院カルテ・看護記録より原告X1の愁訴を確認すると,「腰部痛」「頚部痛」の記載は認められるものの,「痺れなし」「自制内」などの記載も多く,通常の捻挫より重度で,入院による絶対安静が必要であるとの事情はない。頻回にわたり外出を繰り返している点からも,症状としては通常の頚椎捻挫・腰椎捻挫程度のものと思われる。
また,点滴で投与されていた薬剤については,いずれも経口投与が可能であり,仮に点滴をするにしても通院で施行することもできるし,通常の頚椎捻挫であれば,入院を要するような治療は不要であり,基準②には該当しない。
原告X1は,平成18年7月24日の入院当日,自発的な体動が可能であったことがうかがえる。翌日の看護記録上も,原告X1自身が安静の必要性を感じていないことがうかがわれる。そして,安静を守っていないにもかかわらず,翌26日には,症状が緩和しており,さらに翌27日には長時間の外出を行っており,特に歩行困難は見あたらず,基準③にも該当しない。
原告X1の傷病は,例えば脚部の損傷などのように,通院することで患部に負担がかかり,症状悪化が予想されるようなものではない。頚部挫傷,腰部挫傷の場合には,通常は通院にて理学療法等を受け,症状の緩和に努めており,原告X1がこれと異なって通院困難であるとの事情もなく,基準④にも該当しない。
八木病院の入院初日の平成18年8月15日の段階で,看護記録に「独歩にて入院する」との記載が認められる。また,翌16日には「訪室者と室外へ行っている事が多い」との記載もあり,その後も外出を繰り返している以上,歩行への問題や,通院することで症状が悪化する恐れがあるとは全く認められない。よって,基準③,基準④の該当性もなく,八木病院においても入院の必要性はないものと考える。
このように,原告X1については,基準①ないし基準④のいずれにも該当せず,入院の必要性はないと考えられるが,その現れとして特に顕著なのが外出・外泊の多さである。すなわち,原告X1は,晃友内科整形外科及び山瀬整形外科での23日間の入院中,ほとんど終日といえる長時間の外出を7回〔平成18年7月27日(7時間半),28日(9時間半),同年8月3日(10時間),4日(10時間),6日(4時間),10日(10時間半),11日(5時間25分)も行い,かつ,終日の外出を伴う外泊(8月13日~14日)を1日行っているから,入院23日中8日について,医院における安静を全く守っていなかったことになる。原告X1は,おそらく仕事をしていたものと推測されるが,しばしば医院を抜け出して終日仕事ができるくらいであれば,そもそも入院の必要性は全くないといわなければならない。原告X1としては,自宅で安静にしつつ,身体に負担のかからない程度で仕事を行っていれば問題なかったと考えられる。
原告X1は,八木病院においても入院26日間のうち11日間〔平成18年8月17日,18日(9時間),19日,23日,24日,29日等々〕も外出しており,特に入院4日目である平成18年8月18日には,入院中の家族3名も合わせて10時から19時まで外出している。このほかにも午前中や午後一杯の半日の外出が多くみられる(同月17日,19日,23日,24日,29日など多数)。
さらに,晃友内科整形外科(ママ)でさえ,平成18年8月15日,「気分不快訴えなし」として原告X1を退院させているのに,なぜにその後八木病院において入院治療を受けているのか理解困難である。
以上より,原告X1の治療期間は,通常の頚椎捻挫・腰椎捻挫と同様に受傷から3か月程度,長期化したとしても最大で6か月程度が妥当であると考えられる。したがって,6か月経過後の治療費は,本件事故との相当因果関係を欠く。
エ 原告X2は,本件事故直後の初診では,意識障害が認められていないから,傷病の状態が重篤であるとは考えられず,随時適切な処置を要するような症状の変化が予想されるような状態ではないと考えられるため,基準①には該当しない。
次に,カルテ上,原告X2に対する入院中の食事指導はなく,平成18年7月24日の初診時及び入院初日に「嘔気」の記載があるが,それ以降は特に認められず,食事や薬剤についての経口摂取には問題はなかったと考えられる。また,入院カルテ・看護記録より原告X2の愁訴を確認すると,諸所において「腰部痛」「頚部痛」の記載が認められるが,「自制内」との記載も多く,当初認められた「両手痺れ」の訴えについても入院3日目である平成18年8月6日以降は認められない。その他にも通常の捻挫より重度であるという事情はなく,かえって同月7日の看護記録には「頚~腰部痛持続しているというが,面会者と楽しそうに大笑いしている。」旨の記載があり,看護している者も疑問を感じていた様子がうかがえる。
