○「
裁判所は自賠法第16条の3第1項支払基準に拘束されないことの確認判決」で紹介した自賠責保険金支払基準に関する平成24年10月11日最高裁判決(判時2169号3頁)の一審・二審判決を確認しておきたかったのですが、先ず一審平成21年10月29日高松地裁丸亀支部判決全文(交民45巻5号1067頁、金商1406号43頁)を紹介します。
○事案は、加害者A運転車両と被害者B運転車両が正面衝突してBが死亡した事故につき、加害車に付保されていた自動車共済契約の保険者で、被害者B相続人に賠償したX共済が、自賠責保険会社のY保険に対し、自賠法15条に基づく自賠責保険金の支払を求めましたが、加害者Aと被害者B相続人間での和解の拘束力は、訴訟告知を受けたにすぎない被告Y保険に対しては及ばないとした上で、本件事故では、被害車の車体の約7割5分が反対車線上にある一方、加害車の後部が若干反対車線上にあったことが認められることなどからすると、本件事故原因は、被害者Bのセンターラインオーバーにあり、その過失割合は被害者B9割、加害者A1割と認めるのが相当であり、本件事故に関する被告Y保険の自賠責保険金支払額の額は、自賠法16条の3所定「支払基準」に従っても被告の既払自賠責保険金額1500万円を超えることはないので、原告の請求は理由がないとして、その請求を棄却したものです。
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主 文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一 本件請求
被告は、原告に対し、1500万円及びこれに対する平成20年3月29日から支払済まで年5分の割合による金員を支払え。
第二 事案の概要
一 前提事実(証拠または弁論の全趣旨により容易に認められる事実)
1 本件事故
平成15年9月18日午前2時10分ころ、徳島県阿南市〈以下省略〉先路上において、有限会社a(以下「a社」という)所有にかかるA(以下「A」という)運転の普通貨物自動車(以下「A車」という)とB(以下「B」という)運転の軽四貨物自動車(以下「B車」という)とが正面衝突し、Bが脳挫傷等の傷害を負い、同日、死亡した。
2 本件事故当時、A車は、次の保険に加入していた。
(1) 被告の自賠責保険
(2) 原告の任意保険(対人賠償無制限の自動車共済契約)
3 被告は、平成17年3月、Bの法定相続人(C及びD)に対し、自賠責保険金1500万円を支払った。
4 Cほか1名は、A及びa社を相手方として、平成18年7月、徳島地方裁判所阿南支部に本件事故の損害賠償を求める訴え(以下「別件訴訟」という)を提起した。
同庁同支部が当事者に和解案を提示し、最終的に、平成20年1月29日、Cほか1名とA及びa社との間で、次の内容(要旨)のとおり、訴訟上の和解が成立した。
(1) 本件事故によるBの損害が合計7500万円(逸失利益5400万円、慰謝料2000万円、葬儀費用100万円)であることを確認する。
(2) 本件事故の過失割合につき、Bが6割、Aが4割であることを確認する。
(3) 上記(1)の損害額に過失相殺による減額と既払額(上記3の1500万円)の減額を施した後の1500万円について、A及びa社は、連帯して、Cほか1名に支払う。
5 原告は、上記2(2)の共済契約に基づき、平成20年2月15日、上記4(3)の和解金1500万円をCほか1名に支払った。
6 原告は、平成20年3月28日、被告に対し、自賠法15条に基づき1500万円の追加請求をしたが、拒絶された。
7 Aに対する業務上過失致死被疑事件の捜査は、不起訴処分により、既に終結している。
二 本件請求
原告は、本件事故において被告の自賠法に基づく自賠責保険金支払義務の額は3000万円であると主張して、自賠法15条に基づき、被告に対し、1500万円及びこれに対する平成20年3月29日から支払済まで年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた。
第三 当事者の主張
以下、本判決の11丁の図面を「第1図面」、12丁の図面を「第2図面」という。本判決13丁の図面は、第1図面の一部を2倍で拡大コピーした上、手書きで記入したものであり、以下「第3図面」という。
