○「
交通事故・医療過誤競合原因死亡事故損害賠償二重請求返還認容例1」の続きで、被害者に生じた損害の内6600万円を病院から受領済みであることを告げずに全損害として9000万円を受領したことについて「損害の二重請求に該当する不法行為」と返還を求められた被告弁護士の言い訳です。
○その言い訳概要は、
@平成16年1月5日の事故でa医大病院に入院し、医療過誤もあって2日後に死亡した事案について、同年6月にa医大と加害者に同時に請求し、同年12月a医大と示談し6600万円を受領した。
A加害者への訴え提起は平成18年12月、加害者側に損害賠償請求の訴えを提起したが、加害者代理人は医療過誤の介在を指摘してa医大への訴訟告知を明言し医療過誤の存在を熟知していた
B従って加害者側代理人はa医大に示談内容について確認出来たにも拘わらずそれをせず、且つ被告弁護士にも確認しなかったのだから、被告弁護士にはa医大からの示談金受領を告知する義務はない。
C被害者死亡による慰謝料はa医大への請求と加害者側への請求は異なって当然である(a医大から受領した損害と加害者側から受領した損害は別物で重ならない部分がある)
D加害者側代理人弁護士はa医大との示談について確認出来る立場にあるのに確認しなかったので過失相殺減額をすべき
とのことです。
○a医大から受領した損害と加害者側から受領した損害には、重ならない部分があるとの主張だけは、考慮の余地があります。しかし、平成18年1月時点で加害者側に請求するときにa医大から示談金6600万円受領の事実を秘匿して全額請求することは普通の感覚では到底考えられません。加害者側代理人の保険会社顧問弁護士が、迂闊であったことは確かですが、これをもって過失相殺の主張をする感覚もついて行けません。
この被告弁護士の言い訳に対する裁判所の判断は、別コンテンツで紹介します。
********************************************
4 被告の主張(争点)
(1)被告の行為の違法性について
被告には,a医大から示談金を受領していることを告知する義務はなかった。したがって,a医大から示談金を受領していることを加害者代理人に伝えなかったからといって,そのことが違法になるものではなく,不法行為は成立しない。
平成18年12月4日,被告は,加害者を相手に損害賠償請求訴訟を提起した。この時期に提訴をしたのは,加害者が刑事訴追され,そこで過失の存在や事故と死亡結果との因果関係を争っていた(医療過誤によって死亡したと主張していた)ために,被害者の相続人らとの示談交渉が進まないまま,消滅時効の期間が徒過するおそれがあったためである。請求自体は,a医大に対する請求と同時期の平成16年6月に行っている。
この民事事件の第1回口頭弁論期日の数日後の平成19年3月23日,刑事事件において,加害者に有罪判決,しかも実刑判決が下された。間もなく加害者は控訴している。その後行われた民事事件の第1回弁論準備手続期日(同年5月14日)では,加害者の代理人(原告の顧問弁護士)は,事故の発生やその結果以外の事実について否認する答弁を行い,第2回弁論準備手続期日(同年6月25日)では,医療過誤が介在していることを指摘した上で,a医大に訴訟告知をする予定である旨主張している。
そして,同年7月24日に刑事事件で控訴棄却の判決,さらに同年10月27日には刑事事件の上告棄却決定が出て,加害者に対する実刑判決が確定することとなった。その結果,直後の同年11月8日に行われた弁論準備手続期日において,加害者の代理人は,突如被告に対して和解の申出を行った。その次の同年12月14日の期日では,裁判所が予め提示した和解案を基に協議が行われ,平成19年12月25日に和解が成立した。
加害者の代理人は,損害賠償請求訴訟のいわばプロ中のプロである損害保険会社の顧問弁護士である。その弁護士は,当然,被害者が死亡したのは医療過誤が原因であるとの加害者の主張を熟知しており,したがって交通事故の過失が認定された場合でも,民事事件においてはa医大と賠償義務を共同して負担する関係であることを認識しうる立場にあった。現に裁判所を前にして,相続人らの代理人であった被告に対し,訴訟告知をする予定である旨通告している。
さらに,かかる立場故,被告に対し,a医大に対する請求及び賠償がされているか否かを尋ねることができたし(被告は尋ねられれば,a医大との関係で直ちに答えることは出来なかったものの,a医大に守秘義務の解除を求め,その許諾を得た上で当然答えた。),損害保険会社を通じて,a医大が医療保険を利用して賠償金の支払をしているか否かを直接確認することも可能であった。
このような相手に対して,被告に,条理上あるいは信義則上,a医大との示談金の受領を告知する義務があったとは到底考えられない。加害者の代理人が,自ら確認することが可能でしかもそれが容易であったのに行わなかっただけである。
(2)原告の損害について
a医大から受領した6600万円のうち,慰謝料部分や相続人でない被害者の実母が受領した金員は,加害者への請求との間に重複はなく,二重請求にはあたらない。本件のように交通事故と医療過誤という異なる性質の事故が重なって死亡に至った場合には,不法行為の内容,特に過失の内容や程度が異なるのであるから,それぞれの加害者に請求できる慰謝料の金額が異なってしかるべきである。
相続人らが2者から受領した金員は,単に死亡という事実だけに対する損害金ではなく,それぞれの不法行為の内容,過失の態様,程度などを踏まえて,被害者が受けた有形・無形の被害すべてに対する慰謝料が含まれる。そもそも慰謝料算定については,財産的損害と異なり損害の計量及び立証が困難であるため,損害算定は裁判官の自由裁量に委ねられている。
したがって,被告が,a医大への請求時に示した慰謝料金額を超えて,さらに加害者に対して慰謝料を請求することは,何ら不当でも違法でもない。また,a医大が解決金を支払うことで合意した示談は,相続人らだけではなく,相続人でない被害者の実母も当事者として加わっており,被害者の実母は相続人ではないものの親族として固有の損害賠償を請求しうる立場にあり,現にこの示談によって金員を受領している。
これらの点を除いても,相続人らが原告から受領した9000万円の損害賠償金は,被害者に生じた損害の全部を填補するものではない。したがって,仮に6600万円の全部が損害賠償金として重複するとしても,被害者に発生した損害額に遅延損害金を加えた額から6600万円を控除した残額が,加害者が支払うべき損害金額となり,加害者から受領した損害賠償金9000万円のうち,加害者が支払うべき損害金額を超える部分が,原告が返金を求めることのできる金額となる。
(3)過失相殺について
上記(1)の経緯により,加害者の代理人らが,訴訟代理人弁護士として払うべき当然の注意を払わず,容易に行うことのできた確認行為等を行わなかった結果として,9000万円の訴訟上の和解が成立するに至ったのであり,原告が9000万円の支払をしたのは,加害者の代理人に大きな落ち度がある。加害者の代理人の落ち度は,本件訴訟における損害賠償金額の算定に際しては,被害者側の過失として斟酌されるべきであり,被告は,原告の過失割合50%を主張する。