過失相殺と損益相殺による控除の前後関係に関する判例紹介
○被害者が交通事故による損害について公的保険給付がなされていると、その金額は損害から控除されます。これを損益相殺と言います。過失相殺が行われる事案で、被害者が公的保険給付を受けている場合、この損益相殺即ち公的給付の控除をする順序が、過失相殺の前後によって結果が異なります。例えば全損害額100万円で、被害者過失割合20%で、被害者が30万円の公的給付を受けていた場合は次の通りです。
控除前相殺
(100万円×0.8=)80万円-30万円=50万円
控除後過失相殺
(100万円-30万円=)70万円×0.8=56万円
上記の通り、被害者にとっては、過失相殺は、損益相殺をして減額された金額についてなされる方が有利です。
○この損益相殺と過失相殺減額の順序について、被害者に既往症等があって訴因減額をすべき場合も同様の問題がありますが、損益相殺減額と訴因減額相殺について明確に論じた判決を探しています。損益相殺と過失相殺減額の順序について論じた判決は、結構あるのですが、訴因減額相殺については、現時点では見当たりません。取り敢えず、損益相殺と過失相殺減額の順序についての判例の理由部分全文を紹介します。勿論、いずれも、被害者に有利な控除後過失相殺説を採っています。
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平成20年5月12日東京地裁(交民集41巻3号576頁)
(11) 損害のてん補
ア 原告が、別紙二記載のとおり、自賠責保険金、障害基礎年金及び高額療養費の支払、支給を受けていることについては、当事者間に争いがない。
原告は、障害基礎年金と高額療養費を控除するに際しては、まず弁護士費用を除く損害の遅延損害金に充当されるべきであると主張している。
障害基礎年金は、国民年金法が「憲法第25条2項に規定する理念に基き、老齢、障害又は死亡によって国民生活の安定がそこなわれることを国民の共同連帯によって防止し、もって健全な国民生活の維持及び向上に寄与することを目的とする」ことを踏まえ(国民年金法1条)、傷病により障害等級に該当する程度の障害の状態にあるときに、支給されるものである(同法30条)。同法においては、被保険者は保険料を拠出し(同法87条以下)、障害の直接の原因となった事故が第三者の行為によって生じた場合、政府は、受給権者が第三者に対して有する損害賠償の請求権を取得する(同法22条一項)。
また、高額療養費は、健康保険法が「労働者の業務外の事由による疾病、負傷若しくは死亡又は出産及びその被扶養者の疾病、負傷又は出産に関して保険給付を行い、もって国民の生活の安定と福祉の向上に寄与することを目的とする」ことを踏まえ(同法1条)、療養の給付について支払われた一部負担金の額又は療養に要した費用の額からその療養に要した費用につき保険外併用療養費等として支給される額に相当する額を控除した額が著しく高額であるときに支給されるものである(同法115条1項)。同法においては、被保険者は保険料を拠出し(同法156条1項)、給付事由が第三者の行為によって生じた場合には、保険者は保険給付を受ける権利を有する者が第三者に対して有する損害賠償の請求権を取得する(同法57条)。
障害基礎年金及び高額療養費は、本件事故が原因となって支給されたものであり、本件事故による損害との間に同質性があり、また、上記のような代位規定があることも考慮すると、公平の見地より、損益相殺的な調整を図る必要がある。本件は過失相殺を行うべき事案であるから、過失相殺とのいわゆる先後関係が問題となるが、障害基礎年金及び高額療養費は、損害の賠償を目的とするものではなく、また、被保険者が保険料を拠出したことに基づく給付としての性格を有していることも考慮すると、過失相殺前に控除するのが相当である。
なお、障害基礎年金及び高額療養費は、いずれも損害の一般的なてん補を目的とするものではなく、個別の法令上の根拠に基づき、一定の要件の下に給付されるものであって、上記のような制度目的や要件に照らすと、療養の給付にかかる高額療養費についてはもとより、障害基礎年金についても、年金受給権者の生活保障にその目的があるから、履行遅滞に基づく損害賠償請求権である遅延損害金に充当することは想定されていないものと解するのが相当である。
