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小松亀一法律事務所は、「交通事故」問題に熱心に取り組む法律事務所です。

休業損害逸失利益

自営業者逸失利益算定時固定経費認定平成26年10月31日大阪地裁判決紹介

○逸失利益については、休業損害と異なり、固定経費分は損失とは解されないとする裁判例が多いところ、「自営業者の基礎収入については、売上金額から流動経費を控除した額(すなわち、売上から全ての経費を控除した所得に固定経費を加えた額)を基礎とするのが相当である。したがって、原告の基礎収入については、上記申告所得額に固定経費と考えられる地代家賃及びリース料を加算した477万9099円として逸失利益を算定するのを相当とする。」と明言した平成26年10月31日大阪地裁判決(事件番号 平成24年(ワ)第13647号、自保ジャーナル・第1938号)の判断部分全文を紹介します。

○逸失利益について固定経費を損失とはしないのは、将来も固定経費がかかるとは限らないとの考えと思われます。しかし、後遺障害の程度がさほど重くない事案で、同一業種を同一形態で営業継続する場合は、従前同様固定経費がかかることが確実ですから、損失と認めて然るべきです。逸失利益だから一律に固定経費は損失は認められないとするのは不合理です。判決は従前裁判例を踏襲する例が圧倒的に多いところ、この大阪地裁判決は画期的です。損害保険料率算出機構が頑として認めなかった中心性脊髄損傷と事故との因果関係を認めたことも評価できます。

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第三 当裁判所の判断
1 被告乙山の過失

(1) 掲記の証拠、証拠(略)及び原告本人の尋問結果(ただし信用できない部分を除く。以下同じ。)から以下の事実が認められる。
ア 本件事故発生場所は、交差点の停止線付近である。
イ 原告は、原告車両を運転し、上記交差点まで進行し、対面赤信号にしたがい、停止線の前に停止した。被告乙山は、被告車両を運転し、原告車両の後方から本件事故発生場所まで進行して、停止せずに原告車両に追突した(原告本人尋問結果)。原告は、原告車両とともに約1.8㍍押し出され、同車両もろとも左に転倒した同追突により原告車両の後部パネル類が破損するなどした。

(2) 上記に認定した事実によれば、本件事故の発生につき被告乙山には前方不注意の過失があると認められる(弁論の全趣旨)。したがって、被告乙山は、本件事故により原告に発生した損害につき不法行為に基づき賠償する義務があると認められる。

2 損害
(1) 治療経過

ア 原告は、本件事故後、B外科に救急搬送され。全身打撲傷、外傷性頸部症候群、腰背部挫傷、左肩関節挫傷、右手関節挫傷及び左下腿挫創と診断された。レントゲン画像上変性はなかった。原告は同月30日、同年10月2日、同月7日に同外科を受診し、MRI検査を受けた。

イ 原告は、本件事故発生当日、D病院を受診し、左下肢打撲、挫創、右手関節部打撲、左肩打撲及び背部打撲と診断された。原告は、同病院に同年10月1日まで通院したが、左肩の痛みが軽減しなかった。

ウ 原告は、同年10月2日、C診療所を受診し、外傷性頸部症候群、左肩関節挫傷、左下腿挫傷の診断を受けた。原告は、同年10月2日及び7日にB外科で頸椎MRI検査を受けた。同MRI画像には、C4/5(第4第5頸椎間)に軽度の脊髄圧迫が見られる。
 原告は、同年12月15日、両背側骨間筋に萎縮があり、左第1ないし第3指及び右第5指に感覚過多、深部腱反射は二頭筋、腕橈骨筋、三頭筋、膝蓋腱、アキレス腱のいずれも低下していた。MRI検査では、第3第4頸椎間にマイルドな狭窄があるものの、脊髄に高輝度変化はないとされた。同日、原告は、中心性頸髄損傷と診断された。同日の頸椎レントゲン上では第5第6頸椎間、第6第7頸椎間の権間板に高狭小化という変性所見がみられる。

 原告は、C診療所において、少なくとも平成21年11月17日に左手手指がビリビリする、左手に力が入らない、同年12月8日に頸部痛、左肩痛、両手しびれ、両上肢に力入らないなどの症状を訴えていた。原告は、平成22年4月9日、MRI検査を受けた。同検査の結果、第2第3頸椎間から第6頸椎での脊髄内にやや高輝度変化が認められた。原告は、平成22年4月24日まで、同診療所に通院した。