一 原告の主張
1 過失割合
(1) 主位的主張
別件訴訟において、Aらが被告に対して訴訟告知手続をし、主張、立証が尽くされ、裁判所から詳細な内容の和解案が提示され、最終的に過失割合についてBを6割、Aを4割とする内容で和解が成立した。
被告は、訴訟告知を受けた時点で、別件訴訟の争点が過失割合であることは予知できたから訴訟参加すべきであったのに、参加しなかったこと、和解の場合でも「妥当性あり」と判断されれば、その金額を採用するのが被告の内部基準(甲7)であることに照らし、信義則上、別件訴訟の和解の内容(過失割合に関する条項)は、被告を拘束するというべきである。
よって、本件事故の過失割合は、Bが6割、Aが4割であり、被告がこれを争うことはできない。
(2) 予備的主張
本件事故は、A車及びB車がいずれも中央線をはみ出した状態で、第1図面document image地点よりも少し北側の位置で正面衝突した事故であり、はみ出しの程度に鑑み、過失割合は、A3割ないし4割、B7割ないし6割と考えるのが相当である。
2 被告の自賠責保険金支払義務の額
自賠責保険は、政府管掌保険であり、被害者救済の観点から損害保険料率算出機構が一定の支払基準を作成して適用している。自賠法16条の3所定の「支払基準」では、一般に適用される被害者の過失割合を、自賠責保険が適用される限度で過失割合を減額することになっている。これについては、国の政策として被害者救済の観点から定めたものであるから、裁判の前後により、その適用に差異を認めるのは、結果として被害者に不利を科することになり、公平さを欠くというべきであるから、裁判所を拘束する規範性を認めるべきである。
よって、この規範を適用すれば、Bの過失割合が6割の場合は、過失相殺しないこととなり、被告の自賠責保険金支払義務の額は3000万円となる。仮に、Bの過失割合が7割の場合でも、上記規範を適用すれば、3000万円の2割減額であるから、被告の自賠責保険金支払義務の額は2400万円となる。
二 被告の反論
1 過失割合
(1) 原告の主位的主張について
被告は、別件訴訟の和解の内容に拘束されない。
(2) 原告の予備的主張について
本件事故は、第1図面のとおり、A車(同図面④)が自車線内において、B車(同図面document image)が中央線を大きくはみ出して、同図面document image地点で正面衝突した事故であり、Bに9割以上の過失がある。
2 被告の自賠責保険金支払義務の額
自賠法16条の3所定の「支払基準」は、裁判所に対する拘束力はなく、裁判規範にはならないと解すべきである。
第四 当裁判所の判断
一 過失割合
1 原告の主位的主張について
別件訴訟において、Cほか1名とA及びa社との間で前提事実4のとおり和解が成立したが、その和解の拘束力が、訴訟告知を受けたに過ぎない被告(訴訟参加していない)に対して及ぶと解すべき根拠はない。
この点、原告は、第三の一の1(1)のとおり、信義則上、別件訴訟の和解の内容(過失割合に関する条項)は被告を拘束すると主張する。
しかしながら、後記2の認定事実によれば、上記和解金額について、被告が損害保険料率算出機構自賠責損害調査センターの内部基準(甲7)第7章第1節1(2)にいう「妥当性あり」と判断しなかったことが著しく不合理であるとはいえず、その他原告の主張する事情を踏まえて信義則に鑑みても、訴訟告知を受けたに過ぎない被告に対して別件訴訟における和解の拘束力を認めるには足りないというべきである。
2 原告の予備的主張について
(1) 認定事実
証拠(甲15ないし28、乙1、2)及び弁論の全趣旨によれば、本件事故の状況について、次のとおり認定することができる。
ア 本件事故の現場は、南北に走る片側一車線の県道であり、車線の幅員は約3.4mであり、中央線の表示がある。現場付近は、やや西にカーブしており、見通しが悪く、暗かった。
イ A車は、本件道路を北から南に向けて時速約50kmで進行しており、B車は、本件道路を南から北に向けて時速約50kmで進行していた。
