○「
後遺障害等級標準労働能力喪失率と異なる認定判例全文紹介2」を続けます。
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第三 争点に対する判断
一 争点(1)(事故態様及び過失割合)について
(1) 《証拠略》によれば、以下の事実が認められる。
ア 本件交差点は、南北方向の道路と東西方向の道路が交差する、信号機による交通整理の行われていない交差点である。南北方向の道路は、本件交差点北側手前までは対向一車線によって構成され、本件交差点を越えた南側道路は、南方向への一方通行規制がなされている。東西方向の道路は、西から本件交差点に向かう道路は一方通行規制がなされており、本件交差点西詰に一時停止規制がなされている。南北道路北側及び東西道路西側から本件交差点左右方向の見通しは不良であるが、南北道路北側10メートル程度の位置からは、東西道路西側の一時停止線付近は見通せる状況である。
イ 原告は、原告車両に乗って、本件交差点に向かい、西から時速10ないし15キロメートルの速度で走行していた。原告は、本件交差点手前で減速したが、本件交差点西詰において一時停止することなく、本件交差点に進入した。
被告車両は、時速20から30キロメートルの速度で走行し、本件交差点に進入する際にも、アクセルに足をかけている状態で、特にブレーキを踏むことなく、かつ、左右方向からの進入者ないし進入車両に注意を払うことなく進行した。
ウ 被告は、本件交差点に進入する直前に原告車両の存在に気づき、ブレーキをかけた。原告は、本件交差点西詰停止線あたりにおいて被告車両の存在に気づき、急ブレーキをかけたものの被告車両を回避し得ず、原告車両は、被告車両の右前タイヤ上のフェンダー部分に衝突し、原告車両の前輪が被告車両進行方向と同じ方向に払われ、原告は、被告車両のフロントウィンドウと前方ピラーに左肩を強打し、地面に打ち付けられた。
エ 被告は、本件事故により、業務上過失傷害の罪で略式起訴された。
(2) 原告は、被告車両の走行速度は20ないし25キロメートルよりも速かった旨供述し、甲第41号証には、被告車両の速度が時速49・5キロメートルであった可能性があり、被告車両が急制動をとっていない可能性が高い旨の記載がある。
しかし、原告本人尋問の結果によれば、原告の上記供述は、感覚に基づくものであり、客観的な裏付けに乏しく、甲第41号証の記載も、原告の記憶を前提とした事実に基づくものであることからすれば、これをそのまま採用することは困難であり、他に、上記(1)認定の事実を覆すに足りる証拠はない。
また、原告は、自転車に一時停止規制が及ぶことを認識していなかった旨主張するが、道路交通法の規制が軽車両たる足踏み式自転車にも及ぶことは明らかであり、原告の主張を採用することはできない。
(3) 被告は、十分に前方を注視して徐行しつつ優先道路を走行していた旨主張し、乙第三号証及び被告本人尋問中には、これに沿う部分がある。しかし、被告本人尋問における供述は、略式起訴されているにもかかわらず、これを否定するなど、事故の不利益な部分に関する供述をことさら避けようとし、捜査段階における供述とも食い違う部分があるなど、採用することが困難である。
(4) 以上によれば、本件事故は、一時停止することなく交差点に進入した足踏み式自転車と、左右から交差点に進入してくる歩行者ないし車両に対する注意が不十分であった普通乗用自動車が衝突した事故ということができることからすれば、本件事故の発生につき、原告には30パーセントの、被告には70パーセントの過失が認められるというべきである。
二 争点(2)(原告に残存する後遺障害の程度)について
(1) 原告は、本件事故の結果、後遺障害が残存し、70パーセントの労働能力が喪失した旨主張するところ、《証拠略》に上記認定の事実を併せれば、以下の事実が認められる。
ア 原告は、本件事故前、歯科医として、C歯科医院に勤務していた。
イ 原告は、本件事故の結果、左鎖骨遠位端骨折、右頸部挫傷、右手指挫傷、頸椎捻挫、頭部外傷U型及び第一腰椎圧迫骨折の傷害を負い、入通院治療を受けた後、19年10月1日に症状固定診断を受けた。症状固定時の原告の年齢は、40歳であった。
ウ 原告には、左肩鎖骨骨折に伴い、左肩関節の可動域が右肩関節可動域角度の二分の一以下に制限され、左肩痛及び左手のしびれが残存している。また、第一腰椎圧迫骨折の結果、脊柱に変形障害が残存し、右臀部上部に歩行困難になるほどの激しい腰痛が、1日に2、3回の頻度で生ずるようになった。
エ 上記後遺障害のうち、左手のしびれ等が原因となって、原告は、削った歯に装着する金属製の補綴物の調整や研磨を適切な時間内に終わらせることが困難となり、口腔内において補綴物除去を含む歯牙の切削及び抜歯等の処置の間、患歯周辺の術野明示を保持することが困難となった。
また、左肩の可動域制限及び左肩痛が原因となって、左手指による患歯の固定が行えず、患歯部分から挺子先端部の滑落が容易に出現するようになり、抜歯の際における口腔内部の殺傷等偶発証のリスクが極めて高くなった。
さらに、上記後遺障害が原因となり、浸潤麻酔の刺入点の明示が特に臼歯部において困難となった。また、伝達麻酔における刺入点の明示も困難となり、麻酔針による下顎神経(下歯槽神経)の誤刺により麻痺を呈するリスクが高くなっている。
歯の切削の際には、舌等の軟組織への深い殺傷により、患者に致命的な損傷を与える可能性もあり、切削治療は不可能となった。
そのほか、小児の治療において、場合によって必要となる、患者の身体や頭部を拘束した上での治療の実施等も困難となった。
オ 以上のような状況のため、原告は、勤務先のC歯科医院を退職し、今後も、歯科医として稼働することが不可能となった。
カ そのほか、左肩関節の可動域制限、左肩痛、左手のしびれ及び右臀部上部の激しい腰痛によって、日常生活においても、種々の制約が生じている。
(2) 以上によれば、原告は、本件事故が原因となって残存した後遺障害の結果、今後、歯科医として稼働する可能性を閉ざされたというべきである。このような原告の後遺障害が原告の労働能力に与える影響は、極めて大きいというべきであるが、原告の主張も勘案し、原告の労働能力喪失率は70パーセントとし、労働能力喪失期間は、27年間とするのが相当である。
(3) なお、被告は、原告の労働能力喪失率は、35パーセントを上回ることはなく、労働能力喪失期間も相当程度に限定すべきである旨主張するが、被告の主張を裏付けるに足りる証拠はなく、上記認定に照らしても、被告の主張には、理由がないというべきである。