○タクシーから降車する際,転倒して傷害を負ったと主張する控訴人が,被控訴人との間で締結した自動車損害保険契約の人身傷害補償条項に基づき,被控訴人に対し保険金の支払を請求し、原判決は,争点(1)(本件事故の状況)について,本件事故は,控訴人が主張するようなタクシーからの降車の際に生じたものではなく,本件特約にいう「自動車の運行に起因する事故」とはいえないとして控訴人の請求を棄却したものを、逆に、「自動車の運行に起因する事故」と認定した平成23年7月20日大阪高裁判決(判タ1384号232頁、自保ジャーナル1880号1頁)全文を紹介します。
○「自動車の運行に起因する事故」と認定した理由は、「
タクシーが目的地で乗客を降車させるため停車する場合,運転手が座席のドアを開け,乗客が全員降車し終わってドアを再び閉じるまでの間も,自動車の運行中であると解するのが相当であるところ,前記認定の事実に照らすと,控訴人はタクシーから降車直後で,しかも1歩か2歩程度歩いたところで本件事故に遭遇したことから,時間的に停車直後であったことはもちろんのこと,場所的にもタクシーの直近で本件事故が発生したといえる。そして,本件事故当時,同乗者である控訴人の妻が料金支払のため未だタクシー内にいて,後部座席のドアが開いたままになっていたことも併せ考慮すると,本件事故は自動車の運行に起因する事故であったと認めるのが相当」というものでした。
○原審は、平成22年10月8日奈良地裁葛城支部判決で、その全文は見つけることができませんが、控訴人の供述は,被控訴人が依頼した調査会社の調査結果と異なるもので信用できないとし,降車後タクシーのドアが閉じられた後に生じた事故であり,降車する際に生じた事故とは認められず,「自動車の運行に起因する事故」にあたらないとして,控訴人の請求を棄却したとのことです。
○「
送迎車両降車着地の際の負傷は運行に起因しないとした最高裁判決紹介」の事案は、「
本件車両は上記自宅前の平坦な場所に停車した。その日の送迎を担当した本件センターの職員がAの降車時に踏み台を使用せず,Aの手を引いて本件車両の床ステップからアスファルトの地面に降ろしたところ,Aは,着地の際に右大腿骨頚部骨折の傷害を負った」というもので、車両ドアは開いた状態での事故と思われます。この最高裁の考え方では、大阪高裁判決は否認されるかも知れません。今後、この種の事故について保険会社が強気になりそうです。
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主 文
1 原判決を次のとおり変更する。
(1)被控訴人は,控訴人に対し,917万0527円及びこれに対する平成19年7月14日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
(2)控訴人のその余の請求を棄却する。
2 訴訟費用は,第一,二審を通じてこれを10分し,その7を控訴人の負担とし,その余を被控訴人の負担とする。
3 この判決の1項(1)は仮に執行することができる。
事実及び理由
第1 控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人は,控訴人に対し,2990万1040円及びこれに対する平成19年7月14日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
1 本件は,タクシーから降車する際,転倒して傷害を負ったと主張する控訴人が,被控訴人との間で締結した自動車損害保険契約の人身傷害補償条項に基づき,被控訴人に対し保険金の支払を請求している事案である。
2 争いのない事実等,争点及び当事者の主張は,次のとおり補正するほか,原判決「事実及び理由」の「第2 事案の概要等」2ないし4(2頁1行目から8頁14行目まで)に記載のとおりであるから,これを引用する。
(1)3頁21行目の「調査を行い,」の次に「平成19年8月21日付けで」を加える。
(2)4頁1行目の「タクシー会社」を「Zタクシー株式会社(以下「Zタクシー」という。)代表者」と改める。
(3)同頁11行目の「Zタクシー」の次に「代表者」を加える。
(4)同頁13行目の「気配がした」の次に「のですぐ下車して見ると,角切りされたブロック塀の所で控訴人が座り込んで痛がっていた」を加える。
(5)同頁15行目の「(原告が」から16行目末尾までを,「(本件事故は「自動車の運行に起因する事故」に当たるか)」と改める。
(6)5頁5行目の「被告が」から「降車後に」までを,「控訴人がタクシーから降車後1歩か2歩程度歩いたところで」と改める。
(7)同頁11行目の「下水」を「排水溝」と改める。
3 原判決
原判決は,争点(1)(本件事故の状況)について,本件事故は,控訴人が主張するようなタクシーからの降車の際に生じたものではなく,本件特約にいう「自動車の運行に起因する事故」とはいえないとして,控訴人の請求を棄却した。
4 控訴人の控訴理由
控訴人は,原判決の事故態様に関する事実認定の誤りを指摘するほか,損害について以下のとおり追加して主張している。
