○「
追突事故での統合失調症発症との因果関係を否認した高裁判例全文紹介2」の続きです。
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ウ しかし、辛川医師は、上記各所見と併せて、1審原告の統合失調症について「病因は不明」、「交通事故が発症の心理的ストレス要因となった可能性はあるが、発症の原因の1つであると断定はできない」との所見も示していることが認められ、これらを対比、総合すれば、辛川医師は、本件交通事故が1審原告の統合失調症発症に影響を及ぼした可能性はあるが、そうではない可能性もあり、的確な判断はできかねるという趣旨の所見を示しているというべきであるから、辛川医師の所見から、1審原告の統合失調症が本件交通事故に起因するものであることについての高度の蓋然性を認めるには足りないというほかない。
そして、証拠(略)によれば、社会的なトラブルなどのストレス因が統合失調症発症の契機となることは多く見られるが、これらのストレス因は日常生活で一般的に経験されるものであり、多くの者はこれらのストレス因により統合失調症を発症せず、これらのライフイベントは統合失調症という疾患観念に内包されているのであって、これを医学的な原因と考えることはできないとの医学的知見が認められるところ、前記認定の本件交通事故の態様に照らせば、本件交通事故が被害者に深刻な精神的苦痛を生じさせるものであったとは認め難いことに加え、本件交通事故後の交渉経過についても、訴外丁山は、本件交通事故後、1審原告に妄想、幻聴の症状が確認された平成18年4月上旬までの間、同年2月17日付けの代理人受任通知のほか、同年3月10日付けで1審原告の人身損害に関する責任を負いかねる旨の通知をしたのみであって、交通事故の一方当事者として、特段強圧的な対応をしたものではないことに照らせば、本件交通事故やその事故対応が、通常人が日常生活上、経験することのある社会的なトラブルの域を超えるものであったということはできず、1審原告の統合失調症発症が本件交通事故から通常発生する程度、範囲内のものということはできない。
なお、この点に関連し、1審原告は、本件交通事故により開業の夢が絶たれた1審原告の精神的苦痛は筆舌に尽くし難いものであったと主張するが、本件交通事故と相当因果関係が認められる1審原告の負傷は頸椎捻挫及び頸部神経根症にとどまること(前記認定)に照らすと、これが1審原告の開業を不可能とするものであったとは認め難いのであって、その主張は採用できない。
エ 以上によれば、本件交通事故と1審原告の統合失調症発症との間に相当因果 関係を認めることはできない。
3 損害額
(1) 入院雑費 1万2000円
1審原告の入院雑費は、1日1500円の限度で相当と認め、B病院への入院期間8日分(前記認定)合計1万2000円を本件交通事故と相当因果関係のある損害と認める。
(2) 付添交通宿泊費 0円
前記認定の1審原告の傷害の程度に加え、付添交通宿泊費の支出について具体的な立証がないことに照らし、付添交通宿泊費の支出は本件交通事故と相当因果関係のある損害と認めない。
(3) 通院治療費 0円
B病院神経精神科への通院については、本件交通事故と相当因果関係を認めることはできない。
(4) 通院交通費 11万2860円
1審原告が本件交通事故後、頸椎捻挫等の治療のため、B病院整形外科に合計97日、Cクリニックに2日、各通院したことは前記認定のとおりである。そして、1審原告の住所が仙台市<地番略>であるのに対し、B病院の所在地は仙台市<地番略>、Cクリニックの所在地は仙台市<地番略>であるから、通院に際し、1審原告が相応の費用を支出したことは明らかということができる。したがって、前記各所在地を勘案し、その通院交通費は1日1140円を相当と認め、合計99日分11万2860円を本件交通事故と相当因果関係のある通院交通費と認める。
これに対し、B病院神経精神科への通院については、本件交通事故との相当因果関係を認めることはできない。
(5) 文書料 3万3390円
証拠(略)によれば、1審原告はB病院精神外科に3万3390円、神経精神科に対し2万55円の各文書料を支払っていると認められるが、後者の支出については本件交通事故との相当因果関係を認めることはできない。
(6) 休業損害 0円
証拠(略)によれば、本件交通事故当時、1審原告は、保育園・幼稚園・学習塾等への幼児・児童の送迎のための事業の開業準備をしており、創業・経営改革セミナーを受講していたものの、無職であり、開業も準備段階にとどまっていたと認められ、開業が間近に迫っていたなどの事情を示す証拠もないことによれば、1審原告に休業損害は認められない。
(7) 入通院慰謝料 120万円
1審原告の神経症状が他覚症状を伴わないものであることを踏まえると、B病院整形外科の入院期間8日間、同科及びCクリニックの通院期間約1年1ヶ月(通院実日数99日)による精神的苦痛を慰謝するには120万円をもって相当と認める。
(8) 逸失利益 116万652円
前記認定の1審原告の神経症状は局部に神経症状を残すものということができるから、自賠法施行令別表第二の第14級9号に該当する後遺障害と認められる。これに対し、1審原告は、同神経症状は同表の「局部にがん固な神経症状を残すもの」(第12級13号)に該当すると主張するが、1審原告の神経症状が他覚所見を伴わないことは前記認定のとおりであり、その主張は採用できない。
以上によれば、1審原告は5%の労働能力を喪失したというべきところ、これが他覚所見のない神経症状にとどまることに照らすと、労働能力喪失期間は5年の限度で認めるのが妥当というべきである。また、1審原告の基礎収入は、1審原告が高専卒の男子で(本件事故当時35歳)、公務員としての稼働歴を有し、開業を予定していたことに照らし、平成18年賃金センサス高専・短大卒35歳〜39歳年収額536万1600円とするのが相当である(536万1600円×0.05×4.3295=116万652円)。
(9) 後遺障害慰謝料 110万円
本件交通事故により残存した神経症状が第14級に該当するものであることに照らし、後遺障害慰謝料は110万円をもって相当と認める。
(10) 物損 12万7628円
証拠(略)によれば、1審原告は、本件交通事故による1審原告車の修理費用として12万7628円を支出したと認められるから、同額につき、本件交通事故と相当因果関係のある損害と認める。
(11) 弁護士費用 40万円
本件事案の難易、審理の経緯、請求額、損害額、その他諸般の事情に照らし、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用は40万円をもって相当と認める。
(12) 小計 414万6530円
以上、(1)から(11)の合計額は、414万6530円である。