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小松亀一法律事務所は、「交通事故」問題に熱心に取り組む法律事務所です。

交通事故重要判例

有職主婦の逸失利益算定収入44歳女子平均年収約381万円認定判例紹介

○交通事故事件のバイブルといえる「青本」では、家族のために主婦的労務に従事する家事従事者が交通事故で後遺障害を残して労働能力を喪失した場合の逸失利益算定基準収入は、女性労働者の平均賃金(賃金センサス産業計・企業規模計・学歴計全年齢平均賃金または年齢別平均賃金)を用いるが、通常の場合全年齢平均賃金額とすると解説されています。

○平成24年の全年齢平均賃金は354万7200円ですが、年齢別では最少19歳以下213万1600円、最大40~44歳393万5500円で、高齢65~69歳285万9600円、70歳以上295万6000円となっています。全年齢平均賃金または年齢別平均賃金を用いる解説されていますが、全年齢が一般的で、年齢別平均賃金を用いるのは家事従事者が高齢の場合、金額が低い高齢者の平均賃金額とする判例が多くあります。

○ところが年齢別平均賃金で最高額の40~44歳平均収入を用いた裁判例がありました。平成25年11月28日神戸地裁判決(自保ジャーナル・第1916号)です。43歳女子一家支柱の介護士が交通事故で自賠責7級12号等の後遺障害を残し2734万1394円の既払金を控除した409万5045円を求めて訴えを提起し、請求は棄却されましたが、判決理由中で逸失利益算定基準収入として「原告は、兼業主婦であり、後遺障害逸失利益算定の基礎収入としては、症状固定時に近接する平成23年度賃金センサス産業計・企業規模計・女子学歴計・40~44歳平均年収額である394万1400円とすべきである。」と認定しています。これは今後使えます(^^)。

以下、判決理由全文を紹介します。

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第三 当裁判所の判断
1 争点(原告の損害)について

1) 前提事実のほか、証拠(略)及び弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められる。
ア 本件事故当時(平成22年11月10日午前8時15分ころ)、原告は、自宅から勤務先の老健施設に出勤するため、原告車(ワゴンR)を運転していたが、本件事故現場付近で、前を走行していた乗用車(トヨタハリアー)が急停止したため、原告も原告車を急停止させたところ、後続の被告車(ランドクルーザー)が原告車に追突し、その反動で、原告車は前車に衝突した(本件事故の発生)。
 原告車は、前部も後部も大きく損傷し、廃車となった。

イ 本件事故により、原告は、シートベルトに体を強く締め付けられ、また、原告車のハンドルで前額部を強打した。原告は、B病院に救急搬送され、本件事故当日、4~5時間かけて前額部を40針縫合する手術を受けたが、手術後に、額が割れて肉がえぐれ、中の骨が見える状態であったこと、えぐれたところが壊死する可能性があり、その場合は額が陥没することなどを聞き、大きな不安を感じた。

ウ 原告は、B病院を平成22年11月13日に退院し、同月20日ころにガーゼを取って初めて前額部の傷痕を見たが、まぶたの上から額全部が腫れ上がり、縫合した部分が赤黒くなって、遠くからでも額に半円形の傷があることがわかる状態だった。また、手術後も、前額部の皮膚がつっぱり、傷痕が痛むとともに、常に首が重苦しく、回らずに、容易に横を向けない状態が続いた。

エ 原告は、本件事故当時、高校1年生の長男及び小学6年生の二男との3人暮らしで、派遣会社から医療法人(以下「本件法人」という。)が運営する老健施設に派遣され、介護士として稼働し、一家を支えていた。本件事故後、勤務先の上司からはできるだけ早く出勤するよう何度も連絡があり、また、当時、本件法人が派遣を打ち切り、平成23年3月時点で在籍している派遣社員を直接雇用する方針であることを聞いていたため、原告は、体調不良であったが無理を押して、同年2月21日に職場に復帰した。
原告は、本件事故直後から、仕事はもとより家事もできる状態ではなかったために職場復帰するまでの間、実母が、原告宅に泊まり込んで家事全般を行った。