以上から,八木病院での入院中は,特に重篤な症状はなく,頻回にわたり外出を繰り返している点からも,症状としては通常の頚椎捻挫・腰椎捻挫程度のものと思われる。したがって,入院を要するような治療は不要であり,点滴投与の必要はなく,また,点滴をするにしても通院での治療で十分な状態であると考えられるため,基準②にも該当しない。
原告X2は,平成18年7月25日の看護記録上,「起立まで時間かかるも自力でOK。歩行できる。」との記載が認められ,歩行は可能であり,基準③には該当しない。
また,原告X2の傷病は,通院治療によって患部の症状が悪化する蓋然性の高いものではない。原告X2は,外出を繰り返しており,歩行への問題や,通院することで症状が悪化する恐れがある状態とは考えられない。特に入院せずとも自宅で安静にし,定期的に通院して理学療法などを受け,患部の沈静化に努めるのが通常であり,基準③,基準④にも該当しない。
しかして,原告X2については,晃友内科整形外科における外出や外泊などは認められなかった。しかし,八木病院では,頻回にわたる外出がみられる。原告X2は,晃友内科整形外科入院3日後の平成18年7月26日には「頚部,腰部痛+も自制可」として,自制の範囲内である旨が記載されており,それ以後に嘔気や頭痛などバレーリューを疑わせるような症状が発現している記載はない。したがって,原告X2は,自宅安静で十分であり,入院の必要性は当初からないか,あるとしても3日程度であると考えられる。
また,原告X2は,八木病院入院3日後の平成18年8月6日には,9時から20時まで実に10時間も外出しており,特段入院による安静を保つ必要性に乏しいと考えられる。その後の外出も含めると,八木病院における入院26日間のうち9日間も外出しており,原告X2についても,入院の必要性を自ら否定するような行動をとっている。
そして,原告X2は,八木病院の退院から1か月以上経過した平成18年11月6日に「天候による症状↑」との記載があるまでは,「不安感」「電気風呂後のしびれ」等の記載しかなく,頚椎捻挫と関係のある症状の記載はない。よって,このころには既に症状は安定しつつあり,通常の頚椎捻挫・腰椎捻挫と同様に受傷から3か月程度,長期化したとしても最大で6か月程度が妥当であると思われる。
オ 原告X3は,本件事故直後の初診では,意識障害も認められていない。そして,入院初日である平成18年8月3日のカルテにおいて,診察時の原告X3の訴えは「今は首と腰を押すと痛いだけ」と記載があり,同日19時の看護記録によれば「頭痛なし,頚部痛あるも自制内,特に訴えなし」と記載されている。その後においても「腰痛軽度」「自制内」など症状が軽度であることを示唆する記載が繰り返されている。したがって,傷病の状態が重篤であるとは考えられず,随時適切な処置を要するような症状の変化が予想されるような状態ではないと考えられる。
また,原告X3についても,八木病院入院18日間の中で5回の外出・外泊があり,特に入院3日目の平成18年8月6日には終日(11時間)にわたる外出が可能であった。そのほか,看護記録においても特に入院を要するような症状の変化が予想される状態とは考えられない。したがって,基準①は全く満たされないと思料される。
次に,カルテ上,通院初日と入院2日目に嘔気についての記載があるが,原告X3に対する入院中の食事指導は記載がないことから,食事や薬剤の経口摂取が不可能な状態であったとは考えられない。また,入院カルテ・看護記録より原告X3の愁訴を確認すると,「腰部痛」「頚部痛」の記載が認められるものの,「軽度」「自制内」「特訴なし」との記載が多く,頚椎捻挫としても比較的軽度のものであると思われる。平成18年8月12日からは「疼痛なし」「特変なし」「訴えなし」の記載が続いており,本件事故由来のものと思われる症状の記載は平成18年8月17日から再び出てきた腰痛程度である。本件事故から20日後には症状はほぼ消失に近い状態であり,ここからも入院治療は不要であったといわざるを得ない。したがって,入院をしての点滴投与の必要はなく,点滴するにしても通院での治療で十分な状態であると考えられ,基準②にも該当しない。