A車は、衝突地点手前で中央線をはみ出し、そのころ、Aは、自車前方に、中央線をはみ出して対向進行してくるB車を発見し、急制動の措置を講じたが間に合わず、B車と衝突した。
ウ 本件衝突の前後において、A車の右後輪は、第2図面の「3.9mのスキッド痕」、「1.1mのスキッド痕」記載のとおりスキッド痕を印象し、同車の左後輪は、第2図面の「0.8mのスキッド痕」記載のとおりスキッド痕を印象したと認められる。
本件衝突の後において、A車の右後輪は、第2図面の「1.9mのスキッド痕」記載のとおりスキッド痕を印象し、同車の左後輪は、第2図面の「1.6mのスキッド痕」記載のとおりスキッド痕を印象したと認められる。
エ 事故現場には、第2図面の「細長い擦過痕document image」、「円形状の擦過痕document image」、「半円形状の擦過痕document image」、「擦過痕」記載のとおり、B車の車体底部によって印象されたと推認できるガウジ痕が残されている。また、B車のタイヤによって印象されたと推認できる擦過痕が中央線上(第2図面のピンク色の位置)に残っている。
B車は、本件衝突後、右回りに弧を描くように後退し、第1図面document imageの地点で停車した。
第1図面のピンク色で囲まれた範囲内に、ガラス片やプラスチック片が飛散している。これは本件事故の直後にB車などから飛散した物体であると認められる。
オ B車は前部が大きく損傷しており、前部右側の破損変形が大きい。B車のボンネットは脱落し、A車の前部ラジエータグリルに挟まっている。B車の前部バンパーは凹損し、かつ、上部が後方へ倒れ込み、上部が一部切断されている。前部ナンバープレートは破損し、後方へ(エンジン上部まで)押し込まれている。エンジンルーム内の右側アブソーバ(甲21図6)が後方に押し込まれている。シャーシ下左右にある2箇所のフック部下方には路面との擦過痕が認められる。
A車は、前面右側が凹損など破損している。フロントパネル下方のラジエータグリルにはB車のボンネットが挟まっている。同グリル下のバンパーは、右側が後方へ折れ曲がっている。右側ドアの下にあるステップは変形しており、前部が車体内側へ15cm入っている。同ステップ後方に位置する右前輪泥除けは、一部後方へ押し込まれるように変形している。右前輪タイヤは一部割損が認められる。
両車両の破損状況からすれば、B車の前面(右側から中央付近まで)とA車の前面(右側から中央付近まで)とが、ほぼ正面(やや斜め)から衝突したと推認できる。
(2) 衝突地点について
ア 前示のとおり、①B車のボンネットがA車のラジエータグリルに挟まった事実、②B車の損傷状況(特に、B車の前部バンパーの上部が後方へ倒れ込み、前部ナンバープレートが後方へ押し込まれ、エンジンルーム内の右側アブソーバも後方に押し込まれていること)、③A車の損傷状況(特に、ラジエータグリルより下の損傷、右最前部から右前輪までの奥行きのある損傷)、④両車両の高さ等の事情からすれば、B車のボンネットより下の部分は、A車のラジエータグリル下のバンパーに衝突し、同バンパーを後方に押しやり、同バンパー部分及びその下のスペースに入り込んだと認められ、その際、B車に下向きの力が加わり、上記(1)エ記載のガウジ痕やタイヤ擦過痕が生じたと考えるのが自然である。
このガウジ痕などの位置のほか、前示認定の両車両の衝突姿勢、A車の走行軌跡、飛散したガラス片やプラスチック片の位置などを総合すれば、本件事故の衝突位置は、おおむね第1図面document image地点であると認めるのが相当である。
イ この点、Eの鑑定書(甲21)では、衝突地点は前示認定地点よりも(B車およそ一台分の車長3.3mほど)北側であり、衝突した際にB車右前部が持ち上げられ、路面にスキッド痕は印象せず、その後、B車が後方に押し戻され、両車両が離れ、B車の前部が落ち、上記(1)エ記載のガウジ痕が印象されたと指摘している。
しかしながら、上記指摘にかかる衝突地点は、上記(1)エ記載のガラス片やプラスチック片の飛散位置と符合せず、上記指摘は採用できない。