オ 原告は、職場復帰後は痛み止めの薬を手放すことができず、また、額の傷痕の両側の肉が盛り上がってしまい、皮膚を平らにするために、抜糸後から傷痕全部に1㎝位に切ったテープを十数枚順番に貼るという状態が平成23年の夏ころまで続いた。
 勤務先は、復帰後3ヶ月間は早出勤務と夜勤を外すといった配慮をしてくれたが、原告は、通院のために時間を要し、また、首の痛みで家事の際に下を向いて作業をするのが辛く、総菜を買って手間を省いたり、買物を友人に頼んだりして凌いだ。

カ 原告は、平成23年3月21日、本件法人の直接雇用となり、老健施設の正社員となったが、仕事の内容は変わらなかった。原告は、派遣社員のときは、希望して休日出勤を行うなどしていたために、その年収は約275万円であったが(平成22年4月~10月の合計収入160万4,163円÷7ヶ月×12ヶ月=274万9,993円)、正社員となってからは、休日出勤がなくなったために、その収入は若干減収となった。


(ア) 原告の前額部の傷痕については、額の中央からちょうど半円のような形で、左眉頭から眉間を横切り右眉の中央に達する長さ9.5㎝に及ぶ線状痕があり、右眉の部分自体には傷はないが、右眉の上から上方にも短い線状痕がある。上記線状痕がかかる左眉頭の部分には膨れがあり、現在でも眉毛が生えてこない。ただし、赤色だった傷痕の色自体は、現在ではほとんど赤みがなくなっている。また、本件事故後、半円の傷痕に囲まれた内側と両まぶたが相当程度腫れていたが、現在では腫れがかなり引いた状態である。

 原告は、本件事故前は様々な髪型をしていたが、本件事故後は、可能な部分にコンシーラーを塗るなど化粧を工夫し、かつ、前髪は常に眉にかかる長さを保って下ろしたままにして、傷痕を隠すようにしているが、眉間を横切る傷痕は、前髪では隠しきれない。原告は、現在でも始終人目が気になり、前髪が傷痕の上に来るよういつも触っているような状態である。そして、仮に現在の勤務先を辞めることがあれば、再就職できるか不安に思っている。

(イ) また、前額部のつっぱり感は現在まで常に続いており、風が当たると酷くなって痛い状態となる。そして、傷痕部分に手などが触れると電気が走ったようなしびれ感があるため、帽子を被ることはできなくなり、化粧は注意深く行い、美容院でも事情を話して注意してもらっている。原告は、勤務先で、高齢者や認知症患者の世話をしているが、トイレや食事の介助の際などに顔を近づけ利用者の手が当たったり、入浴介助や体位交換の際などに顔に利用者の腕が当たったりすると、全身に衝撃が走るような痛みがあるため、額に何かが触れないように相当程度注意をして勤務を行っている。

(ウ) 原告の頸椎捻挫後の首から肩にかけての重苦しさや首の凝りは、現在でも続いており、また、本件事故後から、毎日のように突然きーんと耳鳴りが発生するときがあり、現在では頻度は減ったものの、頭痛とめまいも発生するため、頭痛薬を常備している状態である。

(2) 以上を前提として、原告の損害につき、当裁判所の判断は次のとおりであり、これに反する当事者の主張はいずれも採用できない。
ア 治療費 126万7,690円
 当事者間に争いがない。
イ 文書料 1万3,400円
 当事者間に争いがない。
ウ 入院雑費 6,000円
 当事者間に争いがない。
 1,500円×入院4日分=6,000円
エ 通院交通費 1万7,290円
 当事者間に争いがない。
オ 休業損害 107万6,589円
(ア) 基礎収入について
 前記1の認定事実によれば、原告は、老健施設の介護士として稼働し(年収は約275万円)、かつ、家庭にあっては主婦であり、休業損害算定の基礎収入としては、本件事故当時の平成22年度賃金センサス産業計・企業規模計・女子学歴計・40~44歳平均年収額である381万5,100円とすべきである。

(イ) 休業期間について
 前記1の認定事実によれば、原告は、本件事故当日の平成22年11月10日から、職場復帰の前日である平成23年2月20日までの103日間につき、仕事はもとより家事労働についても行うことができない状態であったと認められる。

