○むち打ち損傷による脳脊髄液減少症についての交通事故訴訟事件を現在6件ほど抱えています。現時点刊行されている脳脊髄液減少症に関する文献を読み漁り、私なりにまとめた脳脊髄液減少症概観を紹介します。脳脊髄液減少症関係交通事故訴訟での裁判官に対する説明用の準備書面の一節です。
******************************************
1 脳脊髄液減少症とは
脳脊髄液減少症とは、脳脊髄液が硬膜内側のクモ膜下腔から漏れ、脳脊髄液が減少することにより、脳・脊髄・脳神経・脊髄神経・自律神経が失調を来し、頭痛を始めとするさまざまな症状を呈する病気である。
従来、低髄圧液症候群と呼ばれていたが、必ずしも髄液圧が低下するとは限らないため、現在は脳脊髄液減少症に統一されつつあるが、髄液漏、(慢性)髄液漏出症候群等と呼ぶ医師も居る。
なお、脳脊髄液は主に脳室内脈絡叢で1日約500ml産生され、主に上矢状静脈洞周辺のクモ膜顆粒から吸収され静脈に戻るもので、成人の髄液量は150〜200mlで、一日3回入れ替わるとされているが、その産生・吸収・量のコントロール等のメカニズムは完全には解明されていない。
2 脳脊髄液減少症の症状
脳は、頭蓋骨で囲まれた空間の中で髄液の上に浮かんでいるところ,髄液が漏れて減少することで、脳の位置が下がり、正常の場合見られない脳と頭蓋骨の間に「隙間」が生じる。脳の位置が下がることで、神経が引っ張られ、あるいは、脳そのものの機能が低下して、頭痛、頸部痛を始めとして、耳鳴り、難聴、めまい、しびれ、視機能異常等の各種神経症状を呈する。
また髄液が漏れて減少した分を、脳内血管を膨張させ、血流を増加することでバランスを保とうとするため、脳表面の静脈拡張、脳内血液の循環不良等から全身倦怠感、うつ状態を引き起こす。
3 脳脊髄液減少症の原因
脳脊髄液が減少する原因は、髄液産生機能障害、極度の脱水・持続的脱水(長期下痢・高熱等)、腰椎穿刺や脳・脊髄手術後の髄液漏出、頭蓋骨骨折による鼻・耳からの髄液漏出、生来の硬膜欠損・脆弱による髄液漏出等があるが、くしゃみ、尻もち、転倒等外傷によって硬膜が破れて髄液が漏出することも知られてきた。
4 交通事故後の脳脊髄液減少症
頸椎捻挫により腰椎部での髄液の漏れ、腕が引っ張られ、腕神経が牽引されることにより、下位頸椎部での髄液の漏れが生じる場合がある。事故直後よりも、数日後に発症する場合が多く、またピンホール状の硬膜損傷の場合、ゆっくりと漏れが増加して、事故後6週間ほどしてから症状が出る場合もある(甲○の○頁)。
硬膜は意外に脆く、手術で硬膜を見た整形外科医ならば、本当はひ弱な硬膜は簡単に破れてしまうことは理解できるとはずである(甲○の○頁)。
5 軽症と思われる追突事故で硬膜が破れる機序
一般に軽症と思われるむち打ち損傷で、硬膜が破れるのは、受傷時の独自の受傷機転にあり、具体的には以下の通りである。
一般的に事故の時は、踏ん張るため、静脈圧が上がり、更に髄液圧も増加する。むち打ち損傷の場合、頭部は鞭をしなるように動くため、ドルフィンキックのように髄液の波動が腰椎に向かって進み、下位腰椎神経の出口で硬膜の損傷が起こると考えられる。これは人体工学的に検証されれば、計算の上からでも容易に証明される。また腕神経叢の牽引が生じた症例では、そのとき神経が引っ張られ、頸部の神経出口で硬膜の損傷が起こると考えられる(甲○の○頁)。
6 脳脊髄液減少症の診断
むち打ち損傷で脳脊髄液減少症が発症することを初めて発見した篠永医師らの脳脊髄液減少症研究会の医師らによる診断基準は以下の通りである(甲○脳脊髄液減少症ガイドライン2007)。
(1)定義
脳脊髄腔から脳脊髄液(髄液)が持続的ないし断続的に漏出することによって脳脊髄液が減少し、頭痛、頸部痛、めまい、耳鳴り、視機能障害、倦怠などさまざまな症状を呈する疾患
(2)主症状
頭痛、頸部痛、めまい、耳鳴り、視機能障害、倦怠・疲労感
(3)画像診断−最も信頼性の高い画像診断法
TRI脳槽・脊髄液腔シンチグラム
下記1項目以上を認めれば髄液漏出と診断
@早期膀胱内RI集積
RI注入後3時間以内に頭蓋円蓋部までRIが認められず、膀胱内RIが描出される。
A脳脊髄液漏出像
くも膜下腔外にRIが描出される。
BRIクリアランスの亢進
脳脊髄液腔RI残存率が24時間後に30%以下である。
U頭部MRI−あくまで参考所見
@脳の下方偏位
前頭部・頭頂部の硬膜下腔開大、硬膜下血腫、小脳扁桃下垂、脳幹扁平化、側脳室狭小化
A血液量増加
びまん性硬膜肥厚、頭蓋内静脈拡張、脳下垂体腫大
VMRIミエログラフィー−参考所見
@明らかな漏出像
腰椎筋層間における髄液貯留像
A漏出を疑わせる所見
硬膜外への髄液貯留像、神経根での髄液貯留像、腰部くも膜下腔外での砂上のT2強調高信号
(4)その他の診断法
T腰椎穿刺での髄液圧
一定の傾向がなく正常圧であっても脳脊髄液減少症を否定できない。
U硬膜外生理食塩水注入試験
腰部硬膜外に生理食塩水を20〜40ml程度注入し、1時間以内に症状の改善を認めた場合には脳脊髄液減少症の可能性が高い。
7 治療
治療は「髄液を増加させること」が主体となる。
髄液産生促進及び吸収遅延の方法は未解明で、「増加」させる方法としては、先ず十分な水分の補給をし、最終的には、「ブラッドパッチ」(脊髄硬膜外自家血注入療法)を行う。ブラッドパッチとは、患者本人の静脈血20〜50ml採取し、これを硬膜外針で、硬膜と背骨の間の脊髄硬膜外脂肪組織に注入し,静脈血成分がノリの役割を果たして髄液漏れ箇所を塞ぐことで髄液漏れをなくし、その結果、髄液量を増加させるものである。
石山英二編集「脳脊髄液減少症の診断と治療」(甲○の○頁)によれば、数回のブラッドパッチ療法によって7割くらいの患者の症状が改善し、残り3割が難治性とのことである。