○「
対保険会社直接請求のきっかけ−加害者の誠意」に、その当時、まだ控訴審係属中の事件で、その時点では唯一、加害者本人を被告として訴えを提起した事案を紹介しました。この事案は、「
ある交通事故事件の顛末−予想外自賠責認定が始まり」以下で紹介したもので、私のHPを見て平成17年4月に自賠責保険金請求から依頼してきたAさんの事件でした。
○Aさんは、昭和36年6月生まれで43歳の平成16年10月に交差点で赤信号を無視して進行してきたBさん運転車両に側面衝突され、ジープを運転していたAさんは、衝突の衝撃で先ず右眼付近を運転席側握りバーに強打し、更に車外に放り出され、右半身を道路に叩き付けられ、その時顔面の右目付近も再度道路に強打し、右眼瞼下部分に裂傷を受け大量の出血をし、右眼は四谷怪談の小岩さんのような顔になって10日間も眼が開けられない状態が続き、目が開いてもひどい充血で良く見えない状態が続き、充血が引いても、なお、ぼやけてよく見えない状態が続いたため事故から26日に眼科を受診し、治療を6ヶ月間継続するも、視力低下・視野狭窄のため、平成17年4月、外傷性視神経症との診断で症状固定とされ、回復可能性はないと宣言されました。
○そこで私は外傷性視神経症による視力低下(1.5から0.05)だけで後遺障害等級第9級は間違いないと判断して自賠責請求をするも、右眼障害は事故とは因果関係がないとの理由で後遺障害の対象にならず右肩・右腕部痛等の神経症状だけ後遺障害第14級に認定されました。そこで平成17年12月に少なくとも後遺障害等級9級相当として、一応、加害者Bさんを被告として約4400万円の支払を求める訴えを提起しました。
○Aさんは、大工さんで住宅建築工事の会社を経営していましたが、右肩・右腕痛と右眼の視力低下のため大工仕事は全く出来なくなって失業状態となり、その身体障害のため次の仕事も見つからず、生活は困窮を極めました。保険会社から得た賠償金は14級後遺障害保険金75万円だけでしたが、加害者のBさんへの金銭支払は一切求めませんでした。Bさんが任意保険をかけていたので、保険会社に請求するのがスジと考え、また、BさんがAさんに対し、度々謝罪し、盆暮れには高価な届け物をして誠意を尽くす態度だったからです。
○平成17年12月に右眼視力低下を主な理由に後遺障害等級第9級として訴えを提起しましたが、Bさんの任意保険会社C社は、顧問医の意見書に基づきAさんの視力低下は詐病即ちホントは見えるの見えないふりをしているだけだと答弁してきました。Aさんを詐欺師扱いしてきたのです。この答弁書はBさんの代理人としてのC社顧問弁護士の作成です。加害者Bさん自身は、Aさんの視力低下による失業を知っていたのでただただAさんに恐縮ですとの態度で謝罪を繰り返しました。Bさんとしては、裁判でAさんが詐病と主張するのは到底本意ではなく、本意は、失業で困窮の極みになったAさんに兎に角早く十分な補償をして貰いたいと言うことだけでした。
○然るに任意保険会社C社は、詐病だとの見解を貫く顧問医の意見書を繰り返し提出し、「
ある交通事故事件の顛末−予想外の一審判決に驚喜・驚愕」記載の通り、平成17年12月提訴以来3年9ヶ月経た平成21年9月約5800万円支払えとのAさんの全面勝訴の一審判決を得てもなお控訴して、不当極まりない顧問医の意見書を提出して控訴審でもなおAさんはホントは見えていると争いました。
○このような保険会社の姿勢にBさんはAさんに対しただただ恐縮し、律儀に盆暮れには高価な届け物を贈り続け、Aさんは逆にBさんに対し、敵は不当な主張を続ける保険会社であり、貴方に対して一切恨みはない、もう、ご気遣いは要らないと繰り返し伝える程で、勿論、Aさんは如何に生活が困窮を極めようと、Bさん自身に対する裁判外での請求も一切しませんでした。
○最終的には、翌平成22年9月に至り、ようやく合計5100万円の支払での和解が仙台高裁で成立しましたが、平成16年10月の事故から実に6年の歳月が流れ、この期間のAさんの経済的困窮・精神的苦痛は筆舌尽くしがたいものでした。加害者Bさん自身もこれだけの苦痛を自分の名前での訴訟でAさんに与え続けたことが苦痛極まりないことは言うまでもありません。Bさんの真意は一刻も早く保険会社からAさんに厚い補償をしてもらうことでしたから。
○私は、このような理不尽な訴訟形態を通じて、交通事故被害者の真の敵は保険会社であり、訴えは真の敵である保険会社に提起すべきであると確信し、その後の訴訟は原則として保険会社相手に行っており、これが交通事故訴訟のあるべき姿と確信しています。