(ウ) したがって、原告の休業損害は、次のとおりとなる。
 381万5,100円÷365日×103日=107万6,589円

カ 入通院慰謝料 220万円
 原告の入通院期間、実通院日数、原告の受傷内容、特に、原告の前額部挫滅創の程度は深刻なものであったこと、原告は無理を押して早期に仕事復帰せざるをえない状況にあり、復職後症状固定までの間の肉体的・精神的苦痛も大きかったことなどの事情を総合考慮すると、原告の入通院慰謝料としては、220万円を認めるのが相当である。

キ 後遺障害逸失利益 1,063万2,793円
(ア) 基礎収入について
 原告は、兼業主婦であり、後遺障害逸失利益算定の基礎収入としては、症状固定時に近接する平成23年度賃金センサス産業計・企業規模計・女子学歴計・40~44歳平均年収額である394万1,400円とすべきである。

(イ) 労働能力喪失率及び喪失期間について
 前記1の認定事実によれば、原告の後遺障害につき、①前額部の主たる傷痕は、人目につきやすい部位にあり、長さ9.5㎝にも及ぶ半円形の線状痕であること(ただし、和解打切後に実施された原告本人尋問の際には、傷痕の赤み自体や半円の傷痕に囲まれた内側の腫れは、ほぼ引いた状態となっていた。)、実際、原告は、現在でも始終人目を気にしている状況にあり、労働効率の点などに悪影響が及んでいると考えられること、②前額部のつっぱり感は現在まで常に続いており、傷痕部分に手などが触れると電気が走ったようなしびれ感があること、③頸椎捻挫後の首から肩にかけての重苦しさや首の凝りも現在まで続いており、自賠責の等級認定では否定されたものの、本件事故の態様及び程度に照らせば、本件事故後から発生している耳鳴りや頭痛及びめまいについても頸椎捻挫後の局部の神経症状に当たると認めるのが相当と解されること、また、④原告の収入は、本件事故によって減収したものとは認められないが、原告自身が、就労に対する後遺障害の悪影響を最小限度に抑えるために、日々相当程度の努力を重ねていること、⑤今後、仮に原告が転職するとした場合、後遺障害による不利益の発生が考えられることなどが認められ、こうした諸事情を総合考慮すると、原告の労働能力喪失率としては20%とするのが相当であり、労働能力喪失期間は、症状固定時に原告が44歳であったことから67歳までの23年間と認めるのが相当である。

(ウ) したがって、原告の後遺障害逸失利益を、ライプニッツ方式により年5分の中間利息を控除して算定すると、次のとおり、193万0,425円となる。
 394万1,400円×0.2×13.4886(23年に対応するライプニッツ係数)=1,063万2,793円

ク 後遺障害慰謝料 1,030万円
 確かに、外貌醜状の自賠責の等級については、平成23年に等級表の改正が行われ、女子についても平成23年5月2日以降に発生した事故による5㎝以上の線状痕については、原則として新規に設けられた9級16号(外貌に相当程度の醜状を残すもの)に該当するとされており、この点につき一定の留意が必要であるが、個別事案の後遺障害慰謝料については、最終的には、裁判所が諸般の事情を考慮し、合理的判断によって決定するものといえる。

 本件については、前記後遺障害の内容及び程度、特に原告の主たる醜状は、前額部の長さ9.5㎝にも及ぶ半円形の線状痕であり、原告が終始人目を気にしている状況にあること、前額部のつっぱり感やしびれ感を伴っていること、頸椎捻挫後の局部の神経症状についてもそれなりのものが残存していること、そして、本件事故は、上記等級表改正前の平成22年11月10日に発生したものであり、本件事故当時における社会通念として、女子の醜状痕に対する精神的苦痛を当時の等級水準に比して低く評価すべきであるとまではいえないこと、その他本件に顕れた一切の事情を総合考慮すると、原告の後遺障害慰謝料としては、1,030万円を認めるのが相当である。

ケ アないしクの合計額 2,551万3,762円

コ 損害の填補
 前提事実(5)のとおり、原告は、合計2,735万1,394円(人身傷害保険金として2438万0576円、労災補償保険・障害一時金として297万0818円)の支払を受けているから、結局、残損害額は存在しないこととなる(2551万3762円-2,735万1,394円=▲183万7,632円)。

2 以上によれば、原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。
(口頭弁論終結日 平成25年10月21日)
   神戸地方裁判所第1民事部 裁判官 田中智子