控訴人は,後遺障害等級第6級を前提とする損害を主張するが,それが認められなくても,控訴人には,本件事故によって左下肢に3センチメートルの骨短縮を生じているところ,この部分だけでも後遺障害等級表第13級9号に該当し,人身傷害保険金の支払対象となる(甲1の19頁)。その場合,控訴人が被控訴人から支払を受けられる保険金の額は,(ア)治療費125万6980円,(イ)通院交通費24万5000円,(ウ)入院雑費38万1700円,(エ)休業損害581万4000円,(オ)入通院慰謝料155万9040円,(カ)後遺症逸失利益196万7147円,(キ)後遺症慰謝料60万円の合計1182万3867円になる。
第3 当裁判所の判断
1 本件事故の状況(争点(1))
当裁判所は,本件事故は,控訴人がタクシーから降車後1歩か2歩程度歩いたところで発生したものであると認め,さらに,それも本件保険約款にいう「自動車の運行に起因する事故」であると解するのが相当と判断する。その理由は,次のとおりである。
(1)証拠(甲12,18,乙1,当審証人丙川一男,原審控訴人本人)を総合すると,控訴人は,平成15年3月27日午後9時ころ,妻と共に自宅に向かうためにZタクシー(乙山運転)に乗車したこと,上記タクシーは,控訴人らを降車させるために控訴人の自宅手前の路上で停車したこと,同所付近の道路は,控訴人自宅方向にかけて上り坂になっており,しかも,上記道路の左端には約10センチメートルの段差があったこと,控訴人は,タクシーの後部左側座席に乗っていたため先に降車したが,降車後1歩か2歩程度歩いたところで,上記の段差につまずいて転倒し,左臀部付近を強打したこと,そのとき控訴人の妻は,まだタクシー内に残っていて運転手乙山に料金を支払っていたことが認められ,その認定を覆すに足りる証拠はない。
被控訴人は,本件事故は,控訴人の身体がタクシーから完全に離れた状況下で発生したものであると主張し,乙1中には,Zタクシーから調査員が聴取したところによると,乙山は降車扱いを終了しドアを閉じた後2,3秒してから,控訴人が転倒した気配がしたので,下車して確認すると控訴人が角切りされたブロック塀の所で座り込んで痛がっていたと述べている旨記載されている。しかし,当審証人丙川によれば,同証人(調査員)は,乙山から直接事情を聴取したものではなく,同タクシーの代表者らから上記の内容を伝えられたにすぎないものであり,原審控訴人本人等の証拠によれば,上記Zタクシーの主張する事実を認めることはできない。
(2)ところで,本件保険契約約款上,人身傷害補償を受けるためには,「自動車の運行に起因する事故」に該当することが必要であるから,本件事故が「自動車の運行に起因する事故」と認めることができるか否かが問題になる。
上記「自動車の運行に起因する」とは,自賠法3条の「自動車の運行によって」と同義であると解されるところ,「運行」とは「人又は物を運送するとしないとにかかわらず,自動車を当該装置の用い方に従い用いること」(自賠法2条2項)であり,当該自動車に固有の装置の全部又は一部をその目的に従って操作している場合,自動車の「運行」に当たるといえる。そうすると,自動車が停車中であることをもって,直ちに自動車の運行に起因しないと判断するのは相当ではなく,自動車の駐停車中の事故であっても,その駐停車と事故との時間的・場所的近接性や,駐停車の目的,同乗者の有無及び状況等を総合的に勘案して,自動車の乗客が駐停車直後に遭遇した事故については,「自動車の運行に起因する事故」に該当する場合があると解するのが相当である。
これを本件についてみるに,タクシーが目的地で乗客を降車させるため停車する場合,運転手が座席のドアを開け,乗客が全員降車し終わってドアを再び閉じるまでの間も,自動車の運行中であると解するのが相当であるところ,前記認定の事実に照らすと,控訴人はタクシーから降車直後で,しかも1歩か2歩程度歩いたところで本件事故に遭遇したことから,時間的に停車直後であったことはもちろんのこと,場所的にもタクシーの直近で本件事故が発生したといえる。そして,本件事故当時,同乗者である控訴人の妻が料金支払のため未だタクシー内にいて,後部座席のドアが開いたままになっていたことも併せ考慮すると,本件事故は自動車の運行に起因する事故であったと認めるのが相当である。
2 本件事故と傷害の因果関係(争点(2))
証拠(甲12,18,乙2の1,2の2,5,原審控訴人本人)によると,本件事故により,控訴人は左臀部付近を強打し,それによって左大腿骨転子部骨折の傷害が生じたことが認められる。
控訴人は,両大腿骨頭壊死についても,本件事故と相当因果関係があると主張するが,両大腿骨頭壊死は,本件事故によって骨折していない右で先に発症し,その後に骨折した左大腿骨頭に出現したこと等に照らすと,本件事故と両大腿骨頭壊死発生との間に相当因果関係があると認めるには足りず(乙5ないし7),控訴人提出の甲13,16の見解は採用できない。
したがって,控訴人の上記主張を採用することはできない。
3 損害額(争点(3))
(1)治療費 91万0230円