原告X3の歩行についても,入院中も外出を繰り返しており,長いときには10時間の外出も行われている。また,平成18年7月24日の看護記録に,「独歩にて入院。腰痛のみで他症状はない。」との記載が認められ,痛み等の症状の訴えもほとんど認められないような状態で,歩行への問題や,通院することで症状が悪化する恐れがあるとは考えられない。したがって,歩行困難や通院治療で症状が悪化するような事情は見あたらず,基準③,基準④にも該当しない。
原告X3には,晃友内科整形外科における外出や外泊こそないが,入院当日である7月24日から「腰痛のみで他症状はない。」旨が記載されているだけであるから,そのまま家に帰し,安静にさせれば十分であり,なぜにわざわざ晃友内科整形外科に移してまで入院させたのか不明である。
また,退院前の平成18年8月2日には看護記録に「症状緩和され,苦痛訴えなし」「症状軽減,訴えなし」との記載があり,その後引き続き八木病院に入院した理由も不明である。
以上から,原告X3についても,八木病院入院の必要性は全くない。
原告X3の症状は,本件事故から1か月後には既に安定しつつあり,認められる治療期間は受傷から1か月,最大でも3か月が限度であり,それ以降の治療については本件事故と相当因果関係を欠く。
カ 原告X4は,本件事故直後の初診では,意識障害も認められていない。そして,八木病院入院後の平成18年8月6日の時点で9時から20時まで実に11時間も外出できており,その後の外出も含めると,八木病院における入院26日間のうち10日間は外出している。このように頻回の外出は入院の必要性を自ら否定しているものといい得る。したがって,傷病の状態が重篤であるとは考えられず,入院による絶対的な安静を維持し,随時適切な処置を要するような症状の変化が予想されるような状態ではないと考えられるため,基準①には該当しない。
次に,カルテ上,原告X4に対する入院中の食事指導はなく,平成18年7月24日の初診時(同日の入院時には訴えなし)及び入院2,4,5日目に「嘔気」の記載あるものの,すぐに消失している。また,入院カルテ・看護記録より原告X4の愁訴を確認すると,諸所に「腰部痛」「頚部痛」の記載が認められるが,「痺れなし」「自制内」との記載も多く,通常の捻挫より重篤な症状であることを示唆する記載は認められない。よって,原告X4の症状は通常の頚椎捻挫・腰椎捻挫程度のものと思われ,通常その程度であれば入院を要するような治療は不要である。したがって,特に食事や薬剤の経口摂取に支障がある状態とは考えられず,入院しての点滴投与の必要はない。仮に点滴をするにしても通院での治療で十分な状態であると考えられるため,基準②にも該当しない。
原告X4は,平成18年7月24日の看護記録に,「独歩にて入院。」との記載が認められ,特に歩行困難性が認められない上,特段通院加療で症状が悪化するような事情は認められず,頻繁に外出を繰りかえしているくらいであり,長いときには11時間の外出も可能なくらいであるので,歩行への問題や,通院することで症状が悪化する恐れがある状態とは考えられず,基準③,基準④にも該当しない。
原告X4についても,晃友内科整形外科における外出や外泊はないが,頭痛や嘔気などの症状は入院5日目である平成18年7月28日を最後に発現していない。同月30日には「腰部痛+,頚部痛+,頭重感+ 本人希望にて左記する」とされており,外部から見ると特に不調は感じられないが,本人が特に痛みを訴えるので書き留めた旨が記載されている。医療関係者も,入院中の本人の動静を見,症状継続について疑問を持っていたことが推測される。
また,退院前日である平成18年8月2日には,「頚・腰痛+,自制内」との記載があり,痛みはあるものの自制し得る旨が記載されている。どうしてこの後,八木病院に入院したのか,不可解といわなければならない。
以上から,原告X4については,入院の必要性はないか,あるとしても5日程度であると思料される。
そして,平成18年10月のカルテには痛み等の訴えは全く記載がないことから,このころには既に本件事故による症状は安定しつつあり,受傷3か月となる平成18年10月から12月ころが妥当な治療期間であると思料される。