エ 原告は、平成22年4月24日、C診療所において、中心性頸髄損傷により、頸部痛、両手指のしびれ、両手指の筋力低下、箸が持てない、自動車の運転ができない、ビンの栓が抜けない、飲料缶が開けられない、両上肢の重度の機能障害、頸部運動制限(前屈10度、後屈0度、右屈10度、左屈10度、右回旋15度、左回旋25度)、全身倦怠感及び両手指血行障害の症状で症状固定したと診断された。

オ 原告は、平成23年11月17日、F病院脳神経外科に入院した。同月21日に同病院で実施された頸椎MRI検査の結果、第2第3頸椎間、第6第7頸椎間で脊柱管狭窄があり、その程度は平成22年1月15日のそれより進行していることが確認された。
 原告は、同病院において、同月24日、第2ないし第7頸椎に対し、椎弓形成術(椎弓を拡張することで脊柱管を広げて圧迫を解除する手術)を受けた。同手術後は、作業療法等を受けた。その結果、退院時には両手関節から指先まで及び足関節から先のしびれが残存し、握力は右10.4㌔㌘、左6.9㌔㌘、ボタンなどの操作、箸の操作のしにくさがあり巧緻性が低下している状態であった。

 原告は、同年12月1日、同病院を退院し、リハビリ目的でD病院に転院した。リハビリ中は、しびれは継続したものの、握力の上昇、自助具を使っての箸操作で取りこぼしがない、太い柄の鉛筆で書字して徐々に筆圧が上昇するなど症状の改善が見られた。

カ 原告は、同年12月1日から平成24年3月21日までD病院に入院し、リハビリ等を行った。

キ 原告は、平成24年5月14日、D病院において、頸椎症(頸部脊椎管狭窄症及び頸椎後縦靱帯骨化症)により、両手指筋力低下、両母指筋萎縮、両下肢筋力低下、両上下肢腱反射低下、歩行障害(速足不可)、姿勢障害(あぐら不可、もたれないと座位不可)、両下肢しびれ、両上肢手指運動障害、両手指温痛覚障害等の後遺障害で症状固定したと診断された。

(2) 損害保険料率算出機構の後遺障害等級判断
ア 原告は、被告会社に対し、後遺障害等級の事前認定を申し立てた。
 損害保険料率算出機構は、平成22年6月10日、原告には中心性頸髄損傷を客観的に裏付ける画像上の異常所見や神経学的異常所見がないとして、中心性頸髄損傷の存在を否定し、原告の頸部痛及び両手指のしびれ等の症状につき、局部に神経症状を残すものとして別表第二第14級9号に該当すると判断した。頸部運動障害についてはその原因となる他覚的所見がないことなどを理由に後遺障害には該当しないと判断した。

イ 原告は、同年7月8日、原告が中心性頸髄損傷により運動機能に著しい障害を残しているとして、後遺障害等級3級3号又は5級2号に該当するとして上記事前認定結果に対し異議を申し立てた。
 損害保険料率算出機構は、同年11月26日、頸部MRI画像から器質的損傷、髄内の輝度変化及び神経の圧迫が認められないこと、初診時(平成21年9月3日)から終診時(平成22年4月24日)までの神経学的再見(具体的症状、腱反射、知覚障害の経過)が記載されておらず、診療情報提供書において生理的腱反射が全て消失とされていること、頸髄中心性損傷との傷病名が追加されたのが本件事故から約4ヶ月半後であることを理由に、本件事故と相当因果関係のある脊髄症状とは捉え難いなどとして、他覚的に神経系統の障害が証明されたものといえないとして、14級9号の判断を維持した。

ウ 原告は、平成22年12月14日、H病院丁山医師の診断書、C診療所戊田医師の回答書等を添付した上、原告の後遺障害が最低でも7級7号に該当するとして、再度等級認定に対し異議を申し立てた。
 損害保険料率算出機構は、平成23年2月17日、上記イとほぼ同様の理由及びH病院の診断書で、深部腱反射遅延とされていること等により、14級9号の判断を維持した。