証拠(乙2の1,2の2,3)によると,控訴人は,本件事故日の翌日である平成15年3月28日から平成16年12月31日までの間,本件事故によって発症した左大腿骨転子部骨折の治療のため,平成記念病院に入・通院し,また,平井病院にも通院して治療を受けたことが認められる。その治療のために控訴人が負担した費用は,下記のとおり91万0230円であり,これは本件事故によって控訴人に生じた損害と認める。なお,平成17年1月1日以降の治療にかかった費用は,本件事故との相当因果関係が認められない両大腿骨頭壊死の治療のためと認められるから,その治療費を被控訴人に求めることはできない。
平成記念病院分 89万6940円(甲4)
平井病院分 1万3290円(甲5)
(2)通院交通費 14万7000円
控訴人の受傷部位及びその程度からは,通院にタクシーを利用することも相当であると認められるところ,本件事故後平成16年12月31日までの間,控訴人が治療のための通院に要した交通費(タクシー代)は,下記のとおり合計14万7000円であったと認められ(甲4,5,弁論の全趣旨),これも本件事故による控訴人の損害である。
平成記念病院分(通院日数35日)
3000円╳35=10万5000円
平井病院分(通院日数21日)
2000円╳21=4万2000円
(3)入院雑費 27万2800円
争いのない事実等(3)アないしウ及び上記(1)のとおり,控訴人は,合計248日間,本件事故によって発症した左大腿骨転子部骨折の治療のため入院したことが認められ,本件特約の損害額基準(甲1の20頁以下)によると,入院諸雑費は入院1日につき1100円とされているから,その間の入院雑費合計27万2800円
(1100円╳248日=27万2800円)も本件事故によって控訴人に生じた損害と認める。
(4)休業損害 367万6500円
控訴人は,本件事故による受傷のため,本件事故後平成16年12月31日までの全期間,休業を余儀なくされたと認められる。なお,控訴人の本件事故直前の1日あたりの実収入額は5700円を下回る(甲8)から,上記損害額基準により1日につき5700円として,控訴人に生じた上記期間の休業損害を計算すると,次のとおりになる。
5700円╳645日=367万6500円
(5)入通院慰謝料 136万6680円
ア 上記損害額基準及び甲4,5によると,次のような計算になる。
(ア)平成15年3月28日から同年6月27日までの間
(入院日数92日,通院日数0日)
8400円╳92日=77万2800円
(イ)同年6月28日から同年9月27日までの間(入院日数14日,通院日数14日)
(8400円╳14日+4200円╳14日)╳0.75=13万2300円
(ウ)同年9月28日から同年12月27日までの間
(入院日数81日,通院日数0日)
8400円╳81日╳0.45=30万6180円
(エ)同年12月28日から平成16年4月27日までの間(入院日数58日,通院日数8日)
(8400円╳58日+4200円╳8日)╳0.25=13万0200円
(オ)平成16年4月28日から同年12月31日までの間(入院日数3日,通院日数34日)
(8400円╳3日+4200円╳34日)╳0.15=2万5200円
イ 以上の合計 136万6680円
(6)後遺症逸失利益 219万7317円
本件事故によって控訴人は左大腿骨転子部骨折の傷害を負い,そのため,左大腿が約2センチメートル短縮したことが認められるから(乙2の1の18頁の平成16年4月1日欄),控訴人の後遺症は,少なくとも後遺障害等級表第13級9号に該当する。控訴人(昭和11年7月*日生)は,平成16年12月31日当時68歳であり,その就労可能年数8年に対応するライプニッツ係数は6.463である。控訴人の事故前の収入は,年齢別平均給与額を下回るから,上記損害額基準により基礎収入は年齢別平均給与月額31万4800円によることとし,労働能力喪失率を9パーセント(第13級9号)として計算すると,控訴人の後遺症逸失利益は,219万7317円になる。
31万4800円╳12╳0.09╳6.463=219万7317円
(7)後遺症慰謝料 60万円
上記損害額基準によると,後遺障害等級表第13級に対応する慰謝料は60万円である。
(8)(1)ないし(7)の合計 917万0527円
4 よって,控訴人の請求は,917万0527円及びこれに対する平成19年7月14日(本件保険契約の一般条項(甲1の14頁以下)によると,保険金請求者が保険金支払請求をした日から30日以内に保険金を支払うこととされているところ,甲9と弁論の全趣旨によれば,控訴人が支払請求をしてから30日が経過した後の日であると認められる。)から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による金員の支払を求める限度で理由がある。
よって,原判決を変更することとし,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 前坂光雄 裁判官 菊池徹 裁判官 白井俊美)