ウ また、別件訴訟における裁判所の和解所見(甲4)では、衝突の瞬間、B車の右前部に上向きの力が加わりB車のボンネットがA車のラジエータグリルに挟まったことから、衝突の瞬間にB車の車体底部によるガウジ痕が印象されたとは認めにくいものの、衝突の際、B車に加わった上向きの力は大きいものであったとは認められず、かつ、B車の左前部に上向きの力が加わったとは認められないことから、衝突後すぐにB車の前部がA車の前面バンパー部に入り込むような形になってB車前面に下向きの力が加わり、その際、B車の車体底部によってガウジ痕が印象されるとともに、B車の左前輪によってスキッド痕が印象されたものと推認するのが相当であると指摘されていた。
上記指摘のように、衝突の瞬間、B車の右前部に多少なりとも上向きの力が加わった可能性を否定することはできないが、その直後(ほぼ同時期)にB車の前部がA車の前面バンパー部に入り込み、これらの機序は、衝突の瞬間から衝突エネルギーが吸収されるまでの間の、ごく僅かな時間内に発生したものと考えるべきであるから、上記指摘事項を斟酌しても、本件衝突地点は、第1図面document image地点よりも僅かな距離だけ北方であったと推認できるに留まり、その僅かな距離とは、50cmにも満たない程度というべきである。本件衝突地点が、第1図面document image地点より50cm以上も北方であることを認めるに足りる証拠はないというべきである。
エ 前示認定を踏まえれば、本件衝突地点は、第1図面document image地点か、あるいは、document image地点よりも少し(50cm未満)北方の地点であると認めるのが相当である。後者の場合における両車両の位置は、おおむね第3図面のピンク色及び緑色で表示したとおりであると推認することができる。
(3) 事故態様及び過失割合について
ア そして、事故態様は、次のとおり認定することができる。
A車は、第1図面③地点を通過して同④地点付近でB車と衝突した。B車は、同図面document image地点を通過して同document image地点付近でA車と衝突した。両者の衝突地点は、第1図面document image地点であるか、あるいは、第3図面のピンク色と緑色が交わる地点である。
イ これを前提にすると、B車は、本件衝突時、その車体(車幅1.57m)の少なくとも約75%(約1.18m)は反対車線上にあったと認められる。車幅2.29mのA車にとっては、幅員約3.4mの自車線上に、約1.18mもはみ出して対向してくる車両との衝突を回避することは、ほぼ不可能に近い。
他方で、A車は、本件衝突時、最前部がすべて自車線内にあり、中央付近から後部が若干、反対車線上にはみ出た状態であったと認められる。A車の対向車にとっては、A車と衝突することなく自車線上を進行することは、カーブの遠心力を考慮してもなお極めて容易であるといえる。
両者の過失割合は、上記はみ出しの程度を基本にして判断すべきである。
次に、修正要素について検討するに、本件事故の前に、A車が中央線をはみ出して進行していた(第1図面③付近)ため、これを発見したBが狼狽して運転操作を誤ったことがあったとしても、B車も、本件事故の前に第1図面document image付近で中央線をはみ出して進行しており、この点に関しては、両者の落ち度はほぼ等価値とみることができ、また、第1図面③付近でのA車のはみ出しの程度は、著しいものではなく、B車の自車線上には十分な回避スペースがあったのであるから、Bがこれにより狼狽して運転操作を誤ったこと自体が、通常期待される運転水準を下回る不適切な運転であるとも評価できるのであり、よって、この点に関する事情がBの過失割合を減殺させる程度はごく僅かに過ぎない。
これらの事情を総合考慮すれば、本件事故の過失割合は、Bが圧倒的に大きいというべきであり、Bが90%、Aが10%と認めるのが相当である。
二 被告の自賠責保険金支払義務の額
そうすると、本件事故に関する被告の自賠責保険金支払義務の額は、自賠法16条の3所定の「支払基準」によっても、1500万円を超えることはないし、これによらない場合でも、1500万円を超えることはない。
第五 結論
よって、その余の点について判断するまでもなく、原告の請求は理由がないから棄却すべきであり、主文のとおり判決する。
(裁判官 辻井由雅)