エ 原告は、平成23年3月23日、上記戊田医師の所見書、MRIレポート、診療録等を添付した上、再度事前認定等級に対し、異議を申し立てた。同所見書には、平成21年9月以降頸部挫傷として治療後には手指の機能障害や手背骨間筋委縮が出現せず、(その当時は)中心性頸髄損傷の診断がつかなかった旨記載されている。

 損害保険料率算出機構は、上記イ及びウ同様の理由に加え、上記所見書の記載内容、上記MRIレポートが本件事故から7ヶ月後の検査に基づくものであること、H病院の診断書でも本件交通事故との因果関係は不明であるとされていること等を理由に従前の判断を維持した。

オ 原告は、平成23年8月24日、J病院の診断書、筋電図報告書、B外科及びD病院の診療録等を添付して、再度事前認定等級に対し、異議を申し立てた。
 損害保険料率算出機構は、新たに提出された上記各資料をもってしても、頸髄損傷の症状が受傷当初から存在したことを確認することは困難であるなどとして、従前の判断を維持した。

(3) 本件事故と相当因果関係のある後遺障害の内容程度
 前記1で認定した事故態様からすれば、頸椎の神経圧迫を引き起こしてもおかしくない程度に相当の外力が加わったということができる。
 次に、上記(2)の損害保険料率算出機構の各判断をふまえると、中心性脊髄損傷という診断名に相当する他覚的所見があるとまでは認定できない。しかし、上記(1)で認定した事実によれば、原告には事故後の初期段階から軽度であれ脊髄圧迫所見があり、平成22年4月9日の画像に脊髄内の高輝度変化があったということは認められる。これらは、少なくとも、しびれ等の神経症状を説明することのできる他覚的所見ということができる。

 上記(1)(2)の認定事実及び上記判断によれば、原告に残存する後遺障害のうち、少なくとも神経症状については、他覚的所見の裏付けがあり、本件事故と相当因果関係のある損害と認められ、その程度は、上肢及び下肢のそれぞれにつき、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)施行令別表第2第12級13号に相当すると認められる。

 そして、上記で因果関係を認めた神経症状の限度であれば、平成22年4月24日時点以降しびれ等の症状は一貫して継続しており、変化が見られないことからすれば、同日時点で症状固定したというべきである。

 椎弓形成術については、脊柱管狭窄の解消が直接の目的であるところ、脊柱管狭窄は外傷によらずとも発症する疾患であること及び、同術の範囲が第2ないし第7頸椎と広範囲であるところ、上記(1)の診断経過に照らし、これが全て本件事故直後から発症していたとは言い難いことからすれば、本件事故と相当因果関係のある損害とは認められない。

 そうすると、原告の後遺障害は総合して同別表第二併合11級程度ということができる。

(4) 素因減額
 交通事故がなくとも脊柱管が狭窄して神経を圧迫することはあること、身体的素因がなければ狭窄の程度は事故後一定のはずであるが、原告の場合、事故後狭窄の程度が悪化していること(上記(1)オ)からすれば、原告には、身体的素因として脊柱管狭窄があったと認められる。後遺障害の内容程度及び上記素因の内容、本件事故後の症状の推移等に鑑み、3割の素因減額を相当と認める。

(5) 損害額
ア 治療費等 80万9326円
 上記(3)の認定判断によれば、平成22年4月24日までのB外科、C診療所及びD病院における治療及びこれに関する薬剤代は本件事故と相当因果関係のある損害と認められる。E整骨院における施術については、施術後も症状が特段緩和されずに残存したこと等からすれば、本件事故と相当因果関係のある損害と認めることはできない。証拠及び被告が支払ったことを認めていることにより認定できる治療費は以下のとおりである。
B外科 15万2978円
C診療所 54万2488円
D病院 3万1830円
G薬局 8万2030円

イ 通院交通費 0円
 通院にかかる交通費に関し、一切立証がなく、損害として認めることができない。

ウ 入通院慰謝料 136万円
 本件事故(平成21年9月3日)から症状固定日(平成22年4月24日)まで約8ヶ月間通院したことに鑑み、通院慰謝料として136万円を認める。