平成7年8月25日大阪地裁判決(交民集28巻4号1168頁)
四 過失相殺及び既払いの控除について
まず、労災保険金として支払われた入院付添費44万2294円と治療費61万2204円の合計額105万4498円は、労災事故における積極損害を填補するためのものであつて、労災保険の性質も考慮にいれると、積極損害に該当する損害の合計額を過失相殺した後に控除する。したがつて、前記認定の治療費、付添看護費、入院雑費の合計額260万8867円について、2割5分過失相殺すると、195万6650円となり、そこから、105万4498円を控除すると、積極損害についての残損害額は、90万2152円となる。
次に、障害厚生年金については、支払いが確定した額について、控除の原因となるところ、前記のとおり、被告主張の平成7年7月分までは、その支払いは確定しているから、既払い額167万9271円と右支払いの確定している額8万9883円の合計である176万9154円を控除すべきである。そして、右年金は、被用者であつた障害者の所得保障を目的とするものであるから、控除の対象は消極損害に限られるべきであつて、保険料の拠出者が被用者及び勤労者であること、制度目的が被用者の福祉の増進であることからすると、健康保険における診療給付と同様に、過失相殺前に控除をすると解するのが相当である。したがつて、前記認定の休業損害及び後遺障害逸失利益の合計額1388万3439円から、176万9154円を控除すると、1211万4285円であり、2割5分過失相殺すると、消極損害の残損害額は、908万5713円となる。
そして、自賠責保険金及び被告加入任意保険会社からの支払い金合計405万0176円は、交通事故における人身損害全体の賠償を目的とするものであるから、全ての項目の損害の合計額を過失相殺した後に控除するものであるから、前記の積極損害残損害額90万2152円、消極損害残損害額908万5713円と、慰藉料の合計額720万円を過失相殺によつて減額した540万円を合計した額1538万7865円から、405万0176円を控除すると、1133万7689円となる。
平成25年3月13日東京高裁判決(自保ジャーナル・第1899号)
エ 逸失利益との間で損益相殺的調整をすべきもの
第1審原告花子は、現在までに、障害基礎厚生年金として合計788万2584円(上記ア①)、労災保険に基づく休業給付として合計191万485円(上記ア④)、労災保険年金として合計913万2204円(上記ア⑤)を受領しているところ、これらは、第1審原告花子が被った逸失利益(休業損害及び逸失利益)との間で損益相殺的な調整の対象となるものと解され(62年判決)、不法行為時に損害が填補されたものと評価して元本から(22年判決)、充当すべきである。
第1審被告は、障害基礎厚生年金について、労災保険給付と同様に、過失相殺後に損益相殺的調整を行うべきものと主張する。しかし、障害基礎厚生年金は、被保険者の所得保障を目的とするものであって、損害の賠償を目的とするものではなく、被害者本人が拠出した保険料に基づく給付としての対価的性格を有しており、特に、障害厚生年金は、報酬に比例して保険料及び年金額が算定される仕組みが採用されているため、被害者本人にとって対価的性格が強いものであるから、これを加害者の過失部分に充当することは不合理であり、過失相殺前の損害金に充当するのが相当である。
そうすると、損害額整理表の「①障害基礎厚生年金」欄の「充当」欄に「○」を付したものに充当すべきことになり、その充当関係は同欄中「充当関係」欄記載のとおりとなって、休業損害及び逸失利益に係る第1審原告花子の損害は、7173万5416円残ることになる。
一方、労災保険に基づく休業給付及び労災保険年金については、過失相殺後の損害金に充当するのが相当であるから(元年判決)、上記7173万5416円に丙川の過失割合80%を乗じた金額である5738万8332円に充当することとすると、その充当関係は、損害額整理表の「④休業給付」及び「⑤労災保険年金」欄中「充当関係」欄記載のとおりとなって、休業損害及び逸失利益に係る第1審原告花子の損害は、4634万5643円残ることになる。