エ 休業損害 0円
(ア) 認定事実
 原告は、平成9年7月22日、大阪市a区<地番略>の店舗を月額賃料35万円で賃借し、同所で飲食店の営業を始めた(以下「旧店舗」という。)。
 原告は、平成21年9月30日、大阪市b区<地番略>の店舗を月額賃料10万円で賃借する賃貸借契約を締結した(以下「新店舗」という。)。

(イ) アルバイト代
 前記(1)で認定した原告の症状及びこれに対する治療経過からすれば、原告は、本件事故後症状固定までの間、飲食店での就労に一定の支障を来した可能性自体は否定しない。
 しかし、アルバイト従業員を雇ったことを示すものとして出された証拠(略)は本件訴訟係属期間中いつでも提出が可能なはずであるのに弁論終結期日になり突然提出された書証であり、その信用性については慎重に検討する必要がある。また、原告がアルバイト従業員を雇用したと主張する期間を含む平成21年及び平成22年における原告の確定申告書に添付された損益計算書には給与賃金の記載がない。さらにいえば、原告の旧店舗の規模からすれば、本件事故前からアルバイト従業員を雇っていた可能性も十分考えられる。以上からすれば、本件事故後に初めてアルバイト従業員を雇ったとする原告の供述は信用できず、同アルバイト代を本件事故と相当因果関係のある損害と認めるには証拠が足りない。

(ウ) 店舗移転費用
 上記(ア)によれば、原告は、本件事故発生の27日後には店舗の移転を決めた上、新店舗の賃貸借契約を締結するに至っている。同契約締結日頃は、未だ原告は各患部の打撲と診断されるのみで中心性脊髄損傷とは診断されておらず、後遺障害が残存する見込みが大きかったとはいえない。また、原告の労働能力喪失を補うには店舗の移転が必要だったことについては、これを立証するに足る証拠があるとはいえない。その他の証拠を勘案しても、店舗の移転が、本件事故と相当因果関係があると認めることはできない。したがって、同移転にかかる費用について、本件事故による損害とは認められない。

オ 後遺障害慰謝料 400万円
 前記(3)で判断した後遺障害の程度(併合11級)に照らし、上記金額を認める。

カ 後遺障害逸失利益 1117万3055円
(ア) 基礎収入 477万9099円
 本件事故発生の前年である平成20年における原告の確定申告売上額は945万6500円、申告所得額(青色申告特別控除を除く)は77万1087円である。同申告の基礎となる損益計算書には、経費として、地代家賃352万8000円、リース料48万0012円を含む合計526万6867円が計上されている。

 自営業者の基礎収入については、売上金額から流動経費を控除した額(すなわち、売上から全ての経費を控除した所得に固定経費を加えた額)を基礎とするのが相当である。したがって、原告の基礎収入については、上記申告所得額に固定経費と考えられる地代家賃及びリース料を加算した477万9099円として逸失利益を算定するのを相当とする。

(イ) 労働能力喪失率 20%
 前記(3)で認めた原告の後遺障害の内容程度に照らせば、原告は、同後遺障害により20%労働能力を喪失したと認められる。

(ウ) 労働能力喪失期間 18年
 前記のとおり、原告の後遺障害は平成22年4月24日に症状固定したと認められるところ、昭和35年8月生まれの原告は、上記症状固定日当時49歳だったと認められるから、一般的な就労可能年限である67歳までの18年間上記(イ)で認定した割合で労働能力を喪失したと認められる。

(エ) 計算式
 477万9099円×0.2×11.6895=1117万3055円

キ アないしカの合計 1734万2381円

ク 素因減額(3割)後合計 1213万9666円

ケ 既払金(333万8606円。争いなし)控除後合計 880万1060円

コ 弁護士費用 88万円
 上記ケの金額及び本件に表れた一切の事情を考慮し、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用として上記金額を認める。

サ 上記ケ及びコの合計 968万1060円

3 結論
 よって、原告の請求は主文の限度で理由がある。
 仮執行免脱宣言については、相当でないからこれを付さない。
(口頭弁論終結日 平成26年9月30日(被告Y保険会社関係)平成26年10月2日(被告乙山次郎関係))

   大阪地方裁判所第15民事部  裁判官 